「おめでとう」
「おめでとう!」
「おめでとうございます」
「おめでとうー!!」
晴れやかな青空に映える白い鐘楼のチャペル。今まさに誓いを交わし夫婦となった二人が、次々投げかけられるライスシャワーとお祝いの言葉を浴びながら正面の大階段を下りてくる。
なんて絵になる光景なんだろう。階段のいちばん下で両親と並んで見守りながら、僕は絶望的な気分になる。
仕方がない。僕は花婿の弟。僕が好きになった時には花嫁は、既に兄の婚約者だったのだから。
「おめでとう」
ぼそぼそとつぶやいて僕は手のひらのピンク色の花びらをそっと二人に振りかける。花嫁の白いウェディングドレスの裾を花びらが滑り落ちていくのを僕はうつむいたまま見つめる。
わっと参列者が歓声を上げた。僕の背後の泉から噴水が飛び出したからだ。僕も振り返って青空高く吹き上がる飛沫を見上げた。
数十秒でそのパフォーマンスを終え、噴水は元の穏やかな放物線に戻る。
拍手が起こる中で新郎新婦に目を戻した僕は、まともに花嫁の姿を瞳に映してしまう。首元までレースの上品なウェディングドレスに身を包んだ兄嫁は、間違いなく美しく、間違いなく今日の主役だった。
「おめでとう」
きらきらした笑顔に引き込まれるように僕は思わずもう一度言う。
「ありがとう」
頬を更にほころばせて、義姉さんはもっともっと笑顔になった。
低く読経が流れる白い空間。葬儀場のホールって真っ白なんだな。床を眺めて僕はぼんやり思う。
母と父の向こうの席で、義姉さんは泣いている。誰よりも上座で、誰よりもこの場にいる人々の同情を集めて、泣いている。
永遠を誓ったパートナーの笑顔が、今日は黒い額縁の中だとしても、主役が兄嫁なことは変わらない。楚々とした美しさは何も変わらない。
参列者たちは拍手ではなく低い囁きで彼女の配偶者である兄を労う。昨夜の通夜振る舞いの席上では、親族縁者たちは兄がいかに幼少の頃から優秀だったかを語り合い、友人や職場の人たちは兄がいかに将来を有望視されていたかを語り合った。
年齢だけではなく能力も器量も兄より数段劣る僕は、自分が死んだときの光景を想像してみながら考える。
少なくとも僕には、僕の代わりに主役を演じてくれる花嫁はいない。僕という生涯に色を添える存在はいない。だからと言って僕が主役を張れるわけではない。僕はあくまで添え物だから。
告別式の静寂の中でも、読経の声より更に声を低くして囁き合っている人たちがいる。子どもに恵まれず、気の毒よねえ。御両親も孫の顔が見れないままでさぞ残念でしょうに。不妊治療をしてたとかって。へえ、どっちが原因やら。まあ、子どもがいなくて良かったとも言えるかも。あのお嫁さん、どうするのかしらね。若いんだし、いいんじゃない。
幸や不幸は他人が論じることじゃない。兄がどんなに他人に誉めそやされそうとも、義姉さんしか知らない兄の姿があっただろうし、兄にしか見せない義姉さんの姿があったはずだ。それは僕にも分からない。
ただひとつ、今この時に、僕だけが義姉さんにかけられる言葉がある。
義姉さんが、涙ながらにお別れの言葉を兄に投げかけ頬に触れる。
後に続いて親族と参列者たちが棺の中に花を入れていく。
そのごたつく空気の中に紛れ、僕は小さな声で義姉に向かってぼそぼそとつぶやく。
「おめでとう」
「ありがとう……」
義姉はつつましく白いハンカチで目元を押さえながら、その陰でそっと微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます