留守番

 ある日、Mさんのもとに奇妙な届け物があった。

 ダンボールいっぱいのカセットテープ。

 実家の母が物置から見つけてきたもので、「とりあえず聞いてほしい」と送ってきたものであった。


 それは留守番電話のカセットテープだった。カセット表面にはラベルが貼ってあり、年月日が記されていた。そして古いものでは当時から10年ほどまえの物になっていた。


 とりあえず同封されていた再生機でテープを流す。

 すると、音声ガイドの決まり文句のあとに聞きなれた声がする。

 Mさんの父親の声だった。


 低く落ち着いていて、感情の起伏がみられないあの声。

 ただその話の内容がおかしい。

「△△年、○月×日、△時頃、みつこが起きる。△時△分、・・・」

「みつこ、ケンタ(犬)を連れて散歩。涼しいうちに済ませたい模様」

「みつこ、トイレに入る。・・・あー、長い。どうも便秘気味らしい」


 この『みつこ(仮名)』とはMさんの母親の名前である。

 そんな感じで、みつこさんの日常行動が事細かに記録されていた。


 音声は途切れることなく10分ほどの記録が続く。まるでみたまま話しているようで、声が途切れたり、言い間違えることがない。 声は紛れもなく父親のものである。どうしてこんなことをしていたのか分からない。

 なにより、Mさんの家の電話機はカセットテープを使わない。

 見覚えのある筆跡。聞き覚えのある声。 どこでどうやって録音していたのか分からない。


(こんなものがいつまで続くのか・・・)と、カセットテープの山をいたずらに物色していると、寒気が走った。

 父親の命日よりあとの日付が、あの筆跡で書かれているラベルがあった。


 恐る恐るそのテープを流す。「△△年、○月×日、△時頃、みつこはテレビをみている。今日はせんべいではなくポテチがお供だ。△分頃・・・」


 先ほどまでまったく同じ、親父のあの声だった。


 さっそく母親に電話すると、変なことをいう。


「アレみつけてから、ときどきお父さんが“いる”のよ・・・」


 だからちょっとこっち来てあんたにも確認して欲しいのよ・・・ということだった。





 だが、Mさんは実家に帰らなかった。


「母の電話を切ったあと、留守番が1件来てたんですよ。聞いてみたら」


『みつこはおれのおんなだ。みつこはおれのおんなだ。みつこはおれのおんなだ。みつこはおれのおんなだ。みつこはおれのおんなだ。みつこはおれのおんなだ。みつこはおれのおんなだ。みつこはおれのおんなだ。みつこはおれのおんなだ。みつこはおれのおんなだ。』


「まぎれもなく親父の声だったんですよ」




 だから帰れないんですよ。そうMさんは話してくれた。

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