理不尽な彼女

藤瀬京祥

理不尽な彼女

 わたしが彼女と知り合ったのは18歳の時。

 入学した専門学校で同じ学科の同じクラスだった。

 学校全体では、おそらく男女比は半々くらい。

 でも学科によって偏りがあるらしく、わたしたちの学科は一学年2クラスで女子生徒は20人くらい。

 一クラス10人くらいしかおらず、授業はもちろん、課題などでも女子で固まる傾向があった。


 だから我慢した


 なにをかといえば、彼女のタカリ体質を、だ。

 先輩だろうとかまわず 「奢って」 が彼女の口癖。

 そんなにお金がないのならバイトでもすればいいのにと思うけど、そもそも彼女は親からお小遣いをもらっていた。

 いくらもらっているかは知らなかったし聞いたこともなかったけれど、彼女はそのお小遣いをほぼ全額煙草代に使っていた。


 当時、わたしも彼女も18歳。

 でも専門学校には20歳以上の学生もかなりいて、喫煙場所さえ守っていれば20歳未満の学生が喫煙していても注意されることはなかった。

 高校生時代から喫煙者であることを自慢げに語る彼女は、それをいいことに、授業に出ず喫煙所で過ごすことも。

 彼女はヘビースモーカーだとも自慢げに話していた。

 いま思えばいい歳した大人が、学生時代の恥ずかしいヤンチャを自慢げに語るみたいな?

 あんな感じだったのかもしれない。


 どうでもいいけど


 とにかく煙草代がかかり、お小遣いはほぼほぼ煙草代に消えていたらしい。

 もちろんみんな、タカられるたびに煙草を止めればいいと言っていたけれど


「あたし、煙草だけは止められないの」


 自慢するようにそんなことを言って、本当に止めるつもりもなければ本数を減らすこともなかった。

 だったらバイトでもすればいい。

 でも自宅から通学する彼女は、自宅最寄り駅のローカル路線は終電が早くてバイトをする時間がない。

 地元で休日だけのバイトを探してみることを勧めれば、休みの日にみんなと遊べなくなるから無理という。


 どんな我が儘よ


 バイトをしている子はみんな、午前中、あるいは午後からの授業がない日などにバイトのシフトを入れたり、もちろん休みの日もバイト。

 わたし自身、学校近くで平日のバイトを探し、地元で休日のバイトを探した。

 そのことを知った彼女は、放課後、共同課題などで学校に残っていた時、減った小腹を満たすために何人かで買い出しに行く時必ず付いてきて 「奢って」 とタカって来た。

 もちろん断ったけれど。


「いいでしょ、あんたはバイトしてお金持ってるんだから」


 なにを言われても彼女に奢るつもりはない。

 正直を言えばわたし自身、それほど余裕はなかった。

 実はわたしは父を早くに亡くしており、母は弟にしか興味が無い。

 だから学費は奨学金で、授業に必要な教材はもちろん通学定期も自分のバイト代で賄ってたから、バイトを二つ掛け持ちしても余裕はなかったのだ。


 もちろんこれはわたしの事情だ。

 でも煙草を止めない、遊べなくなるから休みの日もバイトをしないというのも彼女の事情。

 彼女がそんなかなり身勝手な事情を押し通すのだから、わたしだって自分の事情を通していいはず。

 一度 「じゃあ貸して」 と言われ、「それなら……」 とお金を貸したことがある。

 でも後日返してもらおうとしたら勝手に 「奢り」 に変更されていた。


「あれ奢ってくれたんでしょ?

 そう言ってたじゃない」


 そういう彼女は妙に勝ち誇っていたから、たぶんはじめからそのつもりだったのだと思う。

 以来、お金を貸すことはもちろん、絶対に奢ることもしなかった。

 随分ケチ呼ばわりされたけれど、ケチと言われるのが嫌で奢るという法則はわたしの中になく、卒業までの二年間、他の同期の子たちとは奢り奢られの関係はあったけれど、彼女にだけは奢ることはなかった。


 卒業にあたっては……というか、彼女は卒業出来なかった。

 さっきも言ったけれど、彼女は授業に出ず喫煙所でサボっていることも多かった。

 それで単位が足りず、卒業出来なかったのだ。


 学校側が用意している救済策は、一年留年して足りない単位を取ること。

 もちろん前期で取得出来ても学費は一年分必要になる。

 彼女は、親にそこまで負担は掛けられないといって早々に退学を決めたのに、毎日学校に来て、卒業制作で必死になっているわたしたちの周りで邪魔をするように遊んでいた。

 必要単位を取得出来ても、この卒業制作で提出作品が審査を通らなければ卒業出来ない。

 しかも審査は提出期限が決まっている。

 今年の審査にとおらなければ来年の審査時期まで一年留年しなければならないのだから、わたしたちがどれだけ必死だったかわかると思う。

 その邪魔をするように彼女は遊んでいたのだ。

 わざと話し掛けたり、時間がないというのに買い出しに行こうと誘ったりして。

 それもわたしたちのお腹がすいたのではないかと言うのではなく、自分のお腹がすいたから買い出しに行こうなんて、どこまでも自分本位に。


 さすがに卒業式には出なかったけれど、式のあとの打ち上げには当たり前のように参加していた。

 珍しく自分で参加費を払っていたみたいだけど。


 卒業して彼女とは縁が切れると思っていた。

 なにしろ彼女とわたしは住んでいる都道府県が違っていて、最寄り駅の鉄道会社も違っていた。

 だから会うことはもちろん、連絡を取ることもないと思っていた。

 それなのに忘れた頃になって彼女から連絡が来た。


【卒業からちょうど10年だし、同窓会しない?】


 そんな連絡が来た。

 わたしはこの連絡に返事をしなかった。

 だって卒業から何年経とうと彼女には関係ないはず。

 卒業していないのだから。

 それが率先して同窓会をしようだなんてよく言えたものだ。


 呆れる


 それとも彼女の中では卒業したことになっているのだろうか?

 まぁどうでもいい。

 連絡をするつもりはなかったし。


 でもこれで本当に縁が切れるはず……というわたしの考えは甘かった。

 それから数年後、また彼女から連絡が来たのだ。


【今度花火見に行くんだけど、泊まらせて】


 そんな感じのメッセージが届いたのだ。

 一応彼女が企画した同窓会の連絡に返事をしなかったことは覚えていたらしく


【同窓会の連絡したのに返事がなかったけど、なにかあったの?】


 一応そういうことも書いてあった。

 返信がなかったことを覚えていたのは珍しいと思ったけれど、彼女にとってそのことはどうでもよかったらしく、学生時代と代わらない調子で身勝手な要求をしてくる。


 その日、自宅最寄り駅から電車で30分ほど離れた場所で大きな花火大会があることはわたしも知っていた。

 彼女は友だちに誘われ、二人のこどもを連れてその花火大会を観に来ることにしたらしい。

 でも花火大会を最後まで観ると、例によって自宅最寄り駅の終電に間に合わない。

 一緒に行くという友人をわたしは知らないけれど、そちらに泊めてもらうことは出来ないらしくわたしの家をホテル代わりにしようというのだ。

 しかも会ったこともないこどもを二人も連れて。


 もちろんお断り。

 彼女はただ泊めてくれるだけでいいとか、雑魚寝で十分とか言ってしつこく粘ったけれど、迷惑なものは迷惑。

 人が来るとなれば掃除や片付けをしなければならないし、こどもまで連れてくるとなれば、晩ご飯は食べてくるとしても翌朝ご飯や飲み物は必要だろう。

 夏とはいえ雑魚寝なんてさせられるはずもなく、蒲団の用意も必要になる。

 おまけに人混みに出掛けるのだから汗も掻くだろうし埃も凄い。

 シャワーくらい浴びてもらわなければ部屋を汚されてこちらが迷惑だし、そうなればタオルなんかの用意も必要になるなど、なんだかんだ言って準備しなければならない。


 なにが 「ただ泊めてくれるだけでいい」 なのだろう?

 こちらは全く 「ただ泊めるだけ」 では済まないじゃない。

 しかもこれは本当に偶然なのだが、その日、わたし自身高校時代の友人とご飯を食べに行く約束をしていたのだ。

 その約束を断ってまで彼女にホテル代わりの部屋を提供する義務はない。

 もちろんそのことも言って断ったのだが


「久しぶりにゆっくり話そうよ」


「場所だけ教えてもらったら、あんたが帰ってくるまで家の近くで待ってるから」


 などと言ってしつこく粘られたけれど嫌なものは嫌だし、無理なものは無理。

 こちらから誘ったわけでもなければ、明らかにホテル代を浮かすために利用されるだけ。

 そのために友人との夜ご飯も早々に切り上げるなんて馬鹿らしい。

 むしろその友人とゆっくり話したいくらいだ。

 学生時代、「奢って」 とタカって来た時と変わらず、この時も前日までしつこく粘られたけれどわたしは断固として断った。


 こどもも連れているのだから、終電に間に合うように帰るべきじゃない?

 それを逆に、子どももいるからファミレスで夜明かしするわけにもいかないからなんて、どこまで自分勝手なのだろう?

 いい加減にして欲しい。

 終電がなくなると帰れなくなるけれど、花火は最後まで観たい。

 学生時代と変わらない身勝手さにはただただ呆れるばかり。

 わたしはこれで本当に彼女とは縁が切れると思い、断った。


 でもそう思ったのはわたしだけだった。

 さらに数年後、また連絡があったのである、彼女から。

 しかもこれまでに彼女からされてきた無茶振りの中でも最悪の無茶振りをしてきた。


【卒業証明書、代わりに取ってくれない?】


 なんなのだろう、これは。

 全くもって意味がわからないことを言ってきた。

 面倒だったけれど、すくなからず興味もあった。

 卒業証明書が必要な事態というものに少なからず興味が沸いたから。


 気になる。


 そこで理由を聞いてたのだが、やっぱり呆れた。

 どうやら彼女は本当に卒業したつもりでいたらしい。


 二人のこどもを連れて離婚をした彼女は働かなければならなくなり、ようやくのことで採用が決まった会社から卒業証書の写しか卒業証明書の提出を求められたらしい。


 離婚理由については興味がなかったから聞かなかったけれど、シングルマザーの生活はなかなか大変。

 それはなんとなく、離婚はもちろん結婚すらしていないわたしにも予想出来るけれど、子ども手当とか一人親世帯の支援的なものが、値上がりした煙草代に消えるというぼやきに心底呆れた。

 しかも折角採用してくれた会社だけど、卒業証明書を求められたということは提出した履歴書に卒業と書いたということだろう。

 これは虚偽?

 あるいは詐称?


 学歴詐称


 バレたら採用は取り消しになると思う。

 しかもわたしの卒業証明書なんてどうするのかと思えば、名前だけ自分に変えて適当な紙にコピってくれって……まったくなに言ってるのだろう?

 そんなことをすれば間違いなくわたしまで共犯である。


 冗談じゃない。


 そもそもコピーって、印鑑はどうするつもりだろう?

 さすがにこればかりは、カラーでもコピればすぐにバレる。

 無理に決まっている。

 まさかと思うけど印鑑までわたしに用意させようというのだろうか?

 わたしはこのことを他の同期にも話し、完全に彼女との縁を切ることにした。


 もういいよね?

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理不尽な彼女 藤瀬京祥 @syo-getu

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