お鈴さんは“自称”座敷童子である。

夏目八尋

お鈴さんは“自称”座敷童子である


 曾祖父そうそふの代から引き継いだ我が家には、おすずさんという妖怪が住んでいる。

 猫耳尻尾を生やして和服を着ている、いかにもな和風妖怪だ。


 甲斐甲斐かいがいしくて世話焼きで、小学生くらいのちっちゃい身体で家事全般をバリバリこなす、とてもありがたい存在だった。


 家にいているという彼女が家事の一手を引き受けてくれているおかげで、こちらは全力で働き家計を豊かにすることが出来る。いつも家に誰かが居てくれることの安心感は、なかなかに得がたいものだった。


「いつもありがとう、お鈴さん」


「なぁに、ワシが好きでやっていることじゃ。お主こそ、いつもお仕事ご苦労さんじゃの」


 毎日のように告げる感謝の言葉を、少しはにかんで、照れくさそうに笑って受け止めてくれるお鈴さんのことが、大好きだった。


 ただそんなお鈴さんにも、ひとつだけ気になることがある。


「くふふ。今後も家のことはワシに任せるがよい。この……座敷童子ざしきわらしのお鈴にのっ!」


 猫耳尻尾のお鈴さんは、自称・座敷童子だったのである。



      ※      ※      ※



「いや、その猫耳尻尾で座敷童子はないでしょ」


「なにをー!? ワシは化け猫ではない、れっきとした座敷童子なのじゃ!!」


 自称・座敷童子であるお鈴さんにそのことを指摘すると、彼女は大体ムキになって反論してくる。


「ワシがいることでお主の生活は上向いておるじゃろ? これこそがワシの権能けんのうよ!」


「家事とかめちゃくちゃ頑張ってくれてるからすごく助かってるけど、座敷童子の権能ってそういう奴だったっけ?」


 気になって調べたことがあるが、大体の座敷童子はそこに住むだけで家に幸運をもたらす存在だと記されていた。

 家事を手伝ってくれるとかいうお話は、それこそ最近の創作か、別の妖怪のエピソードが出てくる。


「ちっちっち、甘いのうお主。ワシは意識高い高い系座敷童子じゃからな。ただして幸福を招くだけにとどまらず、こうしてハッキリとした協力姿勢すら見せる有能オブ有能な座敷童子なのじゃよ。常識的に考えて」


「なるほど」


 そう言われるととてもお得感がある。

 微妙にネットミームに毒されている返答だった気がするし、ついでに言うと幸福を招くって言ってる時にお手々を握って手招きしてたけど、些細ささいなことである。


 有能オブ有能。


「じゃあ時々お皿に油を垂らしてぺろぺろしているのは……」


「趣味じゃ」


 即答だった。


「化け猫ってその昔、行燈あんどんの油を舐めてたって話が……」


「性癖なのじゃ」


 即答だった。


「性癖なら仕方ない」


「そうじゃろうそうじゃろう。じゃからこれからもたまにぺろぺろするでな」


「分かった」


 お鈴さんは自称・座敷童子である。



      ※      ※      ※



「ただいまお鈴さん。今日はお土産買ってきたよ」


「おうおう、お帰りなのじゃ。お土産とな? いったいなに……を…………」


 こちらがかかげた物を見て、お鈴さんの瞳孔どうこうがキュッと縦に細くなる。


「お、お主、お主は何という物を買ってきたんじゃ……」


 掲げた物を左右に振ると、お鈴さんの視線も左右に揺れる。


「ご存じ、猫じゃらしです」


「じゃからワシは座敷童子じゃと言っておるじゃろうが!!」


 フカーッと猫耳尻尾をピンと立てて怒りをあらわにするお鈴さん。

 でも、彼女の目の前で猫じゃらしを振ると、その視線はやっぱりじゃらじゃら猫じゃらされる。


「お鈴さんが気に入ると思って……」


「ふ、ふんっ。ワシがそのようなおもちゃに惑わされると……おも、思うたか?」


 腕を組んで鼻を鳴らすお鈴さん。

 けれど尻尾はもう獲物に狙いをつけてピッタリと動きを止めて、口元もヒクヒクしている。


 明らかに何かを我慢している。


「お主よ。理解したならばとっととそのおもちゃを片付け……」


 猫じゃら左へ。


「片付け、るの、るのじゃ」


 猫じゃら右へ。


「ふ、ふっ。そんな手には乗らんし、ワシはそもそも化け猫ではない、から……」


 猫じゃら左へ。


「ふぁっ、ぁっ、ぁぁ……」


 お鈴さんの組んだ手がゆっくりとほどけ始める。


「そ、そのようなおもちゃ……おもちゃ……」


 猫じゃら高速で左へ。


「ふっ!」


 シュバッと伸びたお鈴さんの手が、猫じゃらしを弾いた。


「………」


「………」


 お鈴さんがプルプル震えている。


「……ふ」


「ふ?」


「ふしゃああああーーーーーー!!」


 突如として叫び声を上げると、お鈴さんは廊下を駆けて逃げ去っていった。

 その後、晩御飯の時間になるまで彼女は寝床の押し入れから出てきてくれなかった。


 お鈴さんは“自称”座敷童子である。



      ※      ※      ※



 お鈴さんが晩御飯を作っている所に出くわしたので、観察する。

 手伝おうとはしたけれど、ここはワシの領分じゃからと断られてしまったからだ。


「~~♪」


 鼻歌を歌いながら手際てぎわよく料理を進めるかっぽう着姿のお鈴さん。ちっちゃカワイイ。

 今日の献立こんだては焼き鮭を主菜に茄子の煮びたし、ほうれん草の胡麻和ごまあえ、豆腐と白菜のお味噌汁のご様子。シンプルながらもしっかり作られた最高の晩御飯である。


「ふむ」


 煮立たせた小鍋の火を止め、そこにお玉の上に乗せた味噌を沈めて転がして、だし汁を白く染め上げていく。


「よしよし、どれ……」


 取り出した小皿にほんの少し、味見のために出来たお味噌汁を注ぐ。


「ふぅー、ふぅー」


 息を吹きかけそれを冷まし。


「ふぅー、ふぅー」


 さらに冷まし。


「ふぅー、ふぅー」


 もっと冷まし。


「………」


 じっと小皿を見つめて。


「……ふぅー」


 もう一回だけ冷まし。


「……うむ、美味い」


 それをぺろっと舐めて、味を確かめた。


「なんじゃ?」


 じっと見てたら不審そうな目を向けられたので、そそくさと退散する。


 お鈴さんは“自称”座敷童子である。



      ※      ※      ※



 お鈴さんの美味しい晩御飯をいただいた後は、お風呂が沸くまでのんびりとテレビを見る。

 今見ているバラエティ番組では、ワンちゃんとニャンちゃん大特集とめい打たれ、画面の向こうで可愛い犬猫たちがコロンコロンと転がっては黄色い声を浴びていた。


「可愛いね」


「そうじゃな」


 ゆったりとした時間が流れている中で、テレビの向こうの癒し空間をじっくり眺める。

 と。


「……のう、お主」


「なに?」


 呼ばれて振り返ったら、お鈴さんが背後からぴとっと引っ付いてきた。


「ワレにもっと構え」


 そう言って頭をぐりぐりと擦りつけてくるから、猫耳にいっぱいモフモフされる。


「のう、のう、お主?」


「はいはい」


 求められるままに頭を撫でると、むふーっとご満悦な様子。


「ふっふっふ、愛嬌においてもワレこそが一等良い物なのじゃ」


 そう言う彼女の視線の先では、子猫が女子アナウンサーの膝の上でコロンと転がっていた。


「いつもありがとうございます」


「んおー、喉をくすぐるのはやめるのじゃー」


 ゴロゴロ鈴が鳴るような声を出すお鈴さん。


「やっぱり猫では?」


「座敷童子じゃよ」


 コロンと膝の上を占拠してこちらを見上げるお鈴さんは、尻尾をふりふりしていた。




 お鈴さんは“自称”座敷童子である。


 多分きっと、おそらく彼女は猫的な何かなのだけど。


 私的してきにも。


 お鈴さんは座敷童子なのだった。

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お鈴さんは“自称”座敷童子である。 夏目八尋 @natsumeya

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