第7話
晶はボーッとなった。
「そら」と、言われるともう何も返せない。そもそも何のことを話していたのか分からなくなってきている。
それに疲れている。肩が凝ってて痛いし、泣いたせいで頭も痛い。
誰にも見えないなら、ひとまず連れて帰ろうか。空も、もう暗くなってきた。
「――仕方ない、帰りましょうか」
晶がそう言うと、小鬼は先頭に立ってフワフワ飛んだ。
公園を出て右に曲がってそのまま真っ直ぐ進み、家の門扉を越えて入って行った。
何も言わなくても道を知っている。犬と散歩している時のような共有感が晶を不思議な気持ちにさせた。
晶が玄関の扉を少し開くと、小鬼は隙間からスッと中へ入って二階へ飛んで行った。部屋まで知っているのかな。晶は口だけで笑った。
リビングへ行くと、尻尾を振って犬が迎えに出た。予防注射と登録のメダルを首輪に着けているから、歩く度チャリチャリと金具の音がする。その音が今夜は晶を心底ホッとさせた。晶は、犬の頬を両手で包み目元を撫でた。
台所にいる祖母に「ただいま」と言うと、犬を連れて二階へ上がった。自分の後をついて来る犬、いつもの階段、昔付けた壁紙の傷、そんなものの一つ一つが滲みる。
部屋のドアを開けて中を覗くと、小鬼が見当たらない。犬は先に入って、机の下あたりを嗅ぎ回っている。
晶は制服のボタンを外しながら部屋へ入って、ぐるっと見回してみた。いないみたい。
部屋を間違えたのかな、晶は他の部屋も見て回った。姉の部屋はまだ明かりが漏れていないから、ノックもせずに開けた。やっぱり居ない。
晶は自室に戻ってスカートを脱ぐ為に、カーテンを閉めた。すると、カーテンの裾が丸く膨らんでいるのに気づいて、そっとレースのカーテンをめくった。
そこには月夜の光のように透けた小鬼が窓淵で寝ている姿があった。
「わっ!」
晶の声に犬が反応してやって来た。
小鬼は、片目を開けて「少しだけ休ませておくれ」と、眠気眼に呟いた。
犬は晶の見ている所を嗅いで、それから晶を見て首を傾げた。犬の頭を優しく撫でながら、晶は小鬼をジッと見た。
頭から爪先まで輪郭が月空のような色に包まれ、体の中心はほんのりとした橙色の光になっている。そのうち、眠りに落ちたのか、小鬼の小さないびきに合わせて橙色の光がはぜる火の粉のように瞬いた。
晶は橙の光の綺麗なのに、思わず手を伸ばしていた。あともう少しという所で、小鬼の体温に気づいて、そして、そっと手を引っ込めた。
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