彼氏の食欲のなさに飲み込まれた結果、わたしは人生を狂わされる

宗像 緑(むなかた みどり)

第1話 カレーライス

「今日の夜ご飯は何にするの?」


「あ~、今日はカレーかなぁ~」


「わかったわ。ちゃんとりょう君がカレーを食べる時間までにこっちも用意しとくね」


「あぁ」


 毎日の定時連絡。


……


 わたしは一人暮らしでどこにでもいる会社の事務員だ。


 両親はわたしが幼いときに離婚した。


 最初は小さな喧嘩だった。


 父は営業職で夜も仕事の付き合いで外食して帰ることが多かった。


 母は専業主婦で夜ご飯を毎日作っていたため、ある時『夜ご飯がいらないときは連絡ぐらいほしい』と父に言ってしまう。


 それがきっかけだった。


 その喧嘩は壮絶なものだった。母は父に料理ごと皿を投げつけたし、父もそれに応戦し、わたしは泣いているしかなかった。


『食べ物がもったいない。かわいそう』


 幼いわたしにこの強い気持ちを抱かせるには十分な光景だった。


 その後はママと生活した。ママは働きながらも食事はなるべく作ってくれた。でも金銭的に苦しい時期もありだけで空腹を満たすこともあった。


 それでもママを心配させないため、食事をするときは『美味しい』以外も説明する癖がついた。


『もやしも酢でさっぱりして食べやすいから一杯食べれるね』という感じでママと会話するようになった。


『いつも美味しそうに食べてくれてありがとう。璃里りりの食事中の笑顔が一番の癒しだわ』

ママはいつも笑顔で答えてくれた。


 そんなママもわたしが社会人になった年に『これからは1人で頑張るのよ』と言わんばかりに不治の病で命の灯火を消した。


 ママに頼りっきりで『食べ専』だったわたしは、料理が全くできなかったので、スーパーの値引き惣菜や、お弁当屋さんの閉店間際セール品を狙って生活した。


 もう一つの手段は食事会への参加。

 わたしが職場でランチを美味しそうに食べることから、男性との食事会に誘われるようになった。彼女たちには、わたしが男に目もくれないのでライバルも減って一石二鳥だ。


 わたしはたいていそのご馳走してもらえる食事会で空腹を満たした。


 りょう君とは、その食事会で出会った。


 わたしは食べ物にしか興味がなかったが、亮君は全てに興味がないようだった。


 そんな亮君に自然と興味がわいた。話したら普通に気が合って、三回目のデートで付き合ってみようということになった。


 でも、付き合い出してすぐに亮君が転勤させられため、引き離されて遠距離恋愛になった。


 だから、まだ興味がわいた部分を深く知ることができていない。


 そんなとき、亮君から栄養不足で入院したと連絡が来た。


「りょう君は、なんでちゃんとご飯もたべれないかなあ。私もう仕事辞めてこっちに来ちゃおうか? なら、ちゃんと身体にいい食事も作ってあげれるし、家事だって楽になるでしょ? ねぇ、本当にそっちのほうが良くない?」

わたしは急遽仕事を休み、お見舞いにいった。


『なんでこんなこと言っちゃったんだろ? 何もできないのに。あ、彼女らしさだよね。でも仕事やめて一緒には本当だよ』


「いやいや、いいよ。これからはちゃんと食べるって」


「なんでそんなに食べないの?」


『単純に興味がある』


「いや、なんか一人で食べるって食事っていうよりも、餌を食べてるみたいな感覚になるんだよなぁ。

ただ、黙々と栄養をとるだけみたいな?」


『そんな気持ちなんだ。わたしには想像できないな』


「まあ、わからないことはないけど、ちゃんと食べないとだめだよ」


「あ、じゃあ、こうしない? 私もなるべく同じ食べ物を選ぶようにするよ。それで同じ時間に動画繋ぎながら一緒に食べようよ。なら、一人で食べてる感じはなくなるでしょ? うんっ、名案っ!」


『ママも喜んでくれたから、これなら亮君も喜んでくれるはずだよね』


「まあ、それはそうだけど」


「じゃあ、決まりねっ」


というわけで、最低毎日一食は時間を合わせることになった。


……


 わたしは仕事帰りにスーパーに寄り、値引きされた中で一番美味しそうなカレーを手に取る。カツとアジフライも値引き品だから一緒に買うことにした。


 そろそろ時間だ。


「お~い。りょう君はどんなカレーにしたの~?」


「おれは、スーパーの『ゴロゴロ牛肉と夏野菜のカレー』にしたよ」


『値段が高そうなカレーだ』


「その名前美味しそうだね~。私は『牛肉と野菜を全部形がなくなるまでじっくり煮込んだカレー』にしたよ」


『一番値引きされてたんだよね』


「そっちも美味しそうだな。で、それだけじゃないんだろ?」


「うんっ! そこにハーフトンカツとアジフライをトッピングに選んだよ。ほら見て、カレーの上に両方のせて、トンカツにはソース、アジフライには、タルタルだよ~」


『これも半額だったし、見た目の豪華さは重要だよね?』


 わたしは、普通に食べた分だけ体型に反映されるタイプだ。だから、食後は筋トレとランニングをする。夜遅いときは、早朝早起きしてランニングするのが日課になった。


「じゃあ~、一緒に~」


「「いただきますっ!」」


 二人ともスプーンを手にもつ。

 亮君は先には食べず、いつもわたしの食べているところをまず見る。


「う~ん、いいにおい~。さあ、どこからいこうかなあ? やっぱり最初はノーマルでライスとカレーのところからだよね~」


 わたしはママにしてたように亮君にもそうする。


「そう、ここ、ここ」


『アムッ』


「うんうん、この味。野菜の甘味と肉のコクがしっかりしてて、辛さがそれをまとめてるって感じ。やっぱ美味しい~っ」

 ほっぺたに手を当てる。


「じゃあ、次はトンカツとカレーライスで」


『アムッ』


「やっぱりカツが入ると味に重厚感でるよね~。衣は上がサクサクなのに下はカレーでしっとりしてるから、この食感も素敵っ! トンカツの油も少し辛さをまろやかにしつつ、いい感じ」


「まじで、いつもよくそんな旨そうに食えるよな。まあ、おかげでこっちも腹減ってきたよ」


『ほんとに美味しいっ! 亮君がお腹減ったなら良かった!』


「どう? どう? りょう君のはどんな感じ?」


「どんな感じって、辛くて美味しいよ」


「んもうっ! いっつも美味しいとかだけだよねっ! もっと、りょう君のはどんな感じのカレーか知りたいのに~」


『味を知りたいのにな~』


「ま、まあ、いいじゃないか、その辺は旨いってことで」


「仕方ないわね。あ、次アジフライのとこいっちゃおっかなあ。どうしよ? 少し切ってカレーとライスをまとめて、そうそう、これこれ」


『アムッ』


「タルタルがおもくなくて、むしろカレーをまろやかにしていい感じ~、このアジフライもしっかり身も厚いし、ソースとは真逆でこれもありだね~」


『ほんとに美味しい。人と食べるだけでも食事は数倍良いものになるね』


「りょう君のやつのその野菜のところ、どんな感じなの? それズッキーニだよね? たぶん、バター・塩コショウで炒めてるよ。ちょっと食べてみて」


『ちゃんと栄養考えたのかな?』


「う、うん」


『アムッ』


「うん、そう言われるとバターの味がするような気はするな」


「でしょ? てことは多分カレーにはバター使わず、お肉の良さを際立たせてる感じだよね? 美味しそう~」


「う、まあ、美味しいよ」


「またそれ~?」


「でも、野菜入ってるのはヘルシーだよねっ!」


「お前のは油ギトギトだろ?」


『だよね、運動しないと!』


「そんなことないよっ! ちゃんとサクサクしてたもんっ!」


「お前なあ~っ。そういう問題じゃないだろ?」


「いいのいいの、私はそんな太らない体質なんだしっ!」


『嘘だけどそう言っとけば亮君も安心するよね』


 いつもこんな感じで食事をするのがわたしたち二人の日課になった。


「「ごちそうさまでしたっ!」」

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