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――そんな……操作範囲って上も入るの!?


 『王杯聖水』の能力の担い手である女性、川成聖子かわなりせいこは渋い顔で首をひねっていた。

 二週間前の事。若手教師の彼女はスズノカより能力を受け取り、最後の一人を討ち取ってほしいと願いを受け取った。彼女から聞いた話では敵は悪人側最後の一人は能力を持っており、授かった力によって殺せと言われ、彼女はその力で敵を撃つことにした。

 彼女の力は水を操る力。またそれによって水で人間を作ることが可能でそれによって十数体の兵隊を校舎の周りと一階の廊下に配備した。魔力はこの時は三十パーセント以上あった。


(まさかこの兵隊にあんな弱点があったなんて)


 今現在彼女は職員室に籠っている。敵からの攻撃に備え、机の下に隠れて兵隊たちからの視覚共有しながら敵であるタカカミの首を取らんと兵隊たちの指揮を執っていた。だが屋上に逃げた彼を追わせようとしたその時、能力の範囲外がある事実に気づかされたのである。


「高さは予定外だったわね……」


 高さという範囲の存在に少々戸惑っていた。三階より上の階段に兵隊を登らせようとしたその時、彼らの足が止まってしまったのがどうにも腑に落ちなかった。とっさにノートを開き、どういうことか確かめるとどうやら範囲があるらしくそれを彼女は見落としていたのだ。


「こうなったら……近づいてみようかしら?」


 近くの階段まで移動する。階段の壁には窓が設置されており、そこから月の光が入り込んでいた。光の周囲に彼女は立つ。高い位置にいれば屋上を兵達の動ける範囲に取り込める。そうすれば敵を討ち取れる。そう考えると彼女は立ち上がって職員室を出て近くの階段を上った。


「ここからならどう……?」


 川成が二階まで上がると水の兵達は一斉に階段を上る。屋上のドアに手をかけるが開こうとしない。まるでドアの向こうに何かがあるようだった。


「いいわ。壊しちゃって!!」


 水の兵隊がその手を変形させて刃と化す。大きなその刃は瞬時にドアを引き裂き、前に設置されていた椅子と机のバリケードをも破壊して見せた。


「さあ、観念して死になさい!!」


 屋上に数体の兵がなだれ込む。しかし標的の姿はそこになかった。


「え?何で!?」


 『暗い夜だから見落としている?』と思った矢先、ドアより左斜めに歩いた先にある金網が一部破れていることに気づいた。大人一人くらいなら通れるその場所に兵隊を向かわせる。


「これは……!!」


 金網には所々に血が付着しており、近くの手すりからはチェーンが一階の方まで伸びていた。


「そうか。これで一階に――」


 彼女はとっさに兵達にそこから飛び降りて敵を探すように指示をした。兵達は飛び降りると難なく着地し、そのまま周囲を見渡した。


「どこ!?敵はどこなの!?」


 彼らの視界の一つ一つより情報を集める。しかし敵の姿は見えない。


「隠れた?でもこんな短時間でどこに?」


 ぶら下がった鎖の近くにある教室の窓ガラスは割れた形跡もなければ誰かが入った形跡もなかった。


(もし入っていたとしたら血の跡があってもおかしくないはず。一体どうなってるの?)


 階段の方に視線を移す。設置された窓に目をやったその時――


「もらったぁぁぁっ!!」


 タカカミはそこにいた。窓の向こうから銃弾を放つ。それらは彼女の腹部を二度貫き、彼女は崩れ落ちた。


「あ……あぁ」


 砕けた窓ガラスから彼は飛び込み、崩れ落ちた彼女の元に近づく。


「どうして……もう、そこに」


「あ?そりゃあっちから飛び降りてなんざいねぇからよ。こっちの出口側から飛び降りたんだよ」


「な……なんですって?」


 タカカミの作戦はこうだ。

 まず屋上入口のドアから左斜め上の方向に設置された金網に穴をあけてそこから飛び降りたように見せかける。彼女の指揮していた兵隊はそこから飛び降りた。

 そして屋上の入り口の反対側……つまりはこの出入口は平面から出っ張っており、視界から隠れていた方にも設置されていた金網の方を破って脱出したのだ。そこからだと屋上行の階段近くを真っすぐに下に降りれるのだ。タカカミはそこから降りる際、敵がこちらの階段から登ってくるだろうと推察。銃を手にしてチェーンでぶら下がった位置から階段の窓をぶち抜いて彼女へ攻撃したのである。


「そ……そんなことって……ふざけてる」


「お前の能力もな」


 銃口を彼女に向ける。


「まって……まだ死にたく――」


「黙れ」


 銃声が轟き、決着はついた。血にまみれ、涙を流す死体を背にして彼は階段を下る。


「これでいいか?審判さん」


「はい。大丈夫です。お疲れ様でした」


「何がお疲れ様でしただ。今回ばかりはマジでやばいと思ったぞ!なんだあれ。無限に仲間作れるとかさ」


「無限ではありません。魔力が切れれば全部消えます」


「はいはいそうですか。これで後……十人倒せばいいんだろ?」


「ええ。そうです」


「じゃあ俺を……あ、待った」


 階段を登って遺体のある場所まで向かう。そしてその眼を光らせる。


「……だめか」


「どうしましたか?」


「いや、死体にコピー能力を使ってみたが……ダメらしい」


「ええ。そうですね」


 タカカミはため息を吐いてがっかりした。


「そうだよな。死体に使えたら戦うたびに、勝つたびに確実に能力増えて手が付けられなくなるもんな。よし……それじゃあ家に帰してくれ。疲れたから寝たい」


「畏まりました。それでは」


 光の輪に包まれる。その際、崩れ落ちた敵の彼女に視線を向ける。


(あの言葉の感じだと……教師か?)


 スーツ姿の彼女の遺体と最期の言葉を思い返した。


(教師か……なんでそんなのになるかね)


 光はやがて彼を包み、彼はその場から消えた。






「あ、報酬は?」


「はい。これを――」


 数日後、タカカミはスズノカより儀式を生き残った報酬を受け取っていた。封筒の中身を取り出すと彼は上機嫌で数え始める。


「あの……そのお金で何をしているのです?ギャンブル以外に」


「あ?そりゃあギャンブル以外なら……読書だな」


「読書ですか?」


 その答えが意外だったのかスズノカは固まっていた。


「そう。読書。ギャンブルできない日は本を読んで過ごすのさ。古本屋なら千円札一枚で数冊買えるからな。お得よホント」


「なぜギャンブルをするのです?お金の無駄じゃないんですか?」


「あ?そりゃあ……熱くなれるとか……ああそうそう」


 財布に封筒に入っていたお金の一部を抜き取って入れる。


「忘れたりできるからかね。色々」


「忘れる?」


「あー違う。離れられるっていうの?こう……いやな現実というか」


「……そんな事の為にお金を使っているのですか?」


「……そんな事ってなんだよ」


 タカカミは声を荒げ始めた。


「大体俺が手に入れたもんだろ!どう使おうが勝手だろ!」


「ええ。そうですね。ならなぜ読書を?その分も回せるのでは?」


 怒りに満ちたタカカミにスズノカは質問を投げる。


「そりゃあ……俺が俺であるため?」


「どういう意味です?」


「……どういう意味だろうね」


 怒り心頭の状態から一気に空気が抜けたように彼は固まった。


「まあいいさ。俺、出かけるからお前も去ってくれよ」


「かしこまりました。次の戦いが決まりましたら連絡します」


「おう、頼むわ」


 彼女はタカカミに一礼するとその場を去っていった。


「さーてと」


 財布をぎゅっと握ってニヤリと笑うとタカカミは浮足立って自室を出ていった。

 なお、この日は昼に出て深夜に帰り、財布は空にはならずに済んだレベルだった。

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