海……変わらぬ愛

森 幸

第一章

プロローグ


海はどこまでも碧い…。

砂浜の波路を若者達は走り戯れ合っていた。潮風に吹かれてなびく髪を指で掻き上げていた…。

その中で一人佇んでいた髪の長い少女、時折り目は何処を見ていたのか判らないが、虚ろで何か思い詰めたようにも思える。それは一瞬で彼女の悪友達が少女の名前を呼ぶ声に吾に返って振り返った。

そこへビーチボールが頭めがけて飛んできた。

田原志穂梨、十六歳。その彼女のおでこに当たったのだ。皆、志穂梨を見て大笑いしていたが彼女は怒ったように大きな目を吊り上げて、

「あなた達ってロマンがないんだから。海を見ているとそういう気持ちにならない?」

と聞いた。

すると、悪友三人は志穂梨の言うとおり暫く眺めていたが、一人の少女は何も感じなかったのか直ぐに立ち上がり、

「ロマンって言えるものは何もないわよ」

と夢のないことを言って他の一人とまたビーチバレーを始めた。だけど志穂梨の事を理解してくれている戸島佑介だけはひっそりと寄り添うように海を眺めていた…。

男女2組で来たのだが親には女の子だけで行くと言ってうそをついて来た。

今まで親に隠れて同性と一緒でも異性と海に来たことは一度もなかった…。

その親を騙してきた後ろ目逆があるのだろうか?

お互いに何も言わず、ただ広い海を眺めていた。

ふっと志穂梨が気が付くと彼は彼女の肩に手を掛けてまるで誰が見ても恋人同士に見えた。

その時だった。二台の自動車と何台かのオートバイが物凄い騒音とともに、この浜辺にやって来た……。

そのバイクが志穂梨の目の前で一台停止した。

きっと、どこかの学校の暴走族グループだろうと思った彼等は八人だが、リーダー格の一人がヘルメットを脱いだ途端、誰もがハッと気が付いた。

それは志穂梨と一緒に来ていた悪友で園田美奈子の兄、園田良太郎とその仲間達だった。美奈子もオートバイの騒音に驚いて振り返ったが、志穂梨の方は目の前に現れたものだから、もっと驚いていた。その一瞬、佑介は志穂梨との距離を置いたが、美奈子はそれに気付いて佑介に、

「離れなくていいわよ。志穂梨を紹介したのはあたしだから。兄貴が何も言わないで家出しちゃうのだもん。お父さんと将来の進路の事で意見が合わないからって家出することないのにさ。それに、な~に?そのスタイル、お父さんが見たら勘当されて大学にも行かれなくなるわね」

と兄に対して冷たくあしらった。 

 確かに美奈子の言う通り、今の彼はオートバイを乗り回して夜になると暴走している、世間で言う悪の仲間になっていた。

 何がカッコ良くってその道に走ったのか当のご本人も解らないが、若いうちは誰でも暴走して生きてみたくなるものらしい。

しかし、それが元で事故をして自分自身の命を落とす羽目になったり、大怪我をして一生歩けない体になったりしている。

それだけではない。

相手がいたら賠償金や慰謝料を払わされてもっと大変だ。ましては学生の身で大金など持ってない。親に頼るしかないのが現状らしい。

 ところで良太郎達がなぜこの浜辺にやって来たのだろうか?

志穂梨はその事の方が気になった。でも、それを聞くのは勇気がいるが、それを察していたのか妹の美奈子が、

「何しに帰って来たの?お母さんに会いたくなったの?それとも志穂梨かなァ?」

と意地悪く聞いていた。

するとサングラスを外して、

「どっちもだ。それより志穂ちゃん綺麗になったね。まあ、もともと美菜子よりか美しく、汐らしく育てられているからなぁ。綺麗になって当たり前か。」

と別に悪びれた態度も見せず、美奈子の前で志穂梨に言って、その横でおっかない佑介の顔を見て笑った。

それを聞いた志穂梨は、

「そんなことないわ。家は確かに由緒ある家柄だと昔の人が言うけれど、今はお嬢様でも大金持ちでもないわ」

と言う。

すると、さっきから良太郎達の話を小耳で聞いていた彼の悪友達7人が5人の側に寄って来て

「俺達にも紹介しろよ。リョー。そっちのかわい子ちゃんなんか俺好み♡」

と、一人が志穂梨の手前でヘルネットを取って顔を見せてウィンクした。

志穂梨はキラッと割り込んで来た彼の顔を見たが、髪はブロンドで長髪、黒の革系のジャンバーでどこか日本人離れした彫りの深い顔で鼻筋が通った本当にハンサムな男が声をかけた…。

それを切っ掛けに皆ヘルネットを取り簡単な自己紹介をしていった。さっき会話の間に入ってきた男は松本淳。それをはじめて聞いた時、

「ウッソー。それがあなたの本名なの?今売れに売れている嵐の松潤と同姓同名じゃない?」とはじめて聞いた二人と最初から知っている筈の全員がいっせいに笑い転けた。淳も

「親を恨む」

と言って、そこに居合わせた全員の顔を怖い目で見たが、志穂梨はすぐに気が付き、

「名前の事で笑ったりしてごめんなさい」

と上目遣いに言って謝った。

それを見ると淳もさすがに機嫌が治って、

「もういいよ。慣れているから。だけど字が違うんだが呼び名が一緒だから最初は自己紹介した時は誰でも笑うんだが、でもこいつ等だけは全く失礼極まりない。何回言っても言う度に笑うんだ。もう許せねぇ」

と言って志穂梨以外のものを鋭い目で睨んだ。

すると美奈子がその顔を見て、

「その目は素敵だけれど、怒った顔でしか見られないから…」と言ってまた皆を笑かしたが、『本当だ』と志穂梨でも思った。

そんなことより美奈子がなぜ淳の事を知っているのか不思議で堪らなかった。

それにしても突然の事でスケジュールが大きく変わったが、この事が切っ掛けとして志穂梨の運命も衝撃的に変わるのだった。


第 一 章


それから一ヶ月、良太郎からは何の連絡もなかったが、松本淳は時々志穂梨の高校の校門の前に来ては手を振ったりウィンクしたりして姿を現していたが知らない顔はできず、頭だけわざとらしく下げていた。

ところがある日の放課後、志穂梨は一階の図書室で窓の外を何気なく空を『ぽ~』と見ていたら美奈子が彼女の側に寄って来て、

「最近、あいつがあんたを見つけては手を振ったりしているらしいけど、あんなのは放っておいた方がいいわよ。それにあいつはプレイボーイとか女泣かせという噂もあるし、この辺では有名よ。

と言うと志穂梨も分かっているような顔をして

「うん。それは分かっているわ。あたしも検事の娘だもの。あのスタイルで判るわ。でも何で手を振ったりしている事を知っているの?」

と聞いた。

すると美奈子は自慢して、

「そりゃあ、噂は直ぐ入ってくるわよ。それにあたしも弁護士の娘よ。そのぐらいの情報は直ぐに入って来るわよ。そしてあいつは医者の次男坊でドラ息子で兄貴と一緒のT大学の法学部でしょう」

と言って笑った。

それを知らなかった志穂梨は少し吃驚して美菜子の顔を見たが、その時だった。

その騒音が聞こえたかと思うと校庭のど真ん中で止まり、

「田原志穂梨ちゃ~んはどこだ!俺だ!松淳だ!オ~イ志穂梨ちゃ~ん!」

と大声を張り上げて叫んで両手を振った。

クラブで居残っていた者や下校しようとしていた者まで校庭に引き返し何事というように彼の方を見たが、どう見てもテレビでよく出てくる暴走族のイメージだったので、教師達は吃驚してしまい、遠くの方で名前だけを聞いていた生徒達は、嵐の松潤だと勘違いして振り向いたり下校を忘れてその方に飛んで行ったりてんやわんやしていた。

しかし相手の顔をよく見ればハンサムだがテレビで出てくる嵐の松潤でない事が判り、がっかりしていたが、志穂梨や美奈子はその間に逃げようとしてまず下校の支度をしに教室に入って行った。それがいけなかった。

誰かが志穂梨達のクラスを教えてしまったので淳は飛んで行った…。

そして志穂梨達を見つけると、

「いた!学校は広いからずいぶん捜したんだ。これから海に行かない?○×海岸に行こう」と言って誘うと志穂梨は淳の軽い言い方に怒りを覚え、

「行きたくありません。これから私は大学の受験ですので家に帰ってお勉強をします。だから誘ってもムダです」と言って学生カバンを抱きかかえて先に出て行った…。

美奈子は『クスクス』と笑って呆然としている淳の態度を見ていたが、

「残念ねェ。可哀そうだからいい事教えてあげようかなァ。あの子のお父さんは検察官であたしの両親、特にお母さんのライバルなのよ。だからね、あんた達みたいに道路交通法違反ばかりしている人とは付き合わないの。もっとマジになってから来な」

と最後の言葉はマジな顔になって言った。

それを聞いた淳は美奈子も他校生の不良と一緒のところをよく見かけることがあるので、

「そんな事を言ってもいいのかなァ。君なんか放課後とか授業をエスケープしてスナックとか怪しげな喫茶店で見かけているんだけど……あれ君じゃあなかった?」

と言って美奈子の表情を窺ったが、

「放っといてよ。そんなことよりあたしと付き合わない?」

と彼女は逆に誘った…。

彼は『ぎょっ』としていたが、その時だった。

この学校の先生が来て彼の顔を見て絶句して驚いた。

そして、

「君、もしかして松本君?松本淳でしょう」

と……。彼は余裕たっぷりに、かつ紳士的に今まで見せたことのない顔……優等生な態度を装おして

「ええ、先生お久しぶりです。先生もお変わりありませんか?」と言ってニッコリ微笑んだ。その間に美奈子もさっさと出て行ったが彼には彼女など関心がなかったので追いかけたりはしなかった。 

 その後、何度となく志穂梨の前に現れてはデートを誘ってみた淳だが何時も、

「あなたのやっている事はストーカー行為なんですけど、私が父に訴えると必ず捕まるわよ」

と言っては脅迫したが、そんな事を言っても聞く相手ではなく先生の前ではあれだけの優等生ぶりな態度を見せているので許していた。

だが、それが彼等の運命を変えてしまったのかもしれない……。 

 そんなある日、空は快晴だったが志穂梨の心は憂鬱で重苦しくため息ばかりついていたので美奈子は友達として心配になり、

「今日はどうしたの?さっきからため息ばかりついて…あいつのストーカー行為がエスカレートしているの?」

というと、志穂梨は思い出したようにきつい目で美菜子を睨み付けて、

「そうよ!全く不愉快なんだから……お父さんに本当に言ってやろうかしら、今日もあれだもんね……。」

と言って校門の所を顎で示した。美菜子は志穂梨の様子を横目で見て、

「ふ~ん、あたしにはなんだか志穂梨の方が楽しんでいるみたいだけれど…。普通はストーカー行為だと判っているのに放置するのは一般の法律民法の乏しい人がやる事だわ。あたしだったらお父さんに直ぐに言って、何とかしてもらえるように警察に連絡して補導しているわ…。志穂梨のお父さんなんか聞いたら即逮捕しているわね。だから言わないのよね。おっと、怒らないで聞いて…。それって淳が好きだからじゃないのかな。もっと素直にならなきゃ損するよ」


とクスクス笑って帰る仕度をしていたが志穂梨は怒って、


「誰が‼」

とむくれた。

そして五分も経たないうちに仕度を済ませた美奈子、

「さっ帰ろ。お先!」と言ってさっさと帰った…。

志穂梨は美菜子の後姿を見送りながら自分も仕度をして淳が待っている反対側の裏口から帰ろうとしていたが、今日は思い直して堂々と表口から出て来た。

そして淳の前に現れたが、

『私はあなたなんかとお付き合い出来ません』

と言うつもりでいた。

でも淳は志穂梨の心を見抜いていたのか、顔を見るなり、

「僕となんか付き合わないか。もったいないね。この際だから白状するが、僕はこう見えても実は学生の身だけど司法試験は一発で通って後は大学を卒業するのと同時に司法実習を受けなければならないが、将来は弁護士になる予定なんだ。君の親父さんが検察官だと美菜子ちゃんから聞いて驚いているんだが、君の親父さんと張り合うときが来るのが楽しみだ」と言ってにっこりと微笑んだ。

志穂梨はその話を半信半疑の顔で聞いていたが、やがて目を閉じてもう一度目蓋を開いて彼を見た。

そして、

「ヘェ~あなたが将来の事を考えているなんて知らなかったわ。それも余程勉強しなくては通らないという司法試験に一回で合格?誰がそれを信じますか。いつ見てもオートバイばかり乗り回して道路交通法違反ばかりしている人が弁護士?」と言って嘲笑した。

でも淳は志穂梨の笑う態度を見て、

「もういいよ。信じなくても……。当の俺だって驚いている次第なんだ。いや、本当。これで少しはマジメに考える気になった?」と聞いた。

志穂梨はそう言う彼の言葉を聞いて、

『ムカッ』としたのか、頬を目掛けて『バシーン』と叩いた。

そして、

「No!どうしてあたしがあなたとなんかと付き合わなきゃならないの?」と言って逃げるように学校の前の大通を渡ろうとしていた時、一台のオートバイが道路際に供えてある花瓶に接触して割れ、その散らばった破片の一部が弾き飛び志穂梨の大きな目をめがけて飛んで来て突き刺さった。思わず淳は志穂梨の倒れるのを見て抱き止めたが、

『あっ』と、言う間の出来事だったなので当の志穂梨も何がなんだか解らなくなっていた。

激痛が素早く走り痛くて思わず突き刺さった何かを抜こうとして手を刺さった何かに触ったが、淳がその手を慌てて押さえて、

「抜かないほうがいい!誰か救急車を頼みます!」と大声で叫んだ。

予想もしていない事態に下校途中の生徒達やクラブ活動でランニングをしていた者も皆振り返って回りに集まってきたが、その中の誰かが携帯電話で救急車を手配してくれていたので助かった。

でも志穂梨の顔と制服のカッターの襟首あたりは血で真っ赤に染まり段々気を失って行く彼女を抱きしめた淳。

その姿を目の辺りで目撃した裕介と、そこを偶然通り掛って事故の一部始終、直樹の取った行動を見ていた下校途中の生徒や先生……。

やがて救急車のサイレンの音が聞こえたが事故から十分ぐらいで到着したが直ぐに近寄れなかったのは事実だ。

というのは志穂梨と直樹の周りには人垣が出来、車の通行量も激しい場所だったので救命隊員が来ても直ぐに近寄れなかった。

やっとの事で近づくと早速、処理の手当てをしながら救急車に直樹も乗り込んだ時、丁度

志穂梨の担任の女性教師も乗り込んだ。そして救急隊員達に直樹の方から、

「М総合病院頼みます」と自分の父や兄が勤務する病院を支持していたが、救急隊員も学校から一番近い救急病院はそこだったので直ちに連絡をした。

でも志穂梨はじっとしていられないほど鋭い激痛が走りとうとう気を失った……。


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