消えた男

テス

第1話

「鈴木さん」

 不意に声を掛けられてびくっとする。

「え、三倉さん?」

 意外な来訪者に声が上擦ってしまった。

 クラスメートの三倉由紀。

 くりっとした目が印象的だ。

 マスクのために余計に大きく見える。

「あっ」

 慌ててマスクを着ける。

「おはよう。こんなところでなにしてるの?」

 あなたこそ何をしてるのという言葉はなんとか飲み込んだ。

「おはよう。えーと、お花を上げに」

「お花? あー。なるほどなるほど」

 頷くたびにツインテールが揺れる。

 いまだけだからこういうの。

 そう答えていたのを聞いた憶えがある。

 無論私に言ったわけではない。

 仮に教室で二人が会話しているところを目撃された場合、ちょっとした事件扱いになるだろう。

 二人の間には明確な序列の差があった。

「あつくなってきたね」

「う、うん」

「電車通学がいやになる季節が目の前までせまってきてるー」

「た、大変だよね」

 だから今こうして普通に会話しているのが信じられない。

「やさしいんだね鈴木さんは」

「そんな事…… ただ事件がショックでじっとしていられなかっただけだよ」

 言葉とは裏腹に花から目を背けてしまった。

 献花台に一輪だけ置かれた様は不憫で哀愁を誘う。

「それがやさしいと思うけど」

 三倉の声が近い。

 当然だ、隣にいるのだから。

 学校では有り得ない。

 同性なのにドキドキしてしまう。

 王妃に謁見した村人もこんな感情を抱いたに違いない。

「一番乗り?」

「どうかな」

 苦笑いで返す。

 反応がないので盗み見すると指で献花台をなぞっていた。

 私だけかもしれないけど、性的な感じがする。

「でもそうかも。放課後か迷ったんだけど朝に来て良かった。その、三倉さん、にも会えたし」

 大きく開いた胸元に目が行く。

 これは満場一致で性的だろう。

 私は第二はおろか第一ボタンすら開けた記憶がない。

 暑くても腕まくりしない。

 ジャージを腰に巻いたりしない。

 自分なりの着こなし感が出てしまうのを恐れているから。

 お前如きが? 

 その視線に耐えられない。

 おかげで一度タトゥーが入ってるという噂が流れて職員室に呼び出されたことがある。

「鈴木さんはリアルとネット、全然違うんだね。緊張して損した」

 フーと息を吐いた。

 緩んだ顔が陽光に照らされる。

 額の汗に光が反射した。

「リアルでは大人しい感じの人なんだね。ネットでは別人だからさ。ツイッターだと強キャラ感すごいし」

 三倉と視線が交わる。

 信じられない。

 彼女の口から出た言葉も現実味がない。

「ツイッター? えっと、何の事かな。私はその、ネットには疎くて」

 しどろもどろ。

 向き合った事を一瞬で後悔した。

 美少女の圧、凄い。

 瞳に映った自分が酷く薄汚れた存在に見えてくる。

「だからごめんなさい。三倉さんの言ってる事全然分からないの。人違いしてると思う」

 単純に恥ずかしいという気持ちもある。

 体格差がえげつないから。

 この後拾われる子猫と捨てられる冷蔵庫。そんな対象的な未来が容易に描けてしまう。

「またまたー。かくさなくていいのに。名前負けの鈴木。あれそうだよね?」

 くらっときた。

 耐えきれずに献花台に左手を突いてしまう。

 見えない角度から鈍器で殴られたらこんな感じかもしれない。

「違った? DMでおち◯ち◯の画像おくりつけてきた中学生にほうけい手術の広告かえしたり、ただのポリ袋いっぱいもち帰って炎上してるおばさんに『あなたは有料だから今まで誰も持ち帰ってくれなかったのね。明日からレジ袋と名乗りなさい』ってとどめさしたり、それからーー」

「はい私! 三倉さんそれ私の垢!」

「だよね」

 ご満悦な告発者。

 或いは美し過ぎる暗殺者。

「よかった。ちがうのかと思ってちょっとあせった」

「鈴木だけでよく分かったね。びっくりした。そのー、クラスの人も知ってたりする?」

 もしそうなら一大事だ。

 基本売られた喧嘩だけ買うスタイルなので自分発信で危ないツイートした記憶はないけど、絶対とは言い切れない。男性器中学生とポリ袋おばさんの事は今言われて思い出したくらいだし。

「しらないと思う。少なくともわたしはいってない」

「そう。良かった」

「クラスの人にはしられたくない?」

「別にそういうわけじゃないけど。息抜き出来るスペースとして、リアルとは切り離しておきたいの」

「ふーん」

 お世辞にも納得してないご様子。

 まあそうだろうね。

 あなたのように何時でも何処でも自分を出せる人には理解出来ない。

「それはともかく、どうやって私だって分かったの?」

「もちろん愛だよ」

「愛って。あの垢は誰にも知られてないと思ってたから今本気で驚いてるの。お願いだから教えて三倉さん」

 口に手を当てシンキングタイム開始。

 小悪魔感満載で絵になる。漫画化希望。

 残念ながら私は共演出来ないけど。西洋絵画に描かれた本格的なやつになってしまうから。 

「んーまあいいか別に。レビューだよ」

「レビュー?」

 レビューって何だっけ?

 えーと…… ああ、感想のことか。

 感想。本、映画、アニメ。

「あっ」

「そう。休み時間に読んでた本とかみてた映画のレビュー、鈴木さんその日にするんだもん。一度や二度なら偶然だけど、続けばあれあれってなるよ」

 何とも程度の低い。

 ばれるにしてももう少し…… ん?

「あの三倉さん。映画はスマホで視たし、本も電子書籍なんですけど」

「うんしってる」

 そんな当たり前じゃんみたいな顔されても。

「いやうんじゃなくて」

 私が気がつかないのを良いことに覗き込んでいたわけだ。

 見つかっていたらどうする気だったの。

 可愛いから許されるとでも思ってる?

「鈴木さんは人気あるんだよ。もっと自分がみられてること、意識したほうがいい」

「人気って。三倉さん真面目にーー」

「こわいよね。鈴木さんは平気だった?」

 さらっとスルーして献花台に向き直る美少女。

 思ってますねこれは。

「事件の日は寝坊したから。それでいつもより遅い電車に」

 あなたは遅刻してきた。日直だったのに。

 でも真面目に登校していたら危なかったかもしれない。

「そうか。ラッキーだったね。あ、そんなこと言ったらダメか。ごめんなさい」

 遅れて手を合わせる。

 花を用意したのは私なのに、これではまるで彼女の付き添いみたいだ。

「なんかさびしい。もっと目立つところにおけばいいのに」

「最初は駅前の広場に設置されてたみたい。でもSNSとかで通行の邪魔になるって言う人がいたらしくて」

「えー、そんなのどうせ二、三人でしょ。遊び半分でさわぐ人たちのいいなりとかむしろそっちのほうがこわいんですけど」

 眉間に皺を寄せてムッとした表情を作る。

 怒った顔もまた絵になる。

 男子が好きそうなギャップ。

「ね、鈴木さんもそう思うよね?」

「まあ」

 露骨に言えば、批判した人間の大半はこの駅とは無関係のはずだ。献花台が邪魔だという主張は設置される度に巻き起こる議論なのだから。彼らは本気で献花台が通行の邪魔だと思っているわけではなく、赤の他人に花を手向ける行為そのものを偽善と捉えて嫌悪しているのだ。

 賛否両論の末、献花台は駅の裏側へ追いやられた。移転するたびに記事の扱いは小さくなっていき、訪れる人も減っていった。多くの人は既に撤去されてしまったと思ったのだろう。現に今も私以外誰もいなかった。何故か現れた三倉を除いて。

「きゃあっ。あーもう最悪」

 突風が吹き散らし、必死でスカートを押さえる三倉。

「鈴木さん大丈…… あーそうか」

 こちらに視線を移して花を押さえた手に一瞬驚くも、直ぐに理解した。

 男子の学生服を着用している私には押さえるスカートなんて存在しない事を。

「こういうときにいいよねスラックス」

「うん。風が吹いても気にしなくなった」

 正確には風が吹いても、スカートが捲れ上がるの気にするなよお前如きが視線を浴びてそれでもスカートを押さえるかどうか、気にしなくなったである。

「階段も楽になったね」

 正確には階段も、当たり前のようにスカート押さえなよこっちにも好みってもんがあるんだ誰がお前のなんか見るかよ気持ちわりいな視線を浴びてそれでも手を添えるかどうか判断する必要がなくなって、楽になったねである。

「階段? んー階段はちがうような」

 三倉が唸って、また難しい顔になる。

「うわっ、ちょっとー」

 階段の何が違うの?

 そう訊ねようとしたら再び突風に襲われた。

「もういやだあ」

 三倉の手から逃れようとして、ツインテールが意思を持ったように暴れる。

 真剣なので申し訳ないけれど、髪が風になびく可能性が皆無なので少し羨ましかったりする。

「やっぱりいいなスラックス。ねえきっかけはなんだったの?」

 彼女の関心は変わらず男子の学生服だった。

「別にこれといった理由は。今言った事は少しあるけど」

「わかるー。いちいちめんどうだもんね」

 同意の印に頷く。

 気になるのは同じでも、向けられた視線に含まれる意思は全く違うけれど。

 私の場合、面倒なのはむしろ男の方だから。

 こんな自己嫌悪と自意識過剰の狭間ですり減るくらいなら、女という外面を捨てた方が無難だと思っただけだ。

「なにかほかに変わったことはある?」

「んー、男子の視線釘付け、かな」

 あははと笑った三倉を見て安堵した。

 美人の真剣な顔は周囲の人間を緊張させる効果があるらしい。

「めんどうな女認定? スラックスぐらいふつうにはくのにね」

 献花台に背を向ける。

 これから来る人の邪魔になるよと言いたかったけど、残念ながら誰も来そうにない。

「高校生には、スラックスは男子のっていう固定観念があると思う」

「そう? 鈴木さんもそう思うの」

「最初は少し。今はもう何も思わなくなった」

「同調圧力ってやつですか。いやな世の中ですな」

 大げさに肩を竦めてみせる。

 笑うところだと分かっていたけど、残念。アドリブには滅法弱いのだ。

「んー。はなし聞いてたら思ったより大変そう。どうしよかな。ていうか、そもそも鈴木さんみたいに足長くないからなあわたし。なんか変な感じになりそう」

「ならないよ。三倉さんなら絶対似合う」

「そう? ありがとう」

 言われ慣れている返し。

 これだから美少女は。

「ところで鈴木さんはどう思うこの事件?」

 本日三度目の突風。

 これだけ曲がりの大きい「ところで」を私は聞いた例がない。

「どう思いますか?」

 献花台を背にしているからか、妙な威圧感が発生している。

「どうと言われましても。酷い事件としか。女性を狙った卑劣な犯罪、かな」

 刃物を持った男が暴れて女性を刺した。

 周りの女性も傷つけた。

 刺された女性は救急車で運ばれるも病院で死亡確認。

 被疑者死亡で書類送検。

「女。女だけ、か。んー」

 三倉は腕を組んで首を傾げた。

 腕に挟まれた胸の輪郭が鮮明になる。

「違ったかな?」

 そんなはずはない。もしかしたら、犯人を取り押さえた男達も軽傷を負ったかもしれない。でもそれは被害のうちには入らないだろう。

「そうだよあってる。でも被害にあったのが女だけだからって、イコール女をねらった犯行とは限らないんじゃないかな」

「でもテレビとかネットでは…… え、ちょっと待って。三倉さんは偶然だと思ってるの? 犯人が亡くなったから詳しくは分からないけど、SNSは女性への誹謗中傷で溢れてたんだよね?」

 懲戒免職された大手企業の女性上司に、ごみの分別で揉めた近所のおばさんに、マスクをしないで騒ぐ女子高生に、SNSで罵詈雑言を浴びせるのが犯人の日常だった。

「そんなやつめずらしくないよ。鈴木さん被害者の名前はわかる?」

「え、名前? 名前…… 被害者のだよね? えーと」

 脳の引き出しを片っ端から開ける。

「んん、あれ? なんだろう。出てこないな」

 駄目だ分からない。

 それどころか被害者の顔も思い出せない。

 おかしいそんなはずないのに。

「えーと」

 耳が熱くなる。

 献花しに来た人間が被害者の事を何も知らないなんて。

「わからない? じゃ教えてあげる。被害者の名前はフェミサイドだよ」

 フェミサイド。女というだけで命を無惨に奪われる。事件後にツイッターのトレンド世界一位になった。テレビでは当初完全スルーだったけど、女性コメンテーターが発言して話題になり、それがネットニュースになって再度ツイッターで火がついた。それでもテレビはスルーしていたけど、結局は突き上げに屈する形でこの事件をフェミサイドと認定した。そうなったらなったで、今度は祭りだ。大した進展もないのに毎日のように情報番組で扱われ、キャラの強い専門家が極端な発言して翌日まで視聴者の関心を引きつけようとする。そんな展開が一週間も続けば食傷気味にもなるのも無理はない。献花台が目立たない場所に追いやられた一因だ。

「ああ。ツイッターでバズってたねそれ。それでテレビでも取り上げるようになったんだっけ? 良かったよね」

「本当にそう思う? 被害者の名前がうもれてフェミサイドって言葉だけが一人歩きしてない?」

 テレビは視聴率が欲しい。

 SNSは事件を利用した政治的思想的表明の場。

 個人が置き去りにされている。確かにその通り。

 でも、何時もの事だよねそれ。

「あっ、ちがうちがう。せめてるわけじゃないの。名前はね、ちょっとしたひっかけ。ていうかわからなくて当たり前、なんだよね。最近はこういうヤバめの事件は被害者の名前ださなくなったから。…… もしかして怒ったりしてる?」

 三倉が早口で弁明する。

 どうやら不満が顔に出ていたみたいだ。

 少しだけ良い気分になったけれど、すぐさま罪悪感に支配された。

「全然。怒ってないから気にしないで。でもそうなんだ。確かに恐い体験したのに被害者にも責任があるとか言われることもあるしね。名前を伏せるのは、これは良いことだよね?」

「うん。でもなぜか性別はだすんだよね。性別と年齢。それから職業。被害者の仕事、なんだと思う? 風俗嬢だよ。当たり前のようにネットでは心ない一言が流行。『なんだよ死んだの風俗かよ。おれのお悔やみをを返せよ』みたいな」

「職業差別? 最低だね」

「同感。なんかモヤモヤしてさ、事件のこと調べたんだ。まあ調べたっていってもツイッターとかSNSのぞいたり考察サイトみただけだけどね。一時間ぐらいかな、だら見してたらやじ馬の一人っぽいのが『犯人はガキに因縁つけられたって騒いでた。警察にも話したけど音沙汰なし』ってツイートしてるのみつけたの」

「へえ知らなかった。そんなのあったんだ。ニュースではやってた?」

「たしか『事件直前犯人と口論した人物の可能性』みたいな感じでやんわりと。でもすぐに消えちゃった」

「何でだろう? 不思議だね。消えた女、か。小説のタイトルみたい」

「女? どうしてそう思うの? ガキとは言ったけど女とは一言も言ってないよ」

「別にそんな深い意味はないけど。女の人ばかり狙ったから、そうかなって」

「きめつけはダメ」

 叱られてしまった。

 美少女に叱られると三割増しでこちらが悪い気にさせられるから困る。

「そうだね。えーと、どうしよう…… じゃあ、ガキ氏で」

 三倉が吹き出した。

 場の雰囲気が和んだようで安堵する。

「もう笑わないでよ真剣なんだから」

「だからおもしろいんだって。まじめな顔でガキ氏でって言われたらだれだって笑うよ」

 あーおかしいと言いながら涙を拭う。

 美少女を笑わせると三割増しで幸せな気分になれることを知った。

「ごめんごめん。まじめにね。ガキ氏はどこに消えたのか? 早朝ラッシュの時間。もし犯人から逃げれたとしても人の目や監視カメラからどうやって逃れたのか? 探偵ごっこはじめ」

 二人して唸る。

 うーん。

 うーん。

 なにも浮かばない。

 当然だ。リアル素人探偵とは要するに普通の人の事を指す。

 うーん。

 うーん。

 暑いな。喉も渇いたし。

 喫茶店に入りたい。

 間を置き、場所を変更し、それでも彼女との会話を再開出来る自信が生まれたら提案してみよう。

「あ、分かった。ガキ氏は議員の子供だったんだ。それで親に揉み消してもらった」

「もしそうならとっくに特定されてると思う。それらしいはなしはネットには転がってないね」

 あっさり却下。

 もう少し付き合ってくれてもバチは当たらないはずだけど。

「それなら。そうだ駅員は?」

「犯人ともめればかなり目立つと思う。だれかがツイートするはず」

「まあ、うん」

 二つ目で早くも「何を言っても却下されるんだろうな」という空気が流れ始める。 

 主に私の周囲にだけ。

「もっと、まわりにとけこんだ人だと思う。だから異変が起きるまではみえなかったんじゃないかな」

 何この誘導されている感じ。

「学生とかサラリーマン?」

「かもね。ガキって言うからには若いわけだし、学生じゃないかな」

 気のせいではない。

「どうかな」

 冗談ではない、抗ってやる。

「それこそ先入観だと思う。ちょっと逆に考えてみない? 存在感ありすぎて焦点を結ばなかったとか。例えば、そう。ガキ氏は裏社会の人でその時は仲間も大勢引き連れていた。皆顔はチラッと見たけど、関わりたくない一心で沈黙を貫いている」

「わたしがひろった情報はネットからだって言ったよね」

「そうでした」

 何だか馬鹿らしくなってきた。

 三倉は端から答えを決めている。

 これ以上は茶番だ。

「難しいね。消えガキ氏が本当にいるかどうかは一旦置こう。事件に関係があるかどうか。結局はそこじゃない? 私はないと思うな。報道しなくなったのはそのため。もしくは犯人の妄想。薬物でおかしくなってたとか。そもそもあんな事件起こした人の言うこと真に受ける方が、何ていうか、うん」

 まずい。

 三倉は口を尖らして黙ってしまった。

 怒らせるつもりはなかったのに。

 それでもここは引けない。

「ネットに溢れるガセネタの一つだと思う。囚われないほうが良いよ。何か陰謀論みたいな感じもするし」

「陰謀論か。たしかにそうかもね。でもしつこいけどさ、もしガキ氏がいたとして、あくまでもしね。鈴木さんの言うように通学通勤、夜勤明けの人もいるところで立ち止まって『なんだオラ、あ?なんすか』なんてやりあってたのにだれも記憶に残ってないなんておかしくない?」

 だから、それが証左。

 ガキ氏なんて端から存在しない。

「SNSでもわたしみたいな陰謀論者くずれが意見だしあってさ、そのなかで『そいつ女なんじゃね? うちにもいるよ男の着てる女。運動部のゴリラがマスクしてたらパッと見男と区別つかん』っていうのがあったんだけど、どう思う?」

 肩に力が入る。

 筋が強張り、首筋を伝って後頭部に鈍い痛みが広がっていく。

「さあ。私に聞かれても。少なくとも女子にゴリラはないと思うけど」

 三倉に習い、頬を膨らました。

 絶望的に可愛くない。

 何でやった?

 黒歴史確定。

 嫌だもう座りたい。

 どこかに腰を下ろせる場所は。

 献花台。 

 いつの間にか三倉が寄りかかっていた。

 誰か来たら怒られるよ、誰も来ないけど。

 ねえ何で誰も来ないの?

 移動したから?

 調べたらすぐ出てくるのに。

 カメラが来ていないから?

 他人のために泣ける自分がそんなに好き?

 それとも新しい展開が不足している?

 新鮮なのが欲しい? それとも自分が望んだの?

 あの日から一向にアップデートしてくれないの。

 その癖全く色褪せない。

 私はね、どうすれば正解だったのか考えて変わらない結果に絶望して独り涙を流しているの。

 笑える。

 本当笑える。

「まあまあ。気持ちはわかるけど。この推理を材料に考察した人がいたみたいなの。ちょっと長いけど聞いてくれない? お願い」

 美少女らしい。頼めば何でも思い通りになると考えているようだ。

 こちらの返事も待たずに携帯電話を取り出して操作を始めてしまう。

 先程献花台を指でなぞっていた割にはスムーズな動きだ。

「じゃ読むね。『その女は男の服を纏うときだけ、変身する。無論体はそのまま、気だけが大きくなる。ショートヘアにご時世マスク、高過ぎる身長と小さな胸がその完成度を高めてくれる。姿見の前に立ってみた。何処からどう見ても男だ、悲しくなる程に。しかしおかげで道の譲り合いやレジの横入り、今まで散々苦杯を舐めてきた小さないざこざに連戦連勝。これでは浮かれるのも無理はない。でも、こんなことが永遠に続くわけがない。今なら分かるさ、今なら。あの日も始まりは何時もと変わらなかった。ドン! という強い衝撃、腕に広がっていく痛み。立ち止まり、相手を確認すると見るも無残な小男だった。顔を上げて睨みつけてくる。その一生懸命さに危うく笑いそうになった。我慢しろ、本人は必死なのだから。ポケットに手を入れたまま、少し屈んでから軽く肩をぶつけてみた。それだけで小男はバランスを崩して倒れそうになった。しかし目の奥の怯えを従え、睨み続けた。この瞬間が好きなんだ! 陥落寸前の睨み合いは甘美、甘美、甘美。どうするいけるか? やめろ絶対無理だ! ビビって逃げたなんて死んでも思われたくねえ! 中途半端に刺激したらマジで死ぬんだよ! 葛藤の生じた思考の流れが手に取るように分かった。気をつけろや兄ちゃん……。僅か一秒半。小男は小刻みに震えた後、舌打ちもせずに立ち去った。やれやれまた勝ってしまった。女は満足げに鼻を鳴らした。残念! 今回は何時もと違う展開が待ち構えている。女はまるで分かっていなかったのだ。男という生き物がどれだけ馬鹿なのか。プライドを守るためには命すら投げ出すのを厭わない事を。小男は例外ではない。今まで女の運が良かっただけだ。小男の歩みが徐々に遅くなる。負けてない。俺は負けてない。そうだろ? ああもちろんそうだ。ちょっと驚いただけだ。あのでくの坊め。今のうちだけだ。勘違いして粋がってればいい。次遭った時がお前の最期だ! …… 畜生ふざけるな俺は負けてねえ。若い以外何の取り柄もねえクソが。ふざけるなよ! 馬鹿だから今頃笑ってるんだろうな? 事態を理解できてねえ哀れなクソ猿。畜生…… 畜生! 畜生! 畜生! ふざけるなクソガキ! 何でこの俺様がお前みたいなクソガキから逃げなきゃいけない? 見逃してやったんだよ、こっちが。頭を下げろよ。泣いて乞えよもうしませんって。駄目だもう。お前は、駄目。せっかく見逃してやったのによお…… もういいわ、殺す。小男は回れ右して走り出す。女は偶然にも早い段階で異変に気づいた。後ろを振り返らずに人混みに紛れて逃げる。女子トイレに駆け込み一安心、とはいかなかった。押し殺したような叫び声。明らかに夜の仕事をしている雰囲気の女達が不審者発見の視線を送ってくる。同時に三人も。まずいまずい。急いでマスクを外す。微妙な反応。思いきって宣言してみた。あの、女です。ハスキーボイスは助けになってくれなかった。仕方がない。個室に入り、スカートに履き替えた。再度顔をチェックし、足、くびれ、胸(小さっ)、最後に全体のラインを確認して何とかOKサインが出た。これで一安心と思いきや、入り口から外を覗いてみたら小男が目の前に迫っていた。しかし立ち止まり、血走った目で監視を始めた。良かった、女だとはばれていない。でもどうする? このままここにーー 良案を考える間もなく風俗嬢に突き飛ばされてしまった。入り口付近に立っていた自分が悪い。女は溜め息を吐き、そのまま顔を背けて通り過ぎようとした。それを見ていた風俗嬢の一人が閃いた。小男に近寄り、耳打ちする。ニヤニヤしながら。おじさんおじさんあんたが探してる男はこの娘だよ。小男の堪忍袋が切れた。どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって! 風俗嬢に飛びかかり、馬乗りになって殴る。ハンドバッグで応戦してきた二人目の風俗嬢は蹴り飛ばした。三人目の風俗嬢が化粧ポーチから取り出した眉ハサミを突きつけてくる。それを奪い取り、頭突きを食らわした。殴打から回復した風俗嬢が雄たけびを上げる。驚いて振り向いた瞬間右ストレートが飛んできた。小男は咄嗟にカウンターを合わせた。何だ? 感触がおかしい。手を離したら風俗嬢の目に眉ハサミが刺さっていた。ゆっくりと倒れていく。小男はそれを呆然と見ていた。今しかない! 傍観者が小男を羽交い締めにする。何だこの野郎! 離せクソ! お前関係ねえだろ! どこ行ったクソが! ガキに因縁つけられたんだ! 畜生! ゴミ野郎が! 小男は首を振り回しながら喚く。次々に小男に飛びかかる傍観者。身動きが取れなくなり、重さにも堪えられなくなった小男はその場に倒れ込んだ。不幸にも真横を向いた瞬間に。傍観者の群れが少し遅れて小男に覆い被さり、何人目かで鈍い音が鳴った。彼らは英雄になり損ねた』で終わり。長かったー」

「うん長かった。考察というより小説だね」

 暗に創作だと仄めかしてみた。

「わたしはノンフィクションに近い気がした」

「どうしてそう思うの?」

「因縁うんぬんは事実だから」

「…… 何で言い切れるの?」

「実際に聞いたから」

 唐突な告白に後ずさる。

 かかとが地面をこすり、うどんを啜ったような音が響いた。

「スラックス。ショートヘアーにマスク。そして超絶スタイルの良さ!」

 でくの坊の貧乳とも言う。

「最強の初見騙しだよね」

「珍しくないよ。今時そんな格好」

「そんなことない。鈴木さんは自分のこと低くみすぎだよ。他の人とは全然違うんだから。あなたは飛び抜けてる」

 それならいっそ何処かに飛んでいってしまいたい。

「分かり合いたい教はお断り」

「何それ」

「考察主のアカ名」

「へえ」

「裏アカだよね?」

 垂れてきた汗を拭う。

「どうしてそう思うの?」

「文章のくせかな。本アカとおなじですっごいかたいの。いぬきとらぬきの言葉は地の文ではぜったいつかわない。逆に漢字はいつでもつかいたがる。おれは『俺』わたしは『私』なには『何』ことは『事』ときは『時』とかわかりやすい。あ、わかるも『分かる』にするよね。ノンフィクション読んでるときに「かたいなーひらがなでいいのに」って思って気づいたの。鈴木さんのアカといっしょだって。いきぐるしいけど読ませる中毒性もおんなじだった」

「最後だけ誉めても騙されないよ」

「ほんとだって」

 三倉が微笑む。

「それだけで私と断定したの?」

「あとはねー。あの日あなたを見かけたことぐらい、かな」

「…… いたの?」

「日直ですから。やじ馬根性発揮して遅刻しちゃったけどね」

 事件当日を再現した投稿と同じ文体の本垢、男のような出で立ち、現場で目撃された姿を繋ぎ会わせて私まで辿り着いた。

「声かけたんだよ。顔真っ青だったから心配で」

「そうなんだ。全然気づかなかった」

 ちょっとぶつかったぐらいであんなことになるなんて。

 でも私は悪くない。悪いのはおじさん。そこは絶対に間違えては駄目。

 嘘だよね? 死んだなんて! アナウンサーが硬い表情で喋る。深刻な事件だから真剣な表情をしなければいけない。妙な責任感に彩られた顔は今にも笑い出しそうに見えた、以前は。今は隠しきれない憎しみを必死で抑えているようにしか映らない。誰に? 私に? 違うよね。あの女の人、私の事を指差していた。笑いながら。ゾッとした。退屈凌ぎのために売られた。そんな気がした。自業自得とまではいかないけど、あの人にも悪いところはあった。

 警察とか来るのかな。嫌だな……。

 良かった。テレビでは謎の人物が消えた。警察も来ない。無関係と判断されたんだ。ネットはまだだけど、大丈夫すぐに飽きるはず。

 誰か浮気しないかな。失言でもいい。

 おかしな流れになってきた。フェミサイド? SNSの女性憎悪が証拠? 死んで何も言えないからって決めつけ過ぎじゃない? 肩持つ気はないし、死傷者は全員女性だけど。でも怪我したのは告げ口女の仕事仲間だよね? 目の前で喧嘩が始まったから知り合いに加勢して返り討ちに遭っただけの話じゃないの? それをまるでおじさんが駅中獲物求めて駆け回っていたみたいな報道。そもそも刃物男って何? 眉を整える小さなハサミが刃物? 物は言い様だね。

 犯人と口論した人物がネットから消えた理由が分かった。フェミサイドを叫ぶ人達からすれば、そいつが女だったら都合が悪いのだ。だから存在そのものを消した。連中はどうしてもこの事件をフェミサイドにしたいらしい。

 駄目だ。耐えられない。自分のせいで真実が隠れて事実が歪む。日が経つにつれてそんな思いが心を支配していく。全部吐き出してしまいたい。

 ツイートでもしてみようか。垢名の鈴木が気になるな。しれっと変える? 危険な匂いがする。

 裏アカを作った。今日からここが私の告解室だ。誰にも見て欲しくない。でも世界中に拡散されたい。矛盾しているけどそれが本当の気持ち。自分の秘密をさらけ出すわけだから。ある程度欲しがってしまうのは仕方のないことだ。

「鈴木さんのせいじゃないよ」

 慈愛に満ちた表情。

 美少女なのにお母さん属性持ちとは。

「一回ぶつかったぐらいでキレないよさすがに。ましてや相手は自分より体格のいい若い男、と思いこんでたわけだから」

「でも実際にーー」

「その前になにかあったんだよ」

「何かって?」

「同じようなこと」

 同じ…… 私の前にも誰かと口論した? その誰かに強く出られなかったのが悔しくて苛々していた? だから今度は我慢出来ずに追いかけてきた。辻褄は合うけれど。それだと別の問題が起きてしまう。

「消えた人物」

「そうそれそれ。ずっと考えてたんだ」

 献花台の方を向き、再び指でなぞる。

「きれいだよね。ほこり一つつかない。だれか掃除してくれてるのかな?」

「それはーー」

 清掃員?

「一流企業で働いてたからね。清掃員とか見下してたんじゃないかなふだんから。でも今は違う。自分のほうが下。負け組だとあざ笑ってたやつらよりもさらに下。認めてゼロからやり直す? そんなできた人間じゃないよね。むしろ今の自分を肯定するために『こんなことして金もらうくらいなら無職のほうがマシだ』なんていうほうが全然ありえそう」

「職業差別」

 本当は分かっていた。プライドの高さが邪魔している事を。それがある限り上手くいかない事も、それを絶対に捨てられない事も。それらの感情がない交ぜになった状態で揉め事が起き、最悪の化学反応が起こってしまった。

「男かな?」

「だと思うよ。もめた相手が若い男だったからひるんだ。長引けばそれだけひきにくくなるから、決着はすぐについたはず。犯人は自分がびびったことを認められなくて駅をうろうろする。このまま改札口出たら負けを認めることになると考えてたから。でも相手は仕事終わったらさっさと着替えて帰っちゃった。夜勤なら家に帰って一眠りして、目が覚めたらもめたことなんてすっかり忘れてるかも。ほら、こういうのって一方的なものじゃない」

「衝突は一瞬。一方は服を着替え現場を後にする」

「そう。だからだれの記憶にも残らないどころか、もめごとがあったことすら気づかれてない」

「それなら、良いね」

 私に都合の良すぎる展開。

「そうなんだよ」

 三倉の手が私の手を取り、優しく包み込む。

 小さなすべすべした手。

 大きなかさかさした手。

「絶対に、そうなんだから」

 自分に言い聞かせるように言う。

 平行線を飛び越えて触れ合うきっかけを作ってくれたのは彼女だった。

 私はただ待っていただけ。

 何もしていない。

「最後にゴミ野郎って叫んでたし」

「うん…… え、待って。それってそういう意味なの?」

「そうだよ。追いかけたのは鈴木さんでも頭のなかには違う人がいた」

 手の甲を撫でられた。

 くすぐったい。

 反射的に引っ込めようとしたら、強い力で留められた。

「そう、なのかな。でもそうなるとやっぱりフェミサイド? 男同士の揉め事に巻き込まれたってことだよね」

「ちがうよ。わからない? 犯人は鈴木さんを追ってた。消えた男のかわりにしようとして。殺意があったかどうかまではわからない。でもね、犯人の性格なら今までに何度も同じようなことを起こしてきた可能性高いと思う。そのたびにプライド傷つけられても歯を食いしばってきた。そういう、ためにためた怒りがとうとう爆発したんだから。口喧嘩で終わるはずない。あの女は震源地に自分の意思で入ってきたの。単なる不注意。巻きこまれたわけじゃない。だからフェミサイドじゃない」

「それなら私の役回りって何? 結局、事件の引き金を引いた事には違いないよね」

「それもちがう。犯人は暴発寸前だった。銃を手に取っただけで弾が発射したらどう思う? 自分の責任? 銃そのものに問題があるって思わない?」

 首を斜めに傾ける。

 頷いてしまいたいけど。

「わかった。じゃあこう考えて。鈴木さんは犯人を挑発したことに責任感じてるんだよね? でもそれって正しい記憶かな? 犯人は直前の完敗が認められなかった。上書きしたい今すぐにでも。そう思って、人混みで肩をつき出した。罠にかかったのが鈴木さんだった。わかる? あなたは自分の意志で行動したつもりかもしれないけど、実際には犯人の手のなかでもてあそばれてただけなの。人はあなたのことをバカな女と笑っても、責任を取れと怒ったりしない。…… ねえこっちはまじめに言ってるんだけど。なんで笑ってるの?」

「だって。凄い真剣に弁護してくれてたのに最終的に馬鹿女って」

「犯罪の片棒かついだ悪女よりはマシでしょ?」

 確かに。

 馬鹿でも無罪なら希望がある。

「そうだね。ありがとう馬鹿女にしてくれて」

 納得出来たわけではない。

 消えた男が存在する前提の話だ。

 しかも消えた男と犯人は全力で私の無実のために動いてくれた。

 ほぼ有り得ない。

 それでも彼女の必死さに射たれた。

「当然だよ。推しの笑顔を守るのはファンの役目」

「推しって。ありがとう。冗談でも嬉しいよ」

「冗談じゃないよ」

 真剣な眼差しに笑顔が引っ込んだ。

「鈴木さんがわたしの推し」

 そう言った直後、思い切り引っ張られた。

「ちょっと!」

 三倉が受け止めてくれなかったら前のめりになっていただろう。

 危なかった。

 いや違う。そもそも彼女のせいだった。

「ちょっと何?」

 彼女の腕が背中に回され、ゆっくりと引き寄せられた。

 メロンの襲来になすすべのない洗濯板。

 柔らか……。 

 甘い刺激が全体に広がり、ぶるっと震えた。

「どうして今日、あなたがここに来るってわかったと思う?」

「どうしてって。ツイッターから導きだした、とか?」

「事件関連の情報はなにもなし。そもそも文章のくせがおなじなのも弱かった。鈴木さんがすぐ認めてくれて助かったぐらいだから。ほんとバカ正直最高」

 馬鹿正直。 

 そうかもだけど、言い方。 

「クラスの人に聞いた」

「残念ぼっちの自覚ないんだ」

 残念ぼっち。

 そうかもだけど、言い方。

「答えはシンプル。尾行したの」

「そうなんだ」

「おどろかないの?」

「驚き過ぎて理解が追いつかない」

 くすくす笑う声が耳朶を打つ。

「何時から?」

「事件の日から。チャンスだと思ったの。これきっかけで仲良くなれるかもって。ずつと話したかったけど、鈴木さんいつも逃げるんだもん」

「それは、ごめんなさい。わざとじゃないの。磁石と同じ。カースト最下層のメンタルが骨の髄まで染み込んでるせい」

「そんなの気にしちゃダメ」

「そうは思うけど実際にはなかなか」

「さっきも言ったけど鈴木さんは人気あるんだよ。かくれファンいっぱいいるんだから」

 事実なら皆かくれんぼ上手過ぎ。

「わたしがにらみきかせてるから出てこれないだけ」

 美少女恐っ。

「これからはなかよくしようね」

「う、うん。でも私が三倉さんと仲良いと怒る人が出てくるかも」

「心配しなくていいよ。そういうやつは学校来なくなるから」

 美少女超恐っ。

「ほかに聞きたいことは?」

「えーと、特には」

 急に言われても思いつかない。

「そう。じゃわたしからひとつ」

「え? ちょちょっ」

 いつの間にか腰まで移動してた手で尻を掴まれる。

「スラックスでも階段は注意しないと。上がるたびにお尻のラインがくっきり出るんだから」

 パン! と良い音が鳴った。

「油断しないようにね」

「りょ、了解です」

 一発叩かれた後でようやく解放された。

「誰も気にしてしないと思うけど」

 口を衝いて出た自然な憎まれ口。

 何それ、友達みたい。

「わたしが気にするの」

「今の状況をもっと気にして欲しい」

 一瞬間が出来た後、同時に吹き出した。

 今日初めて心が通じ合った、そんな気がした。

「あー暑い。どこかで涼もうか。ここにいたら死にそう」

「献花台の前で言うことじゃないと思う」

 これは消えた男が結びつけてくれた縁、ということになるのか。

 おかしな話だ。

 勘違いと想像の産物。

 どちらも存在すらしていないのに。

 

 

 

 

 


 


 

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消えた男 テス @aonegi53

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