第35話

「ふー」

 

 アースライト公爵領の改革。

 急速に進んでいく改革を前に……焦っているのは他の公爵家たちだ。

 4つの公爵家が手を組み、攻勢を仕掛けてもなお、太刀打ち出来ない。

 そんな状況にも関わらず、アースライト公爵家はどんどん力を増していく。それを座して待てなど無理な話だろう。


 それに加え、黒ノ軍の連中が敵の領へと入り、定期的に山賊が如く村の人間を襲い、被害を出していく。

 敵領の裏組織ともパイプを持っている黒ノ軍の面々を捕まえることに他の公爵家の兵士たちでも至難の技だった。


「動くなら今しかない」

 

 これ以上の静寂、膠着を他の四公爵家は認めないだろう。

 一人きりの小さな部屋で、魔界の地図を眺めながらこれからの戦局を描く。


「魔族共は人間を劣等種と呼び、下に見ているようだが……根っこのところは人間も魔族も同じ。弱いところは弱いままだ。簡単な話が、逃げ道があれば……そこに逃げる。容易くね」

 

 駒を動かすのは隣接しているマーズレフト公爵家とヴィーナス公爵家。


「僕の作戦は失敗した。でも、たとえ失敗しても得となるように僕は作戦をたてる。脆弱な僕はいくつも保険を用意していないと気がすまないんだ」

 

 戦場の変化。変化。変化。

 いくつもの変化を僕は予想し、先回りし、可能性を探る。ただただ勝利のために。

 

「悪いね……僕の毒は遅効性なんだよ」

 

 いくつもこの世界に蒔いた毒。

 その一つをようやく動かす。

 

 ■■■■■

 

 マーズレフト公爵領の中央部に位置する歴史ある美しい宮殿。

 その一室。


「何故じゃ……ッ!何故こうもうまくいかんのじゃ!」

 

 当主であるアルゴンが地図を睨みつけ、忌々しげにテーブルを強く叩く。


「全て!全て!全て弾かれる!何故!?ここまでの力の差があったと!?あり得ぬッ!」

 

 4つの公爵家が手を組み、1つの公爵家を狙う。

 今まであればありえなかった話……そう。あり得なかった話。

 

「……」


「アルゴン様」


「なんじゃ!!!」

 

 アルゴンしか居ない小さな部屋に一つの人影が姿を表す。


「我が領内にヴィーナス公爵家のスパイを発見。処分致しました」


「なんじゃとッ!?」

 

 自領に……今、同盟関係にあるはずのヴィーナス公爵家のスパイがいた。

 その事実を前に困惑し……そして、激高する。


「裏切るつもりか!!!あやつッ!勝てないのはき……さま、のせいじゃ?」

 

 アルゴンの脳裏にとある可能性が浮かび上がる。


「そうかッ!もとよりあやつは敵かッ!だからこそ我々は負けているのだ!味方に敵がいれば勝てる戦も負けるッ!そもそも!公爵家当主がただの人間に足止めされるなどあり得ぬのじゃッ!」

 

 アルゴンは天命を得たと言わんばかりの表情を浮かべ、叫ぶ。


「愚かッ!実に愚かなことじゃ!小童!裏切っていることさえわかれば後は一瞬じゃ!許さぬぞォ!徹底的に叩き潰してやるッ!」

  

 息巻くアルゴンの前……そこに跪く一人の魔族がほくそ笑んでいることにも気づかず、一人。

 彼は盛り上がった。

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