第20話 音楽が聴きたくて

 ずっと存在していたのに、自分が知らなかっただけだと気づく時がある。

 晶が雪虫の存在に気づいたのは高一の冬だった。

 

 温かい冬の日、空は雲一つない晴天だった。午后十五時四十五分、高校の横にある大きな河川敷のほとりで、晶は「ごめん」と言った。

 初めて女の子に告白されたのだ。その子は一つ年下で、中学校の時に同じ陸上部にいた後輩だ。

 晶は断るのに苦心するから出来れば告白しないでほしかったと考えていた。片思いをされるのはあまり得意じゃない。

 

 向き合っていると、北風が吹いて、遠くで犬とフリスビーで遊ぶ親子の楽しげな笑い声が微かに聞こえる。

「ごめん」以外の言葉が出てこない。この世から言葉が消えたのかと思うぐらい出てこない。

 相手のなぐさめになるようなことを言いたい気持ちもあるけど、何も浮かんでこない。

 傷つけたくないけど、付き合えない。気持ちはわかるけど、同じじゃない。自分の中の異なる思いが、どちらも同じぐらい強くて辛くなった。

 行き詰まった雰囲気に晶は深呼吸して、遠くの空を眺めた。


 「――応えられないけど、受け止めた。」


 晶は後輩を見てそっと言うと、しばらくそのまま陽が傾くのに身を任せた。

 やっと言葉が出せるようになった様子で後輩は、「はい」と、うつむくように頷いて、目を閉じたまま口で息をした。

 ポタポタと顎から涙が落ちて、後輩のワイシャツが透けるのを、晶は見た。

 緊張や経験のない事態、そういうものに負けまいとした気持ち、高まった感情が全部涙になっているようだった。

 そして、本当に終わってしまうのが辛くて動けずにいるようなのだった。

 晶は相手の悲しみをひしひしと感じたけど、何の手助けもしてはならないと思った。

 そして、何も言わずに背中を見送った。

 色の抜けた芝生を歩く後輩の上半身に、黄金色の西日がかかっていた。

 

 河原の土手を登りとぼとぼ歩いていると、小さな白い綿が袖に付いて、よく見ると虫だった。

「かわいい」、晶はため息をつきながら言った。すると、

「それは雪虫というのだよ」と、突然姿を現して小鬼は言った。

 思いがけず知った者に会えて、晶は嬉しくなった。丁度会いたいと思っていた所だ。

 小鬼の飛ぶ姿を目で追っていると、琥珀みたいな夕陽と川面が輝くのが見える。冬は遠くの景色がはっきり見えて綺麗だなと、晶は目を細めた。


「告白されたけど振ったんだ」と、晶は突然言った。

「あの子の悲しみはじきに晴れるよ。後に好きだった思い出だけが残る」と、小鬼は前を向いたまま答えた。

 気がスッと楽になって、晶は声を上げて笑った。

「好きな感情は抑えられないんだね?」と、素朴な口調で小鬼は聞いた。

「そういう時もあるし、外へ向かっていくようなんだ。」と、晶は考えたように答えた。

「勇気には沢山の力が要るようだ」と、小鬼は言った。

「それはすごい感じた」と、晶も賛同した。


 冬晴れの冷たい空気と、暖かな日差しが混じった、そんな一日が夕陽と共に今日を終える。

 一番星を眺めながら、中学生の時分、後輩から、

「先輩は何であんまり部活に来ないんですか?」と、聞かれたのを晶は思い出していた。

 

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