13 孤島にて

 昏仕儀タカカミの運命は残酷であった。

 なじられいたぶられ続けた日々の先にはいつもまた同じことの繰り返しであった。


 彼が掴みたいと欲しい物に手を伸ばす。その為に彼は娯楽を断ち切って必死にそれに手を伸ばしていた。だがそれは遥かに遠ざかった。

 それどころか数多の者に踏み潰され、日の光の下で生きる事すら彼らは許さなかった。嘘と暴力が彼を壊した。


 彼が只、生きて欲しい者に手を伸ばす。その為に彼は己が復讐心すら捨てて必死にそれに手を伸ばした。だがそれは自ら命を絶った。

 それどころか数多の声に叫ばれ続け、暗い夜の中で眠る事すら彼らは認めなかった。涙と叫びが彼を壊した。


 傷に降り注ぐ癒しの声も雨もなく、彼はそのまま生きることを強いられた。

 そして彼はこれまでを持ってこれからの決断を下すことになる。

 残酷なる物語はついに最後の時を迎えようとしていた。


「う……うぅ……」


 彼が瞼を開き体を起こすといの一番に感じたのは潮の風と波の音。そして靴先から感じた砂の感触。瞳が捕えたのは白い砂浜と青い海。


「ここは……」


 彼女と最後に出会った場所よりも色鮮やかなる砂浜。

 間違いなく彼はスズノカと出会った砂浜とは違う場所にいた。


「何処だ一体――」


 足に力を込めてジャンプすると彼の体は一気に空へと瞬時に飛び上がり、現在地の全貌をその視界で捉えることができた。円形状の形をしたその島を。島は周囲が当然ながら砂浜で覆われ、砂浜から少し境界線のように草木が生えた先には森が生い茂っていた。後のその島を彼は『孤島E』と呼ぶのだがそれはまた別の話。


「ああ、孤島か。それと――」


 飛びながらスマートフォンを手にすると現在の時間を確認する。時刻は馬酔木スズノカとの戦いから既に半日以上が経過していた。

 跳んでからここまでの過程をまるで彼はいつもそれをこなしている様にして見せた。


――ああ、これが神様になったってことか


 地面に体が着くと、彼は自身が望んだ唯一つの目標をその手に宿したと自覚する。

 『称えられし二十五の儀式』。その対価となる至高にして神の御業とも言える第二十六の秘術を彼はその手にしたのだ。その事に対して涙を流していた。


「……スズノカ」


 未だにタカカミはスズノカの死を受け入れずにいられなかった。


(どうしてお前が死ななきゃならないんだ。お前が生きる条件があるというのなら俺はこの命を差し出すつもりでいたのに――)


 悲しみのヴェールに包まれる彼に響くのは波の音だけだった。


「……待て。なんで俺はここにいるんだ?」


 何かを思い出そうと彼は必死にここまでの出来事を思い返そうとする。

 スズノカが死んだ時の事。


「……そうかあの時!!」


 ノートを取り出し、彼はその項目を開く。


――第二十六の秘術は『絶対審判』以外の全ての秘術を無条件で行使可能である。

更に目的である『救済』のためにその心に大いなる耳を宿し、苦しみの声を捉えることが可能である。


「こいつか……こいつが原因か!」


 タカカミはシステムより第二十六の秘術を彼の意志に関係なくその体に降ろされていた。数多の秘術、その為に必要な魔力。だがその時、第二十六の秘術の目的である『救済』というモノの影響が及んでいた。その声によって彼は無数の声を聴くことになったのだが妬心愚者以上の苦しみの声に彼は耐え切れず、その場を離れていつしか人気のない何処かの孤島へと飛んでいた。


「救済……?何だよ救済って。どういうことだシステム!」


 彼の憤る声にノートに文字が浮かぶ。システムからの声だ。

 

――救済とは全人類を救うための力を指す。彼らの苦しみを解き、痛みを払い、数多の闇を打ち砕く力。その為には耳がいる。彼らの声を聴くために。その力はこれまでの二十四の秘術を。それがあれば人類を救う事が可能である


「へぇ。でもよ、俺がうっかり殺しをやっちまったらどうすんだ?」


――構わない。裁量は全て神の手にある。システムは如何なる手法にも口を出さないし止めもしない。全ては汝の、神の御心のままに


 その文字が浮かんだ時、タカカミは思わず砂浜に座り込んでしまった。


「……正気かお前は」


――システムは正常に動作している


「そうじゃねえよ」


 呆れた声でため息を吐いてその手を砂浜に置こうとすると彼の手は違和感を感じ取った。


(ん?何だ……これ?)


 砂浜にて彼が手にしたのは一つの封筒。細いその封筒の色は桜色で中には厚みから数枚の手紙が入っていると予想できた。糊付けされたそれを開き、中にある数枚の手紙を開く。


「これはスズノカからの……え!?」


 一枚目の手紙には一番上に『貴方へ』と書かれており、その横に『馬酔木スズノカ』よりと書かれていた。馬酔木スズノカと書かれた箇所がどうして貴方への隣に書いてあったのかタカカミは疑問に思ったがそれを忘れて彼はその手紙を読み始める。その手紙を綴る文字はワープロではなく手書きで、最初から最後まで丁寧な字体を保っていた。糸の秘術使いが送ってきた手紙を読んだタカカミにとっても今までで一番綺麗だと思わせるほどであった。


――この手紙は私が死んだ後に貴方に届くようにシステムに託しています。どうしてその依頼が成立したのかというと、システム曰く褒章としてならばその願いは可能と言っていました。なので最後の戦いを生き抜いた褒章としてこの手紙を届けてほしいと私はシステムに依頼しました。

 さて、手紙を書いた理由ですがここで貴方にいくつかお伝えしたいことがあったからです。とはいえ知っていることも多いかもしれません。


 まず、私の家は裕福でした。父は弁護士で母は絵本作家でした。父は弱きものの為に奔走する正義感の強い人で、母は優しい世界を絵本の中にその手で作り起こす人でした。いつか貴方に選んだあの絵本は母の作品です。貴方があの絵本を興味津々で読む姿は幼き日の私をどこか思わせていました。話が逸れましたが私はそんな二人を、両親をとても尊敬していました。父のように正義感ある者に、母のように優しい世界を紡げる人になりたいと思っていました。

 しかし現実はそうではありませんでした。

 ある日のことです。父の元に一人の容疑者の弁護を国が依頼してきました。この国ではどんな容疑者でも必ず一人は弁護士がつくようにという決まりがあるのです。しかしその容疑者は度重なる暴行や万引きなどでどうしようもない人でした。

それでも父は彼の為にと弁護を引き受け、男は終身刑を言い渡されました。


――テメェのせいで俺は一生堀から出られなぇんだ!!


 受刑者のその怒鳴り声を父はよく覚えていたと言います。


――お前のせいでアイツが死刑にならなかった。お前が死刑になれ


 家に届いた一枚の手紙の内容に殴り書きで怒りが伝わる様に書いてあったその文字を私はよく覚えています。

 それから後に誰かが意図的に私たちの住む家の住所をばら撒いたのか家には日々デマによるバッシングや中傷の声が絶えず響きました。

 やがて父は度重なる中傷の果てに病に伏せ、母はというと父よりも先に亡くなりました。自殺でした。

 

――死刑になるべきものの肩を持つクソ野郎の奥さんは幸せそうに絵本を書く害虫だ


 今でもその悪意のこもった言葉を投げつけられた日を私は忘れません。

 家族を引き裂かれた日を私は忘れません。

 優しかった母の死に私は泣いてばかりの日々を送っていました。

 その時でした。いつの間にか見知らぬノートが部屋に落ちていたのは。それを手にした時です。


――汝、救いを求める者か?


 システムは私に声を、一つの啓示を与えました。


――汝が救いを求めるならば我が声に従い、『称えられし二十五の儀式』を執り行え。さすれば汝の苦しみを払う『蒼き星の神』は現れる


 その声に私は首を縦に振りました。それが無垢なる多くの命を、やがて私の命を絶つとも知らずに。

 最初の戦いにて私が鋼鉄正義の秘術を与えた者がいます。名前は鉄島純一。彼は私に神になれば皆を救えるんだなと何処か怒り交じりに聞いてきました。私はそれに対し、はいと答えました。でも、本当に知らなかったのです。その先で沢山の命の火が消えていくのを私はただ見る事しかできませんでした。命を奪う者、奪われる者。システムにより、人の目より隠れながらその多くが消えていったのです。鋼鉄正義の秘術使いは私に時折怒鳴りながら、泣きながら罵るような声で当たり散らしていました。当然でしょう。私が始めたことなのですから。

 やがて悪人側最後の一人が、貴方がこの儀式に選ばれました。これで最後だろうと思っていたのですが結果は違いました。すり減った精神にやつれた状態の鉄島さんはそれまでの戦いのセンスを生かせず、それどころか弱っているようでした。直前の戦いで彼は最愛の奥さんを失っていることもあり、どこか自暴自棄になっていました。

 その時の彼をよく覚えています。私が関わっているのですから。私が秘術を与えた者によってそうなったのですから。

 戦いは貴方の勝利で幕を閉じ、そこから先は貴方も知っての通りです。

 約一年に渡る戦いの末、貴方は見事蒼き星の神の資格を得ました。その事は私にとってはついに終わるのかと何処か安心していました。

 しかしそうはなりませんでした。最後の戦いという試練が残っていたのです。

 私は貴方を殺して生きる事も可能でした。『絶対審判』の秘術なら最後の戦いのルールをある程度改変して自分に有利なルールの下で戦う事が可能だからです。それこそ今まであった秘術をいくつか選んで戦う事も。でも貴方を殺してしまえば神は現れず、それどころか数多の犠牲すら無駄になる。


――そもそも私は生きていて良い人間なのか?


 その言葉が脳裏を駆け巡った時、答えは明白でした。自分が生きてしまえば全てが無駄になる。救いの手は永遠になく、数多の苦しみは、貴方の苦しみも永遠のまま。なればこそと私は決意しました。

 最後の戦いの前に私はシステムにルールの修正などを依頼し、それができるようにと準備を進めていました。海岸の近くにいれば私の計画は可能であるとシステムは結論付け、ただその時を待つことにしたのです。


 ここからは貴方に対して謝るべきことがあります。それはこの戦いに悪人側として呼んでしまった事です。

 儀式を行うにあたって、私は十二対十二の殺し合いという名目に対して振り分けられたそれぞれを見て善人側と悪人側という呼称を点けました。しかし蓋を開けてみればシステムが適任だと判断したものは悪人側にしては善人側のような人が、善人側にしては悪人側のような人がいるとわかってこれは失敗したと思っています。それぞれのチームにふさわしい者もいることはいましたが結局は失敗でした。貴方が悪人側に呼ばれた事が。

 いつか私に話をしてくれたこと。高校生時代の事件。それは私にとって一家を引き裂かれた日の事と重なって、泣いていました。貴方の為の涙ではなかったのです。でも、貴方の境遇を間違いなく悲しんだのは本当です。なにより貴方は悪人ではなかった。私の軽い考えが貴方を苦しめていると思った時、私はいつか貴方に報いる事が出来ればと思っていました。でも貴方は私が幸せに生きてくれればそれでいいとおっしゃった。それが私には辛かった。数多の命を踏みにじった私にはそんなことは出来ないのです。

 だから私は死ぬ事にします。

 最後になりますが貴方とは違う形で会いたかった。どうか神の力を持って貴方の苦しみを解いてください。

 貴方は救われていい人間です。それではこの辺で。さよなら。


 手紙はそこで終わっていた。全てを読み終えた時、ポタポタとこぼしていた涙が更に零れていた。


「……そうか。そうだったんだな」


 手紙を封筒に丁寧にしまうと彼は零れる涙を必死に拭い、太陽を見る。


「ああ、俺は神様になった。お前のおかげだ。スズノカ」


 封筒をコートの内ポケットにしまうと彼はノートを手にした。目いっぱい力を込めて。


(俺が……そうだ。俺の手で皆を救ってやればいいんだよな)


 その時の彼の表情というのは皆を救うという一心の元に出来上がった表情で、それはきっとある人から見れば恐怖であり、またある人から見ればとても安寧に満ちた表情であっただろう。

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