薄氷
源彩璃
不規則な願い
スマートフォンを取り出してSNSのアプリを起動させた。速報ニュースの記事をクリックし、再生した動画には事故現場が映っていて、壊れたバイクとガラスが割れた車が冷たく地面に横たわっている。どうやら車側の運転手が信号を無視してスピードを上げた結果、衝突したらしい。バイクに乗っていた大学生は病院に搬送された時には既に死亡してしまったそうだった。
ニュースの内容を、死亡者の名前や情報を淡々と読み上げる女性アナウンサーの声はどこか他人事のようで、逆にそれが心地よかった。交通事故なんてものはどこにでもある日常の一つで、絶える事がない悲劇。誰もが当事者になる可能性など考えていないのだろうなと、再生を終えた動画にはもう目もくれずに、一箇所に集まって騒いでいる友人達の所へ向かう。
今日は学校の帰りに気晴らしに遊びたいという友人の提案でゲームセンターにいた。男女関係なく制服で集まっているから傍から見れば何処にでもいるちょっとしたうるさい高校生集団に見られることだろう。あまり遅くまでいると補導が入ってしまうからそれまでには出なければならない。
ふとUFOキャッチャーのコーナー前で足を止めた。その中には柄ごとに揃えられた猫のぬいぐるみが主に拾われるのを待つかのように置かれていた。確か、人気アニメのマスコットキャラだったような記憶があるが、詳細はよく知らない。それなのに目が離せなかった。可愛らしいリボンを首に飾った猫のぬいぐるみの愛嬌ある表情がどこかあの幼馴染――
「央早く早く~ゲームしよ」
自分を呼ぶ友人達の声に振り向き、再び足を進めた。「お前服が白いから何処にいても目立つな」という別の友人の声に苦笑する。
流行りの写真や店の情報を気にする同級生よりも、ニュースを見る癖はいつからだったか。世間の流行を把握しておけば話題に困らないからという理由も一応あるが、本来の理由は別にあった。それは決して人に言えないことだけれども。
友人達の騒ぎ声とゲームセンターの様々な音が混ざる中、着慣れた白衣に目を落として誰にも見られない所で小さく溜息をついた。
次の休日、律紀と共に借りていた本を返しに図書館に向かおうとしていた。いつもの女の子らしい可愛げのある服装を見て、やはりゲームセンターで見かけたぬいぐるみと合わせたら似合うと再認識する。きっと絵本の中の女の子を再現したといっても過言ではないだろう。あの律紀の母親の笑顔が目に浮かぶようだ。
「……ああ、そうだ」
頭の中で昨日の出来事を振り返り、律紀に菓子を詰め合わせた袋を差し出した。予想だにしなかったのか理由が分からないのか、律紀は受け取りながらもきょとんとした顔で小首を傾げている。
「央くん、これどうしたの?」
「ゲーセンであいつらがふざけて菓子を取りまくってた。まあ俺も手伝ってたけど流石に一人じゃ食えないからお裾分け、ね。量が多いから円璃にも分けてやって」
「そうなんだ、ありがとう。お姉ちゃんにもあげておくね」
中にはチョコ菓子も入っているから気に入るといいのだけど、とぼんやり思いながら空を見上げた。雲が空を覆うように隠していて、このまま天気予報通りにいけば雨が降る可能性がある。念の為に防水用の鞄と折り畳み傘を用意しておいてよかった。借り物の本を濡らしてはいけない。
律紀も雨独特の澱んだ空気を察したのか同じ様に空を見上げながら足を止める。その向こうで丁度歩行者用の信号機が点滅し、赤に変わり始めていた。
「雨、結構降るかな?」
「酷くなる前に早めに用事を済ませておこうか」
そう言って変わる青を待つ。数々の車の音とバイクの音が紛れた頃、自分と同じぐらいの年であろう別の制服を来た男子高校生の自転車を走らせて道を曲がって去っていく姿に目を細めた。
ほんの少しだけその後姿が兄に似ていたから、また溜息をついてしまう。そしてこうも思う――みんな不幸になればいい。そうすれば俺は楽しくなれるのに。
こんな事を思い出したのは多分兄の事があったからかもしれない。いや、きっとそうに違いない。でなければ、今の自分は無かったのだから。
気が付けばずっと一緒にいた。円璃と律紀と兄と四人で会えば遊ばない日などなくて、もしも離れる時期があったとしてもきっと親同士の付き合いが続いている限り、いつまでも四人は並んでるのだろうなとぼんやり思っていたあの頃の自分はもういない。
ただ此処にいるのは幼馴染の律紀や周りに不幸が起きてほしいと願う「
そこに負の感情は無い。ただちょっとした不幸や不運が起きればそいつを憐れんで慰めてあげる演技をして楽しみたいだけで、先日授業で体調が悪くて倒れた友人を気遣って保健室に連れていった時は充実感が得られたし、身内に不幸が起きて気分が落ち着かない同級生の話も「同じ立場」だからといった風に同情して心配そうに聞いてあげた。それだけで満足出来たのだ、最初は。
隣で何も疑わないであろう幼馴染に視線を向ける。その横顔が何だかとても愛しく思えて密かに口先に笑みを浮かべて、再び視線を戻す。そろそろ信号が点滅して変わる頃には、もう自転車に乗った人物に兄の姿を重ねなくなって何事もなかったように二人で図書館に向かえるだろう。
この瞬間がずっと続けば俺達は永遠にもなれるのだろうかと柄にもなく思いながら、いつものように幼馴染の名前を呼んで足を進み始めた。
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