第50話 フリートとお出掛け

「あら?」


朝目が覚めると、またしても温かいものに抱きつかれていた。


この感じは見なくても分かるわね。


フリートね。


そう当たりをつけて布団を少しめくると、やっぱり我が弟のフリートがすやすやと私に抱きついて寝ていた。


最近はお母様の所に行ってることも多かったけど、珍しいというほど珍しくもないこと。


ちなみにリナリアだった目覚めた瞬間秒で分かるのよね。


こればかりは恋する乙女の直感というか、リナリアは私を抱きしめてめちゃくちゃ柔らかい感触で包んでくれるので分かりやすすぎるのよね。


まあ、それはともかく。


「さんたさん……ちょこくろわっさん……むにゃ……」


クリスマスの事を思い出してるのかしら?


クリスマスイブにリナリアと熱い夜を過ごしてから、翌日にプレゼントを貰って大はしゃぎなフリートに起こされたのよね。


ちなみにフリートのプレゼントはチョコクロワッサンのセットでした。


それだけだと寂しいので他にもフリートの好きなものを置いておいた(お父様と私が頑張りました)のだけど、フリートが一番喜んだのはチョコクロワッサンの詰め合わせだったのよね。


我が弟ながら小市民的というかなんというか。


「時間は……もう少しあるのね」


少し早く目が覚めたようなので、もう一休み。


リナリアが起こしに来るまでは布団で寝てましょう。


二度寝をするのは良くないと聞くけど、リナリアに起こしてもらう喜びを知れば二度寝なんてしてナンボとなるのよね。


ふふ、今日はどんな感じで起こしてくれるかしら。


楽しみね。


そう思いながら抱きついてくる弟の頭を軽く撫でて、もう一休み。


天使に起こされるまではゆったり二度寝に限るわね。





「カトレア様。朝ですよ」


いい感じの微睡みの中、どんな声よりも美しい旋律でリナリアの声が聞こえてくる。


「もうちょっとだけ……」


二度寝の反動で寝ぼけてるフリ……ではなく、ガチで寝惚けてる部分もありつつ、リナリアに起こしてもらうためにわざと少し抵抗してみせる。


ここから今日はどんな感じに起こしてくれるのかワクワクしていると、チュっと頬に柔らかい感触が広がる。


思わず目を開くと、リナリアがゆっくりと私から離れて頬を赤くしていた。


それだけで何をされたのか即座に理解する。


「こ、こうすればカトレア様は喜ぶとお母さんが言ってて……」


おはようのチューってこと?


何それ超いいじゃない!


「お、お目覚めでしょうか?」


ばっちり覚醒したけど、私はアンコールを所望したい!


「もう一度……してくれたら、起きるかも」

「も、もう一度……わ、分かりました……」


ドキドキと待っていると、今度は額にチュっと口付けされる。


まさか場所を変えて焦らしてくるなんて……リナリアたん恐るべし!


ゆっくりと体を起こして、私はリナリアに微笑む。


「おはよう、リナリア。良い朝ね」

「お、おはようございます……はぅ……」


むちゃくちゃ恥ずかしがってるリナリアたそ。


幾度となくしてても、こうして自分から迫るのは素面だと恥ずかしのでしょう。


クリスマスイブはあんなに大胆だったのに……おっと、いけないいけない。思い出すと私もかなりだったわね。


まあ、それはいいとして。


「フリートはもう起きたのかしら?」

「さ、先程入れ違いで出ていかれましたよ」

「そう」


ということは、今朝はチョコクロワッサンかしら?


いえ、変化球でチョココロネもありそうね。


なんだかんだチョコ系のパンが好きなのよね、フリートは。


ココアとかもそのうち嗜みそうね。


「虫歯にならないといいけど」

「虫歯?」

「あら、声に出てたわね。ごめんなさい」


そういえば、転生レオンが歯科医も育ててるとか前に言ってたような気がするわね。


私も気をつけてはいるけど、歯は大切にしたいものね。


口周りは特にリナリアとのキスとかあるし。


「今日はフリート様とお出かけするのですよね?」

「ええ。リナリアも一緒に来てね」

「勿論です。私はカトレア様の侍女ですから」

「ふふ、そうね。でもそれだけじゃないでしょ?」

「はぅ……こ、婚約者でもあります……」

「そうね。最愛の恋人でもあるのよね」


そう言うとリナリアは照れてまた赤くなってしまう。


もう、朝からリナリアさんってば可愛すぎ!


「ねえさま!けさは、ちょこくろわっさんですよ!」


そうしてリナリアをイチャイチャしていると、しびれを切らしたのかフリートが迎えにやってきた。


早く食べたいのね。まあ、私もリナリアを朝から十分(一応は)堪能できたのでひとまずよしとしましょう。


朝からチューまでされたし、今日はきっと良い日になるわね!






「ねえさま、ねえさま。あれなんですか?」

「あれはドーナッツね。チョコをかけても美味しいわよ」

「たべたいです!」

「そうね。お屋敷でも出せるようにしてみましょうか」

「えへへ、ありがとうございます、ねえさま」


朝ご飯を終えて、午前中の前半に少し用を終わらせてからお昼前にフリートとお出かけとなった。


前からフリートが王都を回ってみたいと言ってたので、その付き添いのようなものだ。


とはいえ、移動はほぼ馬車だけど。


流石にフリートの足で王都を回るのは大変だし、馬車から外を眺めるのも楽しいのよね。


「ねえさま、あれはなんですか?」

「あれは飴細工ね。色々な形の飴を作ってるのよ」


外の珍しい物に興味津々な様子のフリートに質問攻めにされるけど、可愛いものよね。


でも、私も答えられないものが出てきた時が少し困るかもしれないわね。


何せ王都は少し歩かないうちに色々と前世で見知ったものが増えたり減ったりしてるから。


間違いなくあの腹黒ブラコンの影響なんでしょうけど、絶対に前に交換で渡してきたレシピ以外に隠してるものがまだある気がするのよね。


あの転生レオンが全ての手の内を明かすなんて考えにくいし。


「フリートは今のまま育つのよ」

「……?わかりました!」


うんうん、良い子ね。


決してあの腹黒ブラコンに影響されないようにね。


「あ、あのばしゃ、うちとちがう!」

「あれが普通のタイプね。うちのは特注なのよ」


一般的な貴族用の馬車がすれ違っていくけど、私が色々魔改造したこの馬車はその原型がほとんどないのよね。


揺れを完全に軽減するのは元より、クッションもシーツも全て拘りぬいたものを選んでるし、空調なんかも魔道具のお陰で一年中変わらず快適。


さらに防犯面も意識が高く、クラーケンの砲弾くらいなら数発は余裕で耐えられるレベル。


扉も条件付きで開くようにしてるし、万が一幼い子(うちの兄弟)が閉じ込められた時も出れるように色々細工もしてある。


軽量化のお陰で馬の速度も従来の馬車より速いし、ないとは思うけど遠出して宿がなかったりしても問題ないように泊まれるように変形ギミックも組み込んであったりする。


色々とやりすぎた感は正直あるけど、我が家は古株の公爵家なのでこのくらいしても反感を買われないのは有難いわね。


まあ、そんな奴が居ても関係ないのだけど。


「まほうでないの?」

「普通の馬車は出ないそうよ」

「ざんねん」


そういえば、フリートは防犯で付けた魔道具の魔法を見て凄く喜んでたわね。


防犯用の魔道具でも攻撃魔法とか出るのはそこそこ高いし作るのも面倒なので大貴族でも所有してない所が多いのだけれど、我が家は私が色々作っちゃうからあるのよねぇ。


「あ!ねえさまのなまえとえだ!」

「それは忘れなさい」


お土産コーナーというか、王都に行くと度々目にする転生レオンプロデュースの『白銀の氷姫』印の商品たちだけど、私一切関与してないのに名乗ってるのは滑稽よね。


「えー、ねえさまかっこいいのにー」

「そうですね。素敵です」


リナリアまでフリートの言葉に頷いてるけど、ダメなものはダメなの。


ただ、リナリアがこっそり王都でお土産に私印の商品を買うのは黙認してる。


健気で可愛いし、そういうのは大好物だから。





お昼を食べてからも王都観光は続く。


ただ、流石にそろそろフリートが疲れてる頃かなぁと思っていると案の定テンションが上がりっぱなしだったフリートが少しうっつらうっつらしはじめた。


「フリート、眠いなら少し寝なさい」

「だいじょうぶ……」


そう言いつつも、何度も船を漕いでからこくりと私方に横になっていくフリート。


うんうん、頑張ったわね。


「変わりますか?」

「大丈夫よ。ありがとう」


フリート付きの侍女さんも同席してるんだけど、かなり空気の読める人で可能な限り口を出してこないのよね。


優秀だし、今後もフリートのことをお願いしたいわね。


それはそれとして、弟に膝を貸すくらいはお姉ちゃんとして当然なので大丈夫よ。


「朝からはしゃいでたから疲れたのね」

「はい。それと、カトレア様とお出かけできるのをとても楽しみしてましたから」

「あら、そうなのね」

「それはもう、珍しくフリート様がこたつで寝る時間が少なくなるくらいには」


それは本当に楽しみにしててくれたのかしら?


いえ、フリート基準だとそうなのでしょうね。


「最近のフリートはどんな感じかしら?」


ついでだし、興味もあるのでフリート付きの侍女さん視点の話をこそっと聞いてみる。


「そうですね……新しいご兄弟様にとても興味津々なご様子です。甘えるのを我慢できない時もありますが、フリート様は利発的なので溜め込むことなく空いてる時間に甘えてる感じです」


そう聞くと甘え上手のプロみたいね。


「それとフリート様のお世話をしてる者全員の意見になりますが……」

「それは興味深いわね」

「フリート様は大物になると矮小なこの身ながら確信しております」

「当然ね。私の弟だもの」


そう答えるとリナリアがくすりと微笑ましそうな笑みを浮かべる。


後方腕組み彼女面……いいわね!


「それで?そうなるようなエピソードでもあるのかしら?」

「はい」


聞くと、なんでもフリートは人の才を見抜いてるのではないかというエピソードがいくつかあるらしい。


全く知らないエピソードだなぁと思って聞くと、まずはフリートが抜け出して訓練場に行った時のこと。


「危ないとお止めしたのですが、いつの間にかそちらに居まして。怒られている新米の見習いを見て仰ったんです」


『そのひと、ゆみがむいてる』と。


「私共も最初は半信半疑だったのですが、カトレア様の例があったので試しにその者に弓を持たせてみたのです。そうしたら百発百中。距離を伸ばしても的がどれだけ鋭角な場所だろうとなんなく当ててみせたのです。その者曰く、弓なんて触ったこともないとのことだったのですが……」


なにその天才発見エピソード。


うちの弟ちゃん凄すぎじゃないかしら。


「他にもあるの?」

「かなりの数あります」


見込みのない者、伸び悩んでる者、更には更に先を目指せる者にさえフリートは色々と吹き込んでるそうな。


「それと、これはご当主様の付き添いなどでのことなのですが……」


お父様はあまり顔見せに連れ回したくはないけど、フリートの様子と必要な時を考えて、次のアンスリウム公爵になるフリートの顔繋ぎなんかもしてるらしい。


そう頻繁ではないけど、その時も気がつくと他の令息なんかを手下にしてるとのこと。


……手下?


「えっと、手下って手下よね?」

「もしくは派閥と申しますか。仲良くなる以上に敬われてる様子ですね」


なにそれ、カリスマの申し子かしら?


「そういえば、お父様が前にフリートの婚約を是非にと直接迫ってきた令嬢が居たとか言ってたような気がするわね」

「……えっと、その通りでして。異性にも魅力的に映るのでしょう」


その割には私の前では可愛い弟ちゃんだし、天然でそれなら次のアンスリウム公爵として申し分無さすぎるわね。


「カトレア様やご家族は特別なのでしょう。それに少なからずカトレア様の影響もあるかと」

「私の?」

「あ、それは確かにあるかもしれませんね」

「そうなの?」

「そうなんです」


リナリアが言い切るならそうなのでしょうね。


私としてイマイチ実感はないけど。


ちなみに、ここまでの話を聞いてもフリート転生者説は一切ないと私は確信してる。


私の知らないところで色々してても、前世の記憶まではいかないと思うのよね。


特にフリートはその辺分かりやすいし、演技なわけがない。


もし転生者だったら、転生レオンを超える化け物でしょうけど、あれがそもそも違うと断じたのを前に聞いてるのでそれはないのでしょう。


何にしてもよ。


「フリートのこと、これからもよろしくね」

「勿論でございます」


確か来週には婚約者候補のお姫様が来るとの事だし、益々忙しくなりそうだけど、こういうしっかりした人がフリートに付いてるのなら安心できるわ。


ちなみにフリートが目を覚ましたのは家に着いてからだった。


「もうすこし、ねえさまとおでかけしたかったのにー」


そう言ってたので、また今度付き合うと指切りで約束したりもした。


可愛い弟ちゃんでございまする。


そんな私たちを微笑ましそうに見守るリナリアたん。


母性的な感じが足りませんわね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る