6.吊り橋効果って知ってるか?

「ちょっと、一旦、腕を緩めろ……!」

「いや、でも……!」

「魔術使ってるんだからこんな必死に隠れる必要ないんだって!」

「わ、分かった……!」


ようやくレイルの抱きしめから解放された。

ずっとあのままだったらどうにかなってしまいそうだった。


「中々どっか行ってくれないな、あいつ……」


レイルがぽつりと呟く。

あいつとは無論ドラゴンだ。

私がドジを踏んだせいで見つかって、レイルに抱えられてこの岩陰の洞に逃げ込んだのだった。

突然視界から消え失せた私たちを探そうと、竜が首を回している。


「まずいな……ずっとここにいるワケにもいかないし」

「…………」


私は無言で唇を強く噛む。

自分が情けなかった。

あんなドジを踏んでしまうなんて、恥ずかしくて仕方がなかった。

挙句の果てにレイルに迷惑をかけて……。


「ごめん……」

「え?」

「……さっきの、……ドジで、迷惑かけた……」

「何言ってんだよ、あれくらい。いつものことだろ?」

「いつもあんなことにはなってないが!? 珍しい方なんだが!?」

「そうだっけ? まぁ。いいじゃんか。ジェーンの魔術のおかげで、こうやって隠れることができてるんだしさ」


レイルがそう言って、いつものように笑った。

それを見て、私の胸がぎゅっと締め付けられる。


どうしてレイルは、いつも怒ってばかりの私に、笑いかけてくれるのだろう。


レイルは優しいから。

私がパーティを組んでいる仲間だから。

そんな当たり前の言葉で終わらせてほしくないと、そう思うのは。

我儘なのかな……?


「そういやジェーン、さっき転んだところ怪我してないか?」

「……何ともないよ。身体強化掛けてたから」

「そうか? 思い切り顔からいってたからな……」


そう言って、レイルの大きな手が私の顔に触れた。

薄暗闇の中で、顔と顔が急接近する。


えっ。

ちかっ、近いんだけど……!?

いや、ちょ、待っ!

こっ、心の準備がっ、


「……!!」

「ん。大丈夫みたいだな」


私の顔に傷がないことを確認して離れていった。


……。

……いや、分かってたけど。

そういう流れじゃないのは知ってたけど。


急に来るから。

急に来たら、勘違いしちゃうだろ……!


「ジェーン? 大丈夫か?」


俯いてしまった私に心配そうに声を掛けてくるレイル。


大丈夫か、じゃねぇ。

乙女の純情を弄びやがって……!

けど、心配からしてくれた行動だと分かるから、何も言えない……。


「大丈夫……」

「本当か……? 辛くなったら言うんだぞ?」


子ども扱いすんな、と言いたい。

自分のことくらい自分で何とか出来るって言い返したい。

けど、今の私の有様ではとてもそんなことは言えない。


悔しい。

今と同じことを思って城を出たはずなのに、一年経っても私は何も成長していない。

周りに迷惑かけてばかりだ。

成人し15をこえてるなんて言っても、中身はまだ子どものまま。

自分が惨めで嫌になる。


「ジェーン……? 泣いてるのか?」

「……」


自分で感情が制御できない。

本当に、子どもみたいで、嫌だ。

大人になれない自分が、嫌い。


「やっぱりどこか痛むのか……!?」

「ちがう……」

「もしかして、外のあいつが怖いか? なら、俺が囮になって──」

「違う!」


そんなこと望んでない!

私が、私が嫌なのは、自分自身だ!

自分の問題だ!

レイルに何かをしてもらおうなんて私は考えてない!


けど、感情が暴走した今はそんな言葉すらも出てきやしない。


「泣かないでくれよジェーン……。俺、お前が泣いてるところ見たくないんだよ……」

「っ……」


レイルが困り切った顔で私を見つめていた。

本当に私は。

人を困らせてばかりで、嫌になる。

もうこんな役立たずなんて放っておいてくれ。


「俺、ジェーンの笑ってるところが好きなんだ」


……。

……え?


「ジェーンは顔が見えないからさ。俺、いつも心の中で、ジェーンの素顔がどんなので、笑った時どんな顔するんだろうなってずっと考えててさ」

「ぁ……、ぇ……!?」


レイルは続ける。


「それで昨日、やっと素顔が見れて、ジェーンの笑顔を見た時さ。あぁ、これだ! って思って。想像してたのよりずっとずっと、ジェーンの笑顔がすっごくて、俺、もっと大好きになっちゃったんだ」

「ちょ、ちょっと待って、まってぇ……!」

「けど、それよりも、ジェーンの泣いたところを見た時すっごく苦しくなった。とても悲しくなって、どうしようもなく焦って、ジェーンのことを助けたいって思った」

「まっ、待って! お願いだから止まってぇ……!!」


レイルの言葉を必死に遮ろうとするけど、レイルは止まらない。

止まってくれない……!


「俺はジェーンの笑ってるところが好きだ。昨日、初めて笑顔を見た瞬間からそれよりもずっと大好きになった! だから──」

「やめろぉーーー!!!」


これ以上言わせてたまるか……!!

恥ずかしくて死ぬ……! 死ねる……!

本当にこいつは……! いきなり何を言い出してるんだ……!?

そ、そういう意味で好きって言ったんじゃないのは分かるけど、……あれ? 私の笑顔が好きってことは、それってつまり私のことが好きということになるのでは?

だって、そうじゃないと私の笑顔なんか想像したりしないはずだし……。

そう、だよ……な?

あれ? 違う?

……分からない。頭が回ってない。


「ご、ごめん、気悪くしたか……? でも俺本当にジェーンの笑顔が」

「分かったから! 言わなくていい!」

「わ、分かった」


強引に割り込んでレイルの話を止める。

涙もとっくに引っ込んでどっかいった。


あぁぁ、もう、もう、なんなんだ……!

こんな、こんなの……! 嬉しいけど、なんか悔しい!

何だ急に! そんな素振りなんて全然見せなかったくせに!

大体、そんなの、私の方がずっとずっと……!


「……きだ」

「え? 何か言ったかジェーン?」


すぅっ、と息を吸って……、


「私のほうが、レイルの笑顔が好きだっ!!」

「」


言ってやった!

まるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔でレイルが私を見つめていた。


「太陽みたいな満面の笑顔が好きだ! ぼんやりしてるときにふと浮かべる緩んだ笑顔が好きだ! 困ったように笑う顔も好きだ!」

「えっ、お、おい……!」

「戦闘中の獰猛な笑顔もドキッとして好き! それで倒した後嬉しそうな顔をしながらこっちに振り向いてくるのが好きだ! たまに褒めるとすごく照れたような笑顔をするのなんて、可愛くてもっと見たいと思う! それで、それで……っ!」

「待ってくれジェーン! 声が大き」

「わっ、私に笑いかけてくれるレイルの顔がっ、大好きだぁっ!!!」


全部、全部、言い切ってやった。

ざまぁみろ! にぶちんの分際で私を驚かせるからだ!

ふん! どうだ見たか! 私の方がずっとずっとお前の笑顔が大好きで──……。


あれ……? なんかとんでもないこと言ってないか私……?


「……」

「……」


お互い無言。


ふと、レイルの顔を伺うと、呆けたような顔で私を見ていた。


──見たことないくらい、真っ赤になって。

あぁ、私の顔も同じくらい赤くなってるんだろうな、なんて他人事みたいに思った。


どくんどくんとうるさい心臓の音が二つ。

レイルの胸板に当てた右手から感じる鼓動が、びっくりするくらいに速まっている。


こいつも興奮とかするんだ。

なんか、全然伝わってないとか、そういうオチ、想像してたんだけど。


なんか、なんか言わないと。

なにを?

それともなにも言わない方がいいのか?

分からない。

こういう時は男に任せておけばいいって婆やが言ってたけど、無理だよ。

レイル固まっちゃってるよ。


私から言わないと。

そう、そうだ。

さっきのは笑顔が好きって伝えただけで、別に告白をしたわけじゃない。

だから、ちゃんと言う。

好きなのは笑顔だけじゃないって。

いける。この流れなら自然に言える。

口を開け。

──今しかない!


「レ、レイル! 私は、お前のことが──」

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