視界

酉本博

第1話

どうぞお入り下さい。あなたが私の話を聞きたいという物好きですか。なんでも売れないオカルト雑誌のライターだとか。…いえ、別に貶している訳では無いですよ。私はただ、誰かに聞いて貰い、私の苦しみを共有させて孤独感を紛らわしたいだけですから。幸い、あなたみたいに好奇心をもて余した連中ならいくらでもますからね…話が逸れました。本題に入りましょう。

…異変に気付いたのは半年…いや、一年前でしたかね。一日中カーテンを閉め切っていると、どうにも時間の感覚が狂ってしまいましてね、実を言うと具体的に今が西暦何年何月何日何時何分か分からないんですよ。まぁ、私もマトモだったってことが分かってもらえればいいです。その日の夕方、私は友人と他愛も無い話をしながら学校からの帰路についていました。季節は秋で、澄んだ夕焼け空がとても綺麗だったのを覚えています。そんなこんなでいつの間にか友人の家についてしまいましてね、時間も時間だったので彼の飼っている犬を一目見てから帰ろうと思い、お願いして連れてきてもらいました。私は犬が好き…いや、好きだった、と言うべきでしょうか。ともかく、私はウキウキしながら犬を待っていたんです。しかし、彼が連れてきたのは私の記憶の中の犬とは似ても似つかないおぞましい物でした。…どんな見た目だったかって?ふふ…私の話を聞いていれば嫌でもそのうちに分かりますよ…。私は自分の目を疑いましたが、それ以上に友人がそれと戯れている様子にとてつもない不気味さを感じました。私はどうしても堪えきれず、質問してしまいました。彼は憤慨しましたよ。無理もありませんよね、自分が可愛がっていたペットを化け物呼ばわりされれば誰だって怒ります。私にそんなことを言われたのがよほどショックだったのか、その日以降、彼は学校に来なくなってしまいました。それからというもの、朝目を醒ます度に私の周囲が徐々におかしくなっていきました。最初の内はとても信じられなくて、きっと疲れているのだろうと自分に言い聞かせてきたのですが、いつまで経っても戻らないどころか、日に日に悪化していくのです。クラスメイトに相談しても誰も相手にしてくれず、ついには「バケモノが見えるぞー」なんてからかってくる輩が出てくる始末です。しかも、馬鹿にするような口調ではなく、本当に見えているかのようにするものですから、余計に腹立たしく思いました。しかし、誰も信じてくれないという事実を痛感させられ、それ以来学校には行かず、カーテンを締め切った部屋に閉じ籠るようになりました。

そんな私のことを心配した両親が、私に病院に行くことを進めてくれました。人間不信になっていたいた私は、医者を困らせてやろうと半ば自棄気味にこの話に乗りました。しかし、以外にも医師の方は私の荒唐無稽な話を嫌な顔ひとつせず、真摯に聞いてくれました。そんなことは初めてで、非常に嬉しく感じました。人間、悩みが解決せずとも誰かにただ聞いて貰うだけで気持ちが軽くなるものらしく、私も憑き物が落ちたかのような清々しい気分になりました。

その後、私は総合失調症と診断されました。私自身、まさかこれが病気だとは思っていなかったのですが、私以外にも同じ症状で苦しんでいる人がいるという事実と治療法があるということに強い安心感を覚えました。…まぁ、それで治っていればこんなところには居ないんですけどね…。どれだけ治療を続けても、私の症状は一向に回復しませんでした。それどころか、日に日に悪化するばかりで、ついには人間まで…変に見えるようになりました。どれだけ治療を施そうと、一向に回復の兆しが見えず、それどころか自分のことをバケモノ呼ばわりする患者を相手にしているせいか、医師の方が精神を病んでしまいましてね。それからは狂人扱いにより一層拍車がかかり、近所ではずっと噂されるものですから、とうとう両親も鬱気味になってしまって、方々の病院をたらい回しにされて、最終的にこの部屋に押し込められました。以上で話は終わりです。

…え?聞いていた話と違う?周りの人間を狂わせる?そんなことあるわけ無いですよ。そもそも、何をどう狂わせるのです?私からすれば皆が皆もとから狂ってますし、あなたからすれば私が狂人に見えるでしょう。きっと噂が広まるにつれて段々と尾ひれがついていったのでしょうね。まぁそんなところです。他に質問はありますか?…そうですか、本日はありがとうございました。お帰りの際はお気をつけて。あっ、言い忘れてましたが、ドアには姿見が掛けてあります。通路が薄暗く、帰り際にビックリする人も多いので、念のため。それでは…

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