4-2

 その太くがっしりとした数本の緑の蔦は瞬時にタカカミの足に絡みつく。


「な……嘘だろ!?ヤバいっ!!」


 瞬時の出来事に彼は驚愕し、必死に足を上げて蔦を千切ろうとする。しかし蔦は頑丈で彼の足を離そうとしない。心臓の鼓動が高鳴るのを感じていた。


「だったらこれで――」


 光が左手の上で集まる。右手の銃とは対照的かその手に大振りのナイフが現出する。


「それはダメじゃな」


 突然、木の幹よりも太く長い蔦がタカカミの前に現れたと思えば、そこから一人の人間が姿を現した。服装はグレーの半袖シャツに白のチノパン。顔つきは皺と茫々と伸びた白髪が印象的な老人の男性だった。


「何がだめだ――」


 瞬時、数本の蔦が今度はタカカミの両手に絡みついた。力を込めても引きちぎれず後ろに引っ張られ、タカカミはその光景に絶望した。心臓の鼓動が更に高鳴る。


――殺される。後ろからくる誰かに……っ!


 覚悟をしていた彼の横を通りすぎてその人物はタカカミが先ほどまで座っていたベンチに腰掛ける。


「うむ。これならワシが殺される事はないな」


 四肢を縛られた彼の姿を満足そうに見て老人は笑っていた。


「……趣味が悪いなぁ。爺さん?」


 タカカミは汗を流しながらその目で老人をじっと見ていた。


「はっはっは。四人も殺したお前さんに言われたくはないわい」


「ああそうかい」


 縛られたままでタカカミはバツが悪そうに愚痴をこぼす。今の彼は立ったまま両足を蔦で絡め捕られ、両腕も地面のほうに向けてこれまた絡め捕られたままだった。

 蔦を放ったその老人はタカカミの手に武器がないことを確認すると先ほどまでタカカミが座っていた椅子の上に『よっこいしょ』と言って腰掛ける。その手にタカカミが持っていた銃を握って。


「さてお前さん。いくつか質問したいことがあるがよいかな?」


「嫌だといったら?」


「……それは勿論コイツでズドン。じゃな」


 銃口を向けて老人は笑った。観念したのかタカカミは彼の話に乗ることにした。


「ああ、いいぜ。で、なんだよ?」


 蔦を引っ張るその力は未だに収まることなくタカカミは老人の質問に答えることにした。


「ではお前さんに質問じゃ。この儀式とやらに呼ばれたのは四月で合っているか?」


「ああ。そうだな」


「能力は……秘術だったかの?どんなものじゃ?」


「……銃とナイフを取り出せる。暴力の力さ」


 これは嘘である。本来ならば『妬心愚者』の秘術のついて答えるのが正しいのだがもし正直に答えれば能力がコピーされると老人に警戒され、例え身動きが取れない今のタカカミでも奇襲されると考えたからだ。


「間があったの。目もどこか泳いでいた。嘘じゃな?」


「……後は鎖が出せる。正直銃とナイフくらいで事足りてるからな。この力が、秘術ってのがよくわかんねぇんだよ」


 不機嫌そうにタカカミは返答する。


「なるほど確かに。遠くから銃弾一発撃てば大体は死んでしまうからの。でもなぜ鎖が?」


「元は武器とか鉄に関係する何かを手に出せる力なんだ。納得したか?」


「うーむ……まあ確かに」


 少し困った顔で老人はタカカミの言い分に納得した。


「よし分かった。とにかくそのなりじゃどうしようもないからの。では最後に――」


 それまで穏やかな表情を浮かべていた老人は表情を一変させて真剣な目つきで彼に問いを投げる。


「なぜお主は……『悪人側』におる?誰をだました?何を盗んだ?」


 その問いに少しばかり戸惑ったが、タカカミは答える。


「マジで心当たりがないって言ったらどうする?ただ……」


「ただ?」


「……一つ、昔話がある」


 タカカミは続けざまに話をした。

 その『昔話』というのはいわゆる自分に関する昔の出来事でその中でも自分の心に深く残っている出来事だった。それは話し手の彼の涙と怒声を引き寄せ、気が付けば老人はその話を聞き入っていた。やがてタカカミが『昔話』の全てを話し終えると老人の顔は何処か引きつっていた。


「……そんな事が。いやしかし――」


銃を手放し、両手で顔を覆って老人は縮こまる。


「だが話の中に出ていたその事件なら知っているぞ」


「何?」


「うむ。ひどいものだったと記憶している。嘘に踊らされた者達が以下に恐ろしく、嘘を吐く者達への怒りもな」


「へぇそうなんだ。意外だな。ていうか今の俺の話、『嘘かもしれない』って疑わないのか?」


「……昔もわしは警察官でな。地方のお巡りさんだが。だが……嘘を言っているかどうかはわかる。だから……それが真実だとわかる」


『そうか、その年は儂が七十になって……』と続けざまに嘆いた。

 タカカミの『昔話』をしてから老人ショックを隠せずにいた。


「真実なんてのは作られる。そうだろ?」


「ダメじゃ!そんなの間違いじゃ!今すぐにそいつらをここに――」


「だがもうあの日から十年経った!俺はこのザマさ」


「それでいいのか!?」


「良いわけねぇだろ!!」


 怒鳴り声のぶつかり合い。老人はいつの間にかベンチから立ち上がって涙目で彼を見ていた。


「警官として人間の悪いところは見てきたつもりだった。まさか……お前さんのような存在に出会うとは。やはりあの女の子に聞いてみるしかないか?」


「何がだ?」


「この儀式についてじゃ。いったいどうやって成り立っているのか?その目的は?背後にいるのは誰か?もし何処かの組織が企てているのなら……彼女もその被害者なら……わしらでこの状況をどうにかできるかもしれんのだ。だから協力してほしい」


「どうやってだ?儀式のルール上、ここでどちらかが死なないとダメだ。そうでなければ俺達は同時に死ぬぞ?」


「わかっておる。ノートでルールは何度も確認した。だがお主のノートと儂のノート。ここに違いがあったら?何か抜け道があるかもしれないじゃろ?それこそ唯一の方法が!!」


「止めてどうする?」


「お主はもう誰も殺さずに済む。儂だって誰も殺さずに済むんじゃ。そうじゃろ?」


 笑みを浮かべて老人は優しく言葉を掛けた。そんな老人の態度に対してしばらく固まったままのタカカミ。


「……ああそうだな。立派な案だ。審判やってるあの女をどうにかすれば糸口はあるかもしれないな」


「そうじゃろ?だから――」


「それは困るんだよおじいさん!」


 一瞬だった。タカカミはまだ縛られたままだった。だが老人は突如として何かに後ろに引っ張られ、そのまま腰掛けていたベンチの後ろのその後ろに建てられていた家の壁からいつの間にか伸びていった数本の蔦に首を絡め捕られ、まるで首吊りのようにぶら下がっていた。


「が、あ……な、何故だ!?」


 蔦を切ろうと必死に両手で蔦を引っ張って切ろうとするも所詮は年寄り。無駄だった。やがて動きが鈍くなっていき……老人はついに家の壁から伸びた蔦によって宙づりのまま動かなくなった。


「ああ、あんたの案も悪くねえよ。でもな――」


 タカカミはいつの間にかほどけた蔦を振り払ってその手にノートを現出させ、もう片方の手でベンチに置かれた銃をとって老人の遺体に向ける。


「それじゃあダメなんだよ。せっかくの機会だ。報酬だってもらえる。その先にある偉大なる力ってのも気になる。俺はそれで報復をなすことを選ぶことにしたんだ」


 歯が見えるほどに歪んだ笑みを虚空を見る老人の瞳に見せた。


「何より力は嘘をつかねえ。いい意味でも悪い意味でも。そういうわけだ爺さん。あばよ」


 その公園を後にした。そこにはただ無力な瞳で虚空を見つめる正義漢だった者の姿があった。


(確かにあんたの言うとおりだよ。この儀式は馬鹿げている。殺し合いをさせ、その果てにある力を手に入れさせるって所が。だがな。俺にはそれしかねぇんだよ)


 スズノカが来るまで彼は先ほどまでの出来事を思い返していた。


――校舎。血だらけの生徒。それを見る外の連中。無数の怒声と罵声


 その時の『昔話』――彼を悪人側と至らしめたその事件と顛末についての全貌が語られるのはまだ先の話。

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