第21話


 席に着いた二人に様々な人が挨拶に来た。


 既に顔見知りの貴族、怯えを隠そうと笑顔を貼り付けた貴族、値踏みするような目をした貴族。


 イーサンは彼らに対して礼儀正しく答え、怯えたり、蔑んだような眼も向ける者には気づかない振りでやり過ごしていた。


 ナディアも微笑みながら、時折冷めて行く料理を羨まし気に見る。


(あとで貰えないかしら)


 その時、ぽんと肩を叩かれ振り向くとドレス姿のラーナがいた。思わず立ち上がりテーブルから数歩離れる。


「どうしたの? ラーナも来たの」

「今夜は侍女としてではなく令嬢ラーナとしてね。ルーカス叔父様に誘われたから」


 騎士団隊長である彼も勿論このパーティーに招待されている。しかし数年前に妻を亡くし子供は全て男。息子の妻を連れてくる訳にも行かずラーナに白羽の矢が立ったのだった。


「あれから着替えて良く間に合ったわね」

「キャシーさんが手伝ってくれたの」


 そう言って、くるりと回る。オレンジ色のオーガンジーを幾枚も重ねたドレスは小柄なラーナに似合っていた。赤い髪もおさげではなく高い位置でまとめられ毛先を束にしてたらし、その根元にはクリスタルの髪飾りが輝いていた。


「あの人凄く手際がいいの。本当……」

「「何者なんだろうね・・・・・・・・」」


 二人はそういって目を合わせる。おおよその予想はついているようだ。


「お姉さま」


 不意に背後から呼ばれ振り返ると亜麻色の髪をハーフアップに結い上げ、ピンク色のドレスに身を包んだプリシラがいた。


「プリシラ、そうね、あなたも来ていたのね」

「ええ、だってお姉さまの婚約披露パーティーですもの」

「お父様達は?」

「後で挨拶に行くとおっしゃてました。それより……」


 プリシラは小首を傾げながらナディアを見上げる。その姿が誰からも愛らしく見えることを彼女はきちんと分かっている。


「お姉さま、イーサン様はどのような方なのですか? 先程から様子を見ておりますと、お顔は怖いですが穏やかなお人柄に見えるのですが」


 プリシラは、カーデラン国の貴族と話しているイーサンを横目に見た。その目に宿る怪しい光にナディアは眉を顰めた。


(私から何かを奪う時、プリシラはいつもあの目をする。まるで猛禽類が獲物を見つけたような)


 思わず眉間に力がはいる。

 アンディは簡単に諦め未練なく手放したのに。イーサンの隣は譲りたくないと思う。


 しかし、ナディアは自分のそんな気持ちの変化の意味にはまだ気づいていない。


 そして、空気を読めない脳筋がプリシラに話しかけた。


「先程ウィル殿下が、噂の真相を教えてくださいましたが、全て嘘のようです」


 脳筋、いや、ラーナに悪気はない。ラーナとてこの一ヵ月でイーサンの人柄に触れてきたし、偽りの噂には腹立たしさを感じていた。正義感の強い女性なのだ。ただ、この場でその発言はまずかった。


 プリシラの目の色が変わる。いや、先程から潜んでいたものが露わになったという感じだろうか。


 隣の芝生は何でも青く見える女だ、先程大勢の前で笑いながらダンスをして拍手喝采を浴びている姉の姿をみて、自分が手放したものが急に魅力的に思えてきた。そこにきて、ラーナの話だ。


 プリシラは思った。


(本当は皆に注目されるのも拍手を浴びるのも私だった。それに噂は嘘だった。強面で眼帯は不気味だけれどお姉さまに対しては紳士的だし、今も貴族の方に丁寧な対応されている)


 姉のドレスを見れば一目で高級だと分かる生地に、とても細かな刺繍がされている。首元に光るダイヤモンドは何カラットあるのだろう。自分の胸元にあるダイヤの三倍はあるダイヤをプリシラは恨めしそうに見た。


(全ては私が手入れれるはずのもの。いいえ、今からでも遅くないのではないはず)




 プリシラの目に宿る光が強くなるのを感じナディアはぎゅっと唇を噛み締めた。たとえ三年しかいられなくても、この場所は渡したくない、そう思った。


 貴族との話が終わり、イーサンがナディア達を見る。立ち上がり近づいてくる姿を見てナディアはちょっと戸惑ったけれど、妹を紹介しないわけにはいかない。


「イーサン様、妹のプリシラです」


 紹介をすると、プリシラは優雅なカテーシーで挨拶をした。大きく開いた襟元から胸が零れ落ちそうだ。


「初めまして、イーサン様。お会い出来て嬉しいです」


 プリシラは自然な動作でイーサンのすぐ隣へと近づく。


「姉とのダンスを見ました。随分姉がペースを乱していたようで申し訳ありません。姉はこういう場に不慣れですから」


 ナディアと同じ紫の瞳。でもそこに宿る光は違う。イーサンの事を思って少しでも噂がなくなればと考えるナディアと、打算と欲が混じった瞳を潤ませるプリシラ。


 イーサンとてそれぐらいの見分けはつく。さりげなく距離を取るために一歩下がるも素早く腕を掴まれた。

 甘い匂いと柔らかな感触を感じて、思わず眉を顰める。


「イーサン様、次は私と踊って頂けませんか? 自分でいうのも恥ずかしですが、私ダンスは得意なのです。ね、義理の妹になるのですし、よろしいですよね?」


 掴んだ腕にさらに身体を摺り寄せ上目遣いで見上げる。かつては王太子妃にとも言われた愛らしい瞳にさくらんぼのようなプルっとした艶のある唇。妖精のような無邪気な笑顔をイーサンに向け小首を傾げる。


(ちょっと、プリシラ、あなた婚約者いたでしょう? アンディは何しているの)


 ナディアが会場内に目線をやれば、少し離れた所で立ち尽くすアンディがいた。おそらく一緒に会場にきたのだろうけれども、大勢の注目の中ダンスをするナディアに気をとられているうちに放置されたようだ。


 女性には強気になれても、自分より上位の人間には擦り寄ることしか出来ない男だ。今もプリシラがイーサンに腕を絡ませるのを歯噛みしながら遠くから眺めている。


 ナディアから奪ったぬいぐるみを、プリシラが雨の中庭に忘れていたことがあった。その雨に濡れたクマのぬいぐるみとアンディが重なって見えた。


「プリシラ、すまないが俺もダンスは苦手なんだ。だからダンスは他の人間と踊ってくれ」

「あら、ご心配なく。でしたら私が教えて差し上げますわ。ほら、曲が始まりました。行きましょう?」


 プリシラがイーサンの腕を掴み、ダンスの輪に入ろうとする。


「プリシラ……」


 ナディアが諌めようとした時だった。


 イーサンの目が険しく尖った。


「何度もいうが、俺はナディア以外と踊りたくないんだ。それに君には婚約者がいるはずだ。俺が何も知らないと思っているのか? 分かったら向こうで立ち尽くして入る男の元へもどるんだな」

「なっ、わ、私の誘いを断るなんて……」


 プリシラは唇をわなわなと振るわせると、キッとナディアを睨み、踵をかえし立ち去っていった。


「なんだか、急に会場の温度が上がったみたいね」


 わざとらしく呟き、扇で仰ぎ始めたラーナを見て、ナディアとイーサンは目を合わせた。その頬は二人ともほのかに朱に染まっていた。


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