第8話 筑前煮と煮物

 わたしは徐々に気持ちが悪くなった。


 りょう君は『念のため家まで送るよ』と言ってくれた。


『お酒が回ってお腹も苦しいし気分も悪い』


「りょうく~ん、気持ち悪い~。もう歩きたくない~」


「そうだな、少しゆっくり歩こうな」


 そう言われて、頑張ろうと思ったけど無理で、その場にしゃがみこんだ。


「もう少しだから歩こう」


「いやだ~! りょうくん、おんぶして~」


『これはほんとにヤバいやつだ。気分も悪いしぐるぐるする』


 亮君が背を向けてしゃがんでくれる。


「わかったよ、ほら」


「う~気持ち悪い~」


 もう、恥ずかしいとかスカートがはだけるとか気にしてられない。


 亮君が家までおぶってくれた。鍵を開けるように言われたから最後の力を振り絞って開ける。


「う~」


 そのまま優しくソファに寝かしてくれた。


「りり、大丈夫か?」


 声は聞こえるけど意識が遠のいていく。


……


 わたしはハッと飛び起きた。外を見るともう明るい。


 身体には大きめのタオルが掛かっている。


『亮君は優しいなあ』


 わたしはそう思って廻りを見るが亮君の姿はない。


 玄関を見たけれど靴もないので帰ったようだ。


 一緒に寝てくれたら起きたときイチャイチャできたのなぁ! とか思ってリビングに戻った。


 その流れでダイニングを見たとき、そんな浮わついた気持ちが全く無くなり、背筋が凍りついた。


 ペットボトルが置いてある。


 わたしがいつも飲んでいる水のペットボトル……


 冷蔵庫に何本も常備しているペットボトル……


 わたしは身体中から冷たい汗を出しながら、キッチンの扉を引く。


『やっぱりだ……』


 その場に腰が抜けたようにへたりこむ。


 一昨日、料理をしたまま片付けてない。コンロ廻りも汚れたまま。鍋も調理器具もお皿も散乱状態だ。


 服を決めたり下着を決めたりするのに時間がかかったから部屋だけ片付けてキッチンは先伸ばしにした。


 もし、亮君が泊まるって言ってくれたら玄関で少しまってもらおう。その間に片付けたらいいや。と安易に考えていた。


 その時、亮君から体調はどうかとメールがきた。


 わたしは泣きながら、大丈夫だけどもう少し休みたいから今日のご飯はやめとくねとだけ返信した。


 なんとか床をはって、泣き続けながらソファにへたりこんだ。


……


『今まで料理ができるって頑張ってきたのに』


『あんな風景見たら幻滅するよね』


『亮君に嫌われたかも』


 そんなことを考えているともう外は暗くなっていた。


『とりあえずキッチン片付けないと』


 わたしは洗い物をしだしたが涙でよく見えない。壊れた蛇口のように目から涙が出続ける。


 なんとか洗い物を済ましたのは深夜の1時だった。


 とりあえず明日も仕事だからと業務的にお風呂に入って寝た。


……


翌日。


 全く仕事にならなかった。


 わたしが連絡する前に亮君から今日のメニューはごった煮だとメールがきた。


『亮君は幻滅してないのかな? あれ見てどう思ったんだろ? やっぱり引いたかな? でも、連絡くれたってことは別れようとかは言われないよね?』


 頭がぐちゃぐちゃになる。


 とりあえず煮物を買って帰る。


 亮君に連絡して一緒に食事をするが全く味がしない。バレるのも嫌だと思って味を想像しながら食べる。


「大丈夫か?」


「うん、平気だよ。酔っぱらってごめんね」


「あぁ、全然いいよ」


 味がしないからいつものようにうまく言えない。こんなの初めてだ。


『だめだ、勇気を出して聞いて見ないと何も始まらない』


「ねぇ、りょう君。なんかわたしに言うことない?」


「いや、特にないよ、襲ってもないからな」


『あれ? そういうのじゃないんだけど。とりあえずもう無理! 泣いちゃいそう』


「そっか、じゃ、そろそろ切るね」


 わたしは作り笑いで取り繕う。


 亮君が携帯を落としたみたいだったけど、わたしはそれどころじゃなく、早く切らないと泣いちゃいそうであせる。


「あ、ごめん。携帯滑らせた」


「うん、大丈夫だよ。また明日ね」


 そう言って電話を切った。


『りょう君の態度が全然変わらないような気がする。もしかして、最初から料理できないのバレてたのかな?』


 色々考えた結果……


『明日正直に言おう!』


 そう決心した。

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