第5話

 何より、もう家族に会えないかもしれない、そう考えると悲しくなった。今頃庭で待っている犬も、夕飯を作っているお父さんも、誰も何があったか知らない間に自分は居なくなるのだろうか。

 晶の頬に熱い涙がつたった。目を固くつぶり、涙が溢れるままにして、これまでの人生を思った。

「わしだ、わし」

 夕陽から声がして、晶は知り合いなのかなと前を見た。夕陽に隠れて見えなかっただけかもしれないと気を取り戻し、夕陽や広がる茜色の空を見つめた。

 しかし誰も居ない。目の前にある雑草の群は夕陽を受けて、金色に透けている。晶は、止めてある車の中もくまなく見たが、やはり誰もいない。

「どちら様ですか」

と、か細い声で晶は聞いた。

 すると、蜃気楼のような揺らめきの中、夕陽がポコっとテニスボールのような赤い玉を吐き出した。

「久しぶりだな」

 元気な声がして、真っ赤なものが目の前で転がって着地すると、立ち上がり、姿を現した。

 小鬼だ。柴犬よりも小さい。

 晶は、夕陽から出てきた者のはっきりとした姿を見ると、落ち着きを取り戻した。どこか懐かしいような、知ったような、そんな顔をしている。

 しかし、やはり知らない者のようなのだ。思い出せないし、知り合ったことがある感じもしない。

「積もる話もある、まあ、帰ろう」

小鬼はそう言うと、晶の肩に乗った。

 晶は何も言わず、そして動けなかった。相手の意に沿えない時はなんて言えばいいのか分からなかった。しかし、相手は自分を知っているようなのだ。

「――私とあなた様は会ったことがありましたか?」

と、晶は聞いてみた。

「お前の感情が私を語った。1096日前の夕方、夕陽を見て感動したのを忘れたかな」

 晶はすぐに理解が出来ず、また黙った。

 そして思いつき、聞いた。

「人間が夕陽に感動すると、小鬼さんは生まれるのでしょうか?」

「それだけではないよ、条件がある」

 

 

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