聖女という名の雑用係に辟易してきたので、家出します

宮野 楓

聖女という名の雑用係に辟易してきたので、家出します

 聖女。それは聖なる存在。存在そのもので邪悪なるものを払うことが出来、疫病をも治療することが出来る。

 そんな夢物語が書かれた紙を現在の『聖女様』であるアリスは破った。

 何が聖女だ。何が邪悪なるものをいるだけで払えるのだ。毎日、毎日、アホ程祈りを捧げさせられて、神聖なる宝珠とやらに精神力を吸い取られてぐったりする日々。

 ただしんどいだけだ。さらにはそれに笑顔を強要される。さも何でもありませんよ、とばかりに。

 今日の精神力を宝珠に吸わせたアリスはソファでぐったり横たわった。

 国中に張り巡らされる結界を維持する魔力を流し込むのも大変だ。

 だが、そんなある日、アリスの人生を変える出来事が起こる。


「アリス、お前は聖女じゃない! 本物の聖女はここにいるアリサ・ホーランド。お前の妹だ。姉のくせに妹を食い物にしていたとはな。聖女とは神聖なるもの。王族と神殿を謀った罪を償え」


 アホの国のアホの王子が神殿の中央、アリスが祈りを捧げ周辺に信者も神父もシスターもいる中、そう大声を上げたのだ。

 内心ありがとう、と叫びながら、そういえば昔からアリスの物を何でも欲しがっていたアリサの存在を思い出した。

 確かにアリスにこの役目を押し付けるのもアリサだった。こういう時は大抵、妹に力がなく国が崩壊する……などという話になりがちだが、アリサもアリスよりちょっと劣るだけで血筋的に問題なく十分やっていける。

 アリスはこの茶番劇に乗ることにした。


「あぁああああああ。申し訳ございません。王子様、聖女と呼ばれるのが心地よく。どうかどうかお許しを」


 土下座し、王子に懇願するように涙をこぼす。

 ウソ泣きくらいなんてことない。


「お姉さまも反省しているみたいだしぃ、カイン様。私は聖女にさえ戻れれば姉の処罰は望みませんわ」


 その言葉に透けるのは、聖女の名前はもらうが役目はお前がしろよ、というアリサの思い。

 これにのると意味がないのでアリサはさらに大げさに声を荒げる。


「アリサ様の寛大な御心に心打たれますが、いけませんわ! 神殿は聖なる場所。汚れた私がいるべき場所ではないのです! ただ王子様、すべての責は私、アリスへ。国外へ出ますので、どうか、妹や家族を……」


 うわぁあああん、と大粒の涙を流し王子様へ訴えかける。

 絶対にアリサの思い通りにいくわけにはいかないのだ。

 周りからは一応長年培った祈りを知っている者が多いからだろうか、アリスへの同情のまなざしが多い。


「お前の親族を罰するという事はアリサも例外には出来ない。お前だけの責にしてやろう。代わりに今、着ているもののみの持ち出しとし、一刻後には国外へ旅立つよう命ずる。これが最大限の譲歩だ」

「さすがは神童と名高く成長された王子様の寛大な処置に、厚く厚く御礼申し上げます」


 アホ王子に床に額を付けてお礼を述べる。

 こういう時にプライドなんて邪魔なだけだ。この生活から解放される。それだけでいい。その望みを叶えるためなら何度でも土下座しよう。

 しかも一刻後の出立となれば国王陛下などが止めに入るまでもなく、神殿を出られる。早く行動に移さなければ。


「王子様、アリス・ホーランドはホーランドの名を返却致し、只のアリスとして国外へ参ります。もう姉と名乗る事も出来ませんが、アリサ・ホーランド聖女様、ご息災であられますよう」


 これから精神力を毎日吸い取られる日々だ。妹のアリサに土下座から立ち上がったのち、深々と頭を下げた。

 アリサはやはり役目は押し付けようとしていたのか苦々しい顔をしていたが、お姉さま…、とか弱い女性を演じきって見せた。

 それでこそ我が妹だ。これからもその演技力は役に立ち続けるだろう。

 アリスは女神像へ最敬礼し、アホ王子と妹のアリサに最敬礼し、中央神殿を出てすぐ神殿の外に出る門へと向かった。

 アホ王子の命令は今身に着けているもの以外は持って出るな、とのこと。

 門兵は本当に開錠していいのか悩んでいそうだが、王子の命ですよ、と言えば、今まで聖女に認定されて10年。外に出ることが出来なかったアリスは初めて、神殿以外の地を踏んだ。

 これからアリサがちゃんと聖女の役割を果たせばアホ国は今まで通り持つし、聖女の役割を放棄すれば国を覆う結界は崩れ、2年、いや1年でこの国は隣国に滅ぼされるはずだ。

 なんせこの国は聖女で持っているだけの弱小国。特に隣国は資源が豊富な領地を欲している。この結界だけに覆われた国なんか早く滅ぼして領地にしたいはずだ。

 アリスは外から神殿を眺めて、空を見上げる。

 蒼鳥が飛んでいて、天はこれからの出来事を祝福するようだ。

 ならばアリスにすることはない。

 結界が解けたらきっとすぐに攻め入る隣国へ向けてアリスは旅を始めた。



 ―――――――



 隣国では様々な知識を得た。

 まずは弓だ。アリスは狩りを覚え、自給自足を学んだ。

 ちなみに教えてくれたのは隣国に足を踏み入れた瞬間、不正入国でしょっぴかれ、訳を話した結果見張り役となった男だ。

 やはり隣国は結界が解けたら攻め入るつもりで、内部構造を知っているアリスは貴重であった。国に協力をするのならば、という条件で雇ってもらった。

 そこからはもう早かった。

 1年なんてものじゃなかった。

 アリスが国外に出て2週間後の同時刻、アホ王子の首筋に隣国の騎士は剣先を当てていた。

 後ろで腰を抜かして震える妹のアリサには、姉であるアリスが弓を向けている。

 たとえ姉妹でも動けば射る。


「何か、聞きたいことはあるか?」


 それはアホ王子への問いでも、現在のアホ国の聖女である妹のアリサへの問いでもなかった。

 追い出された結界を守り続けたアリスへの問いだった。


「いいえ。私は、貴女が結界を充分維持できることを知っていた。だけどそれが出来なかった今。聖女として責をとるべきは貴女よ、アリサ・ホーランド」


 ギリっと弓を弾くアリスにアリサは震えあがり、そもそも首筋に剣先が当たっている王子は言葉を発する勇気もないらしい。


「アリスを追い出し、アリサを甘やかした責をとるべきだな、カイン王子」


 シュッという音と共に王子から赤い鮮血が飛び散る。

 同じタイミングで弓でアリサを射たアリスだったが、やはり覚えたての弓ではアリサを仕留めきれず、後ろに控えていた別の騎士がアリサへ最期の一撃を加えた。

 これで、終わったのだ。もう他の王族は、隣国の王子が制圧をし終えている頃合いだろう。

 馬鹿みたいに信仰しかしてこなかったこの国に未来はなかった。

 アリスは赤く染まる妹のアリサを見ても涙が込み上げてもこなかった。

 ただ馬鹿な妹だった、と思うだけだ。



 ―――――――



 そこからアリスは弓の腕を磨きつつ、隣国で平和な日々を送ることになる。


「エルさま~今日は鹿を仕留めましたぁ~」


 ミリエルという女性の主を得て、狩りを楽しみつつ、幸せな日々を送る。

 聖女なんて特別な称号なんていらない。ただ笑って過ごせる日々が幸せなのだろう。

 嘗て自身の見張り役であった男の妻であるミリエルのメイドとして過ごす日々は、アリスにとって極上の幸せの日々だった。

 追記するなら、アホ国の色々なアホな事案の処理に追われてエルさまに愛想を尽かされかけ、それでも騎士団長まで上り詰めた見張り役の男の恋物語はまた今度語ることだろう。

 アリスは、お二人の子を腕に抱くことが出来ればどんなに幸せか、と思った。空を見上げると、蒼い鳥が二羽飛んでいた。

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聖女という名の雑用係に辟易してきたので、家出します 宮野 楓 @miyanokaede

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