手料理

「なんというか、懐かしい話になるんですがね・・・」


 Oさんの地元には、かつてゴミ屋敷として有名だった廃墟がある。

 廃墟といっても、いつの間にか住人が消え、ゴミと家だけが残り、空き家となっているそうだ。

 そんな状態になったのは、もう昔の話になるので、どうして空き家になったかは定かでないという。


 地元の人間としては、それ以上の話は聞いたことがない。ただ、同じ地区に住む、廃墟や“そういうスポット”に詳しい男、Uは「それだけではない」と豪語する。


 話によると、廃墟マニアの人間でも知る人ぞ知る名スポットらしく、なかの保存状態や、置き去りにされた物品に貴重なものが多いなど、話題に事欠かないそうだ。

 実際に物好きな人が書き綴っているブログで件の家の記事をみせてもらうと、もういまはみることのない古びた日用品、いまは売ってなさそうな銘柄の酒の空き瓶、どこかのホテルの名前がかかれた灰皿など、なかなか興味をそそられるものがあった。


 しかし、Uさんに廃墟が云々といった趣味はない。なぜそんなことを自分に聞かせるのかUさんに問いただすと、彼は恥ずかしそうに顛末を話始めた。


 いわく、どうしてもこの空き家に放置されている、ある人形をみたいのだが、一人でいくのは寂しいし、都合のアウトレット知り合いがいないから、Oさんに白羽の矢がたったとのことだった。

 いつもなら面倒くさいと断っているOさんだったが、写真をみてから件の家に興味が湧き、後日、一緒に探索に向かうことにした。


 当日、向かった先にあったのは、秋の涼しげな風が吹くなか、あたりには雑草ばかりの空き家があった。

 人が住まなくなった家はあっという間に廃れるというが、頑丈な作りなのだろう。いまでも少し手入れをすれば十分に住めそうな2階建ての家だった。

 ネットの情報をたよりに、空き家の裏手へと回り込むと、確かに大きなガラス窓がある。手にかけるとするすると開いた。

 そして、一歩踏み出すと、Oさんらは唖然とした。噂にも聞いていたが、足の踏みどころなどなく、缶や瓶、本の類い、その他ゴミの数々が敷き詰められていた。

 辛うじてあるゴミの隙間や、先人が踏み開けていったであろう形跡をたどっていった。


 当然、電気などは通ってはいないため、手持ちのライトで辺りを照らす。積み重なるゴミの山が無尽蔵に広がっているだけで、家のなかのどの部屋にいるか見当がつかない。Oさんはまるで森のなかにいるような感覚を覚えた。


 お目当ての人形など到底見つかるはずもなく、Oさんらは二手に別れることにした。

 一応、廃墟探索の経験があるUさんは二階を、そうではないOさんは一階をといった感じだ。


 階段というよりは、物にあふれ、勾配のあるゴミの山を登っていくUさんを見送る最中、Oさんは物思いに耽っていた。


 ゴミとはいえ、家のなかに山をで築き上げた人物である。いったいどんな人がここには住んでいたのだろうか?男なのか、女なのか?なぜゴミ屋敷になったのか?


 そんなことを考えていると、ぐぅーっとお腹がなってしまった。

 単に空腹からではない。気づけばどこからかいい匂いがする。その匂いのせいだった。

 これが味噌汁のあたたかい匂いとか、醤油の焦げた・・・魚が焼けた・・・などと具体的に説明できるものではなかったという。


「とても曖昧なんですけどね、とにかく“なつかしい匂い”なんですよ。夕方、遊びから帰って家の扉をあけると漂ってくる・・・そんな感じの匂いです」


「カレーだとかハンバーグとか、“料理の匂い”ではないんですよ。とにかく“懐かしい”。なんとなく“おふくろの手料理っぽい”というような・・・」


 匂いにつられたOさんがたどり着いたのは、どうも居間のようだった。

 大家族が囲むようなテーブル。奇妙なことに、ここだけ足の置き場がある。いつでも誰かが席をつけるように準備されているようだった。


 しかし、思い返せばそのテーブルのうえには、先ほどまで乱雑にゴミが敷き詰められていた空間とは思えない異質さがあった。

 飲み物の瓶ばかり並んでいた。どうしてかそこだけが、昔のCMに流れていたジュースやお酒、最近どこかでみたような飲み物の瓶ばかり並んでいる。


 そして、あの“懐かしい”匂いがするのはそこではなかった。

 テーブルの奥の方、その台所とおぼしき場所からしてくる。


 さらに歩みを進めると匂いはもっと強くなった。

 ガスコンロのうえには、一昔前の家庭用の感じがする、銀色でピカピカした寸胴鍋鍋があった。

 しゅーしゅーと白い湯気が吹き出て、蓋がカタカタと揺れている。

 ああ、出来立てじゃないか・・・と蓋に手をかけようとしたとき。


「おい、そんなのがどうしたんだよ」


 後ろから声がした、それは強張ったUさんの声だった。

「え?」と声を漏らしたOさんは振り向く。

 Uさんの表情は真っ青だった。


「なにってこれは・・・」と正面を振り向きなおす。


 ねとついた油でがびがびになり、もう何十年も使ってなさそうな真っ黒なガスコンロのうえには、その場所に似つかわしくないものがある。

 それは、神社の鳥居でみる太い紐のようなもので、ぎっちりと蓋ごと締め付けられている、これまた黒くて大きめの壺があった。


 二人して壺を一瞥すると、なんとなく嫌な予感がしてゴミ屋敷を後にした。


 あとから聞いた話では、Uさんが二階で探索していると、急にどこからか臭い匂いがしてきた。

 万が一火事となれば洒落にならないので、大声でOさんを呼んだが返事がない。心配になって駆け降りると、ふらふらとしたOさんが、黒いものに触ろうとしているので、声をかけたそうだ。



「いまでもあの鍋の中身がなんだったのか気になってますよ。あんなに懐かしい匂いは、いままでなかったですから・・・。ああ、なんか矛盾してますね。でもそれほど強烈だったんですよ。・・・でも」


「だからといって、もう一度あの家に、あの壺とは顔を合わせたくないですね」




 あの空き家が一部の廃墟マニアの間で人気なのも、まえに住んでいた住人がいなくなったのも、あの壺が原因だと思うから・・・。


 Oさんはなにか懐かしむ顔でそう話してくれた。

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