4-1 八月・過去はどこまでも絡みつく

 時折見る夢の光景。

 高校、自分、生徒達。

 生徒達は一人の生徒を囲っていた。彼はその手にナイフを持っていた。そしてその手には少ないが確かに血がついていた。


――どうしてナイフがあるんだろうね?


――誰の血だろうね?誰が殺したんだろうね?


 ああ、その血はね……



「うぅ……」


 目を覚ます。タカカミは自宅マンションのリビングにて横たわっていた。時刻は昼の十三時を過ぎた所。 


「あ?仕事っ――」


 心臓が不意に高鳴る。しかしすぐにハッとする。


「ああそうだ。仕事……ってかバイト辞めたんだったわ」


 ため息を吐くと体中から流れる汗と部屋の異様な暑さに気づく。


(ああ……エアコンうっかり切ってたわ。そのせいかまた変な夢見るし)


 八月。日本において暑さがピークを迎えるであろうこの時期。エアコンの切り忘れや付け忘れはほとんど自殺行為である。タカカミはエアコンを付けようと立ち上がってリモコンを手に取り、程よい温度でエアコンを付け始める。エアコンは難なく動き出し、冷えた風をリビング中に送り出す。


(俺じゃないってのに……ああ涼しい)


 吐き出されるエアコンの冷えた風を目いっぱいに浴びる。着ていた青い半袖のシャツの襟を掴んで引っ張って風をより浴びようとする。


「あーでも……これならシャワー浴びたほうがいいよな?」


 どうにも全身にびっしょりと纏わりつく汗の感覚がエアコンの風ではどうにもならなかった。立ち上がって風呂場へ向かう。


(こればかりはエアコンじゃどうしようもないよなぁ……)


 数分後。シャワーを浴びてさっぱりとしたタカカミはリビングの二人用の食卓で肌着のままで冷蔵庫で冷やしていた麦茶を飲んでリラックスしていた。


「ああ、冷やしたコレが一番だよなあ……」


「すみません次の――」


「ん?」


 そんな中に不意に現れたのはスズノカだった。スズノカはタカカミに話しかけようとしたがその服装に言葉を詰まらせていた。


「……ああ、わりぃ。ちょっとむこう向いてろ」


 ソファーに畳んでおいたシャツとズボンを着る。その間彼女は視線を逸らしていた。


「その入り方やめたほうがいいんじゃない?」


「……ぜんきょします」


「それを言うなら善処(ぜんしょ)だ」


 調子の狂った彼女に微笑みを向けていた。スズノカはその間嫌そうな顔をしていた。


「あれ?もしかして顔赤い?」


「いいから早く服着てください」


 その声は間違いなく怒りを示していた。タカカミは何か恐ろしいものを耳にしたかのようで急いで服を着始めた。一方でスズノカはため息を大きく吐いていた。


「で、次の相手は何日後に来るんだっけか?」


「二十日後ですね。それまでに準備を進めてください」


「さて……次に来るバカはどんな奴だか――」


 彼は急に苛立っていた。八月。季節はうだるような暑さは風を巡らせた室内を未だに居座っていた。


「それにしても部屋広いせいか冷えるの遅いな」


「なら扇風機を買ってはどうです?」


「扇風機?」


「はい。冷気は下の方に向かってしまいます。部屋全体に冷気を巡らせるならそれがよいかと」


「なるほど。そりゃあ名案だ」


 タカカミはその提案に首を縦に振った。


「つかお前普通に喋れたのか」


「はい」


「まあだからなんだというわけでもないが」


 うだる暑さに椅子にだらける。


「あ、そういや昨日買った本があったんだ」


 そう言うと彼は机の上に置いてあったビニール袋から一冊の本を取り出す。


「何の本です?」


「これか?『世界アホ事件簿』ってやつだ」


「……どういう内容なんです?」


 彼女が怪訝そうな顔で問いかける。


「用はどうしてそうなるんだよってツッコミ入れたくなる内容の事件を世界中から集めた本。例えば映画館にヤギの群れが突っ込んできたとかテレビの収録で向かった遺跡で偶然にも十億は下らんお宝を見つけたとかさ」


「成程。ゲームとかはやらないんですか?」


「あ?やんねぇよあんなの」


 その回答に彼女はきょとんとした。


「んだよその目は」


「いえ。意外だなと……思って」


「……悪いかよ」


「え?」


「ゲームやんねぇのがそんなに悪いか!?あぁ!?」


「いいえ。問題ないです」


「……けっ」


 激昂したタカカミの怒鳴り声によってピリピリとした空気が流れだす。本を握る手が強くなる。それを見て気まずく思ったのかしばらくして彼女は失礼しますと言ってその場を去った。彼の機嫌が落ち着いたのはしばらくしてからだった。


「…………あー、にしても扇風機かぁ」


 暑さが中々に引かないので思い出した扇風機と言う言葉。彼が真っ先に思い浮かんだのはある部屋だった。


――畳の空間。酒を飲んで怒鳴る大人。膝を抱えて時を待つ子供


「あの場所に比べりゃここはなんとましなことか」


 本のページをめくりながら彼は回想する。


「なにこれ。偽名アスリート選手優勝事件?」


 意味の分からない事件にタカカミは鼻で笑った。しかしページをめくる手は休むことを知らなかった。


(面白ければ別にこういうのでもいいじゃねぇかよ)


 顔はむすっとしたままであった。






 そして二十日後。第五の戦い。タカカミはスズノカによって次なる戦いの舞台である昼の住宅街に転送される。


「ここが次の戦いの舞台か」


 辺りを見渡す。タカカミが最初にいたのは車一台が通れるくらいの道路幅でできた十字路の中心。塀の向こうには一戸建ての家やアパートが建ち並ぶ。


「で、敵はどこだ?」


「それは言えません。それから青い線の向こうには出ないでください。では健闘を祈ります」


 そう言って彼女はタカカミの前からいつも通りに光に包まれていなくなって見せた。


「高みの見物ですかそうですか」


 タカカミはため息を吐いて後ろを振り返る。住宅街の道路には一本の空のような青い線が敷かれていた。どうやらここからはエリア外でここから出ると前回の火の子供のように死ぬらしい。


「さて……どうやって見つけるか。にしてもあちいな」


 九月の昼間、まだ残暑残る日々。それでも彼は青のロングコートを脱ぐことはなかった。理由としては内に銃とナイフを隠すためである。


「でもなんかこのコートの代わり、買っとくべきだったか……?でも今月タコ負けしたしなあ……」


 汗を拭いながらタカカミは前に進み始める。手に拳銃を持って。

 少し歩き、住宅街の通りの奥へと入り込んでいく。すると彼の視界に家と家の合間に建てられた公園が映る。


「あそこなら周囲を警戒しつつ行動が取れるか……?」


 公園内に入る。中々の広さを持つ園内には滑り台、砂場、鉄棒、ブランコなどが揃っており、タカカミは公園と家を隔てる高い壁を背にしたベンチに腰掛ける。


(さて……これで五人目を倒すことになるわけだが)


 腰掛けながら脳裏にてこれまでの状況を思い返す。

『称えられし二十五の儀式』。彼はこれに五度目の戦いを挑んでいる。戦いの終了条件は対戦相手、もしくは自分の死亡以外にない。そしてそのために自分と相手には儀式の為に必要な力を、秘術を授かるのだという。その秘術は敵味方と審判合わせて二十五種類。だから称えられし二十五の遊戯という名前なのだろうとタカカミは推測している。


(この儀式……狙いは何だ?)


 タカカミには儀式に関して二つほど気になっていた事があった。

 一つ目、自分がこの戦いに悪人として戦う羽目になったという事。

 二つ目、そして儀式の果てには何があるのか。


「蟲毒……っていうには何か違う。それなら二十五人を同時に殺し合わせている。チームに分けてそれでチーム全員が祝福を同時に受けられるわけじゃない。何か変だ。うまくは言えないけど。儀式を構築した『誰か』は一体何のためにこんなことを――」


 『誰か』について考えていた矢先、不意に殺気を感じ取り、ベンチから立ち上がって銃口を辺りに向ける。しかし公園には誰もいない。遊具の陰に隠れている気配もなく、目の前の道路にも誰かが来るような気配はなかった。


「……気のせいか?」


 首を捻る。確かに感じた突き刺すようなあの感覚。戦いの中で得たというにはどうにも違う。


「あの感覚は……殺意のような俺を殺そうとする気配は気のせいじゃない。だとしたら今のは?」


 能力による何らかの作用を考えた。例えば相手の力による作用。それならば合点がいく。


「何か狙っているのか?」


 きっとした目でもう一度周囲に視線を送るもやはり誰もいない。


「……どこだ。出てこい!!」


 日陰のベンチから出たせいか、夏の日差しに晒されて汗が出る。


――もしかしたら次の秘術は自分を一撃で仕留める力があるのかもしれない


 突然過ぎった考えになお汗が出てくる。公園から道路に出て落ち着かない様子で彼は銃口を下ろさずに辺りを見渡す。


「何だ?本当に気のせいなのか?」


 荒れる息に汗が絡む。何もないと察するとタカカミは銃を下ろした。


「……確かにそこにいたはず。いやでも……うーん。秘術が何か教えようとしているのか?」


 秘術、『妬心愚者』。それは他者の秘術をコピーできるという能力に加え、自身の身体能力を上昇させるという代物。実際にタカカミは気づいているかは不明だがこの能力によって呼び出した銃の命中力を上昇させている。他にも五月の水の秘術の使い手との戦いでは学校屋上から降ろされたチェーンに力を籠めつつ、片手で銃撃しているなどその影響は確かにある。気配の察知も可能であり、四月の戦いでは狂乱状態だった相手を背後から撃ち抜いて見せた。


「なんで能力上昇ができるのかはわからんが……まあいい。仕方ない。いったんベンチに戻ろう」


 座っていたベンチへと足を向け、周囲を見渡す。足元から出た無数の蔦が瞬時にタカカミの両足を捉えた。


「え?」 

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