第20話


 イーサンのエスコートで大広間に入ったナディアは、ぐるりと周りをみるとあっけにとられたように目をパチパチとさせる。


「華やかですね」

「公爵家の婚約パーティーだからな」


 さも当然のように答えるイーサンだが、頬が引き攣っている。


 天井からぶら下がる幾つものシャンデリアはキラキラと輝いている。窓辺には華が飾られ、壁には大きな絵の前では、色鮮やかな衣装を纏った婦人がナディア達を見ている。


 その間を、侍女が色とりどりの鮮やかなカクテルを持って周り、男性は出席者に目を光らしせている。


 今やルシアナは国ではなくカーデラン国の領土であり、イーサンはこの土地を治める公爵家当主だ。


 かつてのルシアナ国の貴族以外にもカーデラン国からも貴族が集まってきている。彼らにしてみれば、自国の王子がルシアナ公爵となってから初めて行われる公のパーティーだ。挨拶はかかせないし、旧ルシアナ国の貴族とも縁を繋ぐ良い機会となる。


 もっとも縁を繋ぎ違っているのは旧ルシアナ国の貴族達の方だ。

 今までも、留学という大義名分で令息をカーデラン国に送り縁を繋ごうとする者はいた。それが同じ国になったのだか、これほどいい機会はない。カーデラン国の良い派閥に入れれば出世の道が開かれるかも知れないのだ。


「何やら蠢く気配を感じるパーティーですね」

「あぁ、出来ることなら俺達のことは居ないように扱って欲しい」


 眉を下げ気弱なことをイーサンは口にした。


(辛そうな顔をするのは噂のせいかしら)


 先程、ウィルから聞いた話を思い出す。


(イーサン様の噂を消したい)


 そんな想いが胸に浮かんだ。


 家族からの理不尽な扱いやプリシラに奪れ続けることに、いつの間にか慣れ受けいれていた。優しさに触れ初めて傷ついた自尊心に気付いた。

 幼い時から妹と比べられ、容姿を卑下され育ってきた。イーサンに綺麗だと言われて胸がドクンとなった。女性として扱われ、自分がそれを望んでいたことを初めて知った。


(イーサン様も傷ついていないはずがない)


 皆の視線がナディア達に集まる。その視線に、好奇心や恐れや揶揄が含まれているのを、ナディアは肌で感じた。とても嫌な物だった。これを普段からイーサンが感じているのかと思うと、胸が締め付けられる。



 このパーティーは二人のダンスから始まる。音楽が流れ始め、イーサンは渋々ナディアの手を取り広間の中央に進んだ。二人は緊張した面持ちでステップを踏み始める。毎日に特訓のおかげで、お互いの足を踏むことは殆どなくなっていた。


「イーサン様、お顔が怖いです」

「生まれつきだ」


 ムスッとした顔をするイーサンの頬にナディアは手をあてた。


「いつもより怖いです」

「…………」


 ナディアはふわりと花が綻ぶように笑うとステップの速さを速めた。一ヶ月の練習で基本的なステップは身に着けた。もともと運動神経はいい。コツをつかんだステップなら速度を速めてすることが出来るようになった。


 いきなりにの事にイーサンは慌て、それでもナディアの足を踏まないようスピードを合わせる。そのスピードに慣れてきたところで、ナディアがさらにスピードを上げる。周りから見るとナディアにイーサンが振り回されているように見えるだろう。


「ナディア、ちょっとスピードを落とそう。先程あなたの足を踏んでしまった」

「あら、私はすでに何度も踏んでいますよ。そんなに足元ばかり見ないで私を見てください」


 イーサンは目線をナディアに移す。シャンデリアの輝きのもとその瞳が金色に揺れている。


「そんな困った顔をしないでください。私がいじめているようではないですか」

「いや、実際にそんな気がするのだが」


 イーサンが苦笑いを浮かべた。


「やっぱり私が男役をした方が良かったでしょうか?」

「ナディアの男役は様になるだろうが、俺の女役は気持ち悪いだけだろう」

「フフフッ 想像してしまいました」

「うっ、俺も想像した。かなり不気味だな」


 二人は顔を見合わせて笑った。


 会場内がざわめく。


「おい、イーサン様が笑っったぞ」「悪魔のように冷酷と聞いていたが、婚約者に振り回されていないか?」「すでに尻に敷かれているようなダンスだな。あれが無慈悲冷酷な男か?」


 悪名名高い男が、婚約者に振り回され笑っている。


 噂でしかイーサンを知らなかった貴族たちは目を丸くしてその光景を見ていた。イーサンは十年間もカーデラン国を離れている。元ルシアン国の貴族だけでなくカーデラン国の貴族も噂で聞いていただけで実際にイーサンに会った者は少なく、親しくしている者は皆無だった。


 曲が終わりに近づいた時には会場内の空気が随分柔らかいものとなっていた。途中、勝ち気な婚約者に振り回され、イーサンが転びそうになった時には会場から小さな笑い声が漏れたほどだ。


 最後のステップを踏み終わった二人に会場内は暖かな拍手を送った。勿論これだけで噂がなくなるわけではないが、噂通りの男ではないのかも、という疑問を持たせるだけの効果はあった。


 必死でナディアのステップに付き合っていたイーサンは、ダンスをする前と雰囲気が違っていることに気付きナディアを見る。


「このためにわざと俺を振り回すようなダンスをしたのか?」

「さあ、何のことでしょう?」


 肩を竦め、しらを切るナディアにイーサンは苦笑いをする。


「頼むから俺より男前な振る舞いは止めてくれないか?」


 そういうとイーサンはナディアの手を掬い上げると、その指先に軽く唇を落とした。会場内が再びざわめく。


「……イーサン様?」


 突然の事に目を瞬かせるナディアを、そのまま手を取り用意された椅子へとエスコートする。


「これぐらいしとかなければ、領主としての俺が霞むだろう?」


 黄色い目が子供のように細められた。思わずナディアの頬が赤らむ。空いた方の手を胸にやればいつもより速い鼓動を感じる。


(これぐらいの動き大したことないのに)


 今まで感じた事のない胸の鼓動と、身体が火照る感じにナディアは戸惑っていた。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る