5.触れて未来を

どうしてこんなことになってしまったのか。


「あんまり動くなよジェーン……。騒いだらヤツに見つかっちまう」

「わかってるよ……!」


レイルの息遣いをすぐそばで感じる。

岩壁に出来ていた狭い洞の中に、二人分の身体をどうにか押し込んで隠れているからだ。

当然、身体は密着している。


ドクンドクンとさっきから心音がやけにうるさく聞こえる。

心臓が破裂しそうなほど高鳴っているせいか。

その原因は決して、外で動き回っているヤツへの恐怖から来るものではない。


今のところ、見つかる心配はない。

指輪の魔術で全ての痕跡を隠しきっているから、音を出しても聞こえないし、匂いも消えて、見てもただの影にしか見えない。


ただ、それ以外の問題が一つ。

指輪の魔術をこの洞の隠蔽に回しきってるから、私が素顔のままレイルと密着してしまっているということで。


「お、おいジェーン、あまり動き回るなって!」

「し、仕方ないだろこんなの……!」


レイルの腕が背中にガッチリと回されて、まったく身動きが取れない。

端的にいうと、抱きしめられていた。

男に抱きしめられるなんて、初めての経験だった。


(こんなっ……こんなの! どうしたら……!)


レイルの高い体温を再び感じる。

お姫様抱っこさっきのでさえどうにかなってしまいそうだったのに、もうこんなのどうしていいか分からない。

レイルの体温を触れ合っている肌で直に感じると、抱きしめられているんだという実感が何倍にも膨れ上がる。

頭がぼうっとしてくる。

どうしよう。どうしたらいい?

教えてくれ少女文芸の物語たち……!


ちらりとレイルの様子を伺うと、真剣な横顔が見えた。

その視線は真っ直ぐに洞の入り口を見据えていて、私の方など見向きもしていなかった。

自分の顔色が見えていないことに少しだけ安堵する。

きっととんでもないくらい赤く染まっているに違いないだろうから。

でも。

少しだけ、もやっとする疑問。


こんな状況になってしまったのは、自分が100%悪い。

悪いのだけど──……、


(オマエ、私をちゃんと女として認識してくれてるよな……!?)


そんな疑問が頭から離れなかった。


***


「安い竜車は揺れるから嫌いだ……」

「御者が荒っぽかったな、さっきの竜車」


片道2時間ほどの道のりを竜車で走り倒し、目的のクロライトの迷宮前にやってきた。

……やってきたけど、ずっと揺られっぱなしだったので辛い。

かなり気持ち悪い。

せっかく温存した体力が台無しすぎる。


「一旦休んでいくか?」

「や、いい……。このままいく……」

「本当に大丈夫かよ……。無理なんかしなくてもいいんだぞ?」

「大丈夫だってば……。別に魔術が使えないほど辛いわけじゃない」


気持ち悪いのは気持ち悪いが、支障が出るほどじゃない。

それにここまで来た以上、引き返す方が嫌だ。


「それよりオマエこそ平気なのか? さっきのボーッとしてたの、なんか変だったぞ」

「俺は全然大丈夫だってば。ちょっと考え事してただけだよ」

「……ふぅん」


レイルが戦闘以外でぼんやりしてるのはいつものことだけど、さっきのは明確に様子がおかしかった気がする。

帝国の話を聞いた瞬間に固まってしまったように見えたし。


……レイルの生まれなんて聞いたこともない。

レイルに正体を隠している私が聞けるようなはずもない。


……帝国の生まれ、とか。

別にありえない話じゃない。

王国リュグネシアに逃げてきた帝国の難民もいることはいる。


こいつがもしも帝国の民そうだったとしても、私には何の問題も無い。

生まれがどうであれ、レイルと私が冒険者であるのなら、仲間であることに変わりはない。


でも。

もしも、冒険者でなくなってしまったら。

こいつと、私は──……。


「ジェーン、ほら。これ舐めとけ」

「……これ」


私の2倍はありそうなレイルの大きな手から、やけにファンシーな包み紙の飴玉を受け取った。


「好きだろ、牛酪糖バタースコッチのやつ」

「……好きだけどぉ……」


飴玉貰うって子供みたいだろぉ……。


なんだか悔しくて、唇を突き出すようにしながら包み紙を開いて口に放り込んだ。

濃厚な甘みが広がる。

美味い。


……私の好きな味を覚えてて、わざわざ買ったのかよ。

こいつ、甘いものなんて食わないくせに。

くそぅ、本当こいつ……。


「ジェーンそろそろ入り口だ。準備いいか?」

「……うん」

「なるべく後ろは通さないようにするから、後ろにだけ気を配っててくれ」

「分かった」


……もしもの時の考えなんか、やめだやめ。

もしもの時が来たら考えればいいんだ。

今は目の前のことに集中。

そんで、爆速で依頼を終わらせて、依頼の報酬で可愛い服を買う!

よし、行くぞ!!


***


「なんだ、あれ……」


クロライト迷宮地下、鉱脈前。

そこに、居てはならないものがいた。


巨大な、なにか。

長い胴体。土色の鱗を備えた身体。鋭い爪を備えた腕。大きく開いた口からは無数の牙が見える。

そして、爛々と輝く紅い瞳。


「……竜だな……本物の方の」


ドラゴン

竜車を引いていた蜥蜴竜リザードや、飛竜ワイバーンなどの正当な生物メジャーモンスターとしての雑竜レッサーではない。

かみの残滓から自然発生する、正体不明のアンノウン生物モンスター

この龍世界ドランコーニアに生きる、全ての生命の頂点に立つ絶対的強者。


それが、なんで、こんなところにいる……?


「鉱脈を食べてる……。地竜の系統だな」

「……鉱夫の姿がない。逃げたか、あるいは……」


食われたか。

どちらにせよ、ここに生きた人の気配はない。

冒険者ならば、危険に冒された人を放ってはおけないが……。


「……一旦引くぞ。依頼のモンスター退治はもう終わってる。この事をギルドに報告した方がいい」

「……あぁ、分かってる」


レイルは正義感が強い。

逃げ遅れた鉱夫なんか目にしたら真っ先に助けに行くだろうが……流石に相手が悪すぎる。

竜なんて普通は倒せるものじゃない。

竜退治それ用に編成した軍か、人の域を脱した竜殺しドラゴンスレイヤーでなければ太刀打ちできない。


「行くぞ、静かにな」

「おう」


本当に、なんでこんなところに竜がいるのだろう。

偶然的に自然発生した?

もしくは、どこかから入ってきた?

竜なんてそんなに数がいるわけでもない。

名のある竜ネームドたちにはそれぞれに観測隊がついていて、その動きは常に把握されているはずだ。

あれが名のある竜ネームドだとしたら、その動きがギルドに連携されていないはずがない。


「ジェーン、そこでっぱりあるから気を付けろよ」

「──え?」


考え事をして、一瞬反応が遅れていた。

上げた足が何かに引っ掛かって。


「あ」

「あ」


景色が妙にゆっくりと流れていく。

軌道修正は効きそうになかった。


「ああぁ」


地面がゆっくりとゆっくりと迫ってきて──、

駄目だこれ。


「──ぁいたっ!」


いや、痛くはない。

迷宮に入る前に身体強化掛けてるから、転んだくらいじゃ痛痒ダメージにならない。

ならないけど、声を反射的に出してしまった……!


そして──、

転んだ拍子に杖が手から離れた。


「あっ」


おい嘘だろ!

私はそこまでドジなのか!?


杖が岩壁に当たって硬質な音を立てて跳ね返り。

立ち上がった私の顔面に──。


「いたいっ!」


「ジェーーーン!!」

「違うぅ! 今のなし! なしだから! ちょ、こっち見んなぁ! あんなのただの偶然なんだからなっ!?」

「そんなこと言ってる場合じゃねぇよ!? は、早く逃げ」


『GUORURURURU!!!!』


「「うわああああああぁぁぁぁぁ!!!」」


………

……


本当に、どうしてこうなった……!

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