X-1 プロローグ

――初めに断っておきます。別にギャンブルで負けたからと言って人類を滅ぼしたわけじゃありません。ちゃんと理由があってこうなったのです。それも正当な理由で

           最初の頃にカセットテープに録音した言葉より一部を抜粋






 その日も澄んだ青空が日本のどこかにあるC町で広がっていた。

 季節は冬で厚めの上着が手放せない頃。

 その町に一人の男が住んでいた。名前は昏仕儀くらしぎタカカミ。身長は成人男性の平均より大きい百七十八センチほど。服装はシャツの上から革ジャンを着てジーパンを履いている。

 年はその日の時点で三十を超え、定職に就くこともなく、ある日を境にフリーターとして生計を立てていた。そして彼は仕事のない今日は黙々と家の近くにあるパチ屋に向かって歩いていた。

 町の駅の近くにあるパチ屋、『ゴールドシープス』。一般的にパチンコ・パチスロ店とは世間にはあまりいい意味を持たれない。そんな場所に集うのは一攫千金を求めたりする連中か、それとも時間つぶしが目的か。


(まあ大半は金が欲しいクズの連中だろうけどね。それも殆どが自分の耳がどうなってもいい連中だろうし)


 そんなことを思いながらタカカミは今日の台を選ぶと席に着き、早速スロットを打ち始めた。

 店内はかなり煩く、そんな中で彼はスロットマシンに熱中していた。朝から入った彼の周囲の座席には人はいない。

 彼がギャンブルにはまったのはバイト先の罵声や仕事疲れなどから逃げるためで、さらにはもしかしたから働かないで食っていけるかもという希望をそこに添えていたから。しかし結局、彼はスロットでは食っていけないという事実を掴む。その時には汗水たらして働いて得た割には少ない給料の大半を吸われたと気づいた時だった。


「えー、それハズれるのかよ……」


 台を軽く叩きつつ当たると思っていた大きなチャンスを逃したことに苦い面をする。彼の中では結構な当たりへの確信を抱いていたのだが、結局は失敗に終わる。


「あー……


 だが、直ぐに立ち直った。所詮スロットマシンなんて大半はこんなもんだ。いい感じの雰囲気を出しては大半が外れて打ち手の心を煽って金を突っ込ませる。作った側から見るとなんともまあ、楽な商売な事か。


――こういう時でも『一発逆転』を信じて回せばいいのさ


 力んで荒れた手でベットボタンを押してレバーを叩きつつスロットマシンの横についている「サンド」と呼ばれる機械に一万円札をまた一枚突っ込んだ。やがてメダルがジャラジャラとスロット下に設置されたメダル受けの皿に流れ込む。

 ちなみに今日これで六万円の損をしていることに彼はまだ気づいていない。


「これマジでどうするかなあ。まあいいや。続けちゃえ」


 ギャンブル依存症とも呼ばれてもおかしくないそんなペースで続けること約八時間後。彼のスマートフォンが振動して大きな音を鳴らした。それをゆっくりと取り出すと彼はまた頭を抑えて苦い顔をする。


「うげ、もうこんな時間か」


 気が付けば閉店時間が差し迫っていた。彼の周囲には人はいなかった。


(もう少し打つか?いやでも自分で決めたんだし今日はもう帰ろう)


 椅子から立ち上がり、長いこと椅子に座っていたせいか背伸びを我慢しきれずにいた体を伸ばし、突っ込んだ十万円から得た少ないコインを透明なドル箱にかき集めて計測へと向かう。


「あーまいったなぁホント」


 一人、コイン測定器の前に立って持っていたコインを雑にを流し込む。渋い顔をしつつもどこかわかり切った顔で表示された枚数を見たとき、彼の心は落胆の海に飲まれていた。


「うわちゃー……これはないわ」


 大きくため息を吐いて落胆する。


――でもどうでもいいか!今日これだけ負けたなら明日には勝てるだろうさ


 遅れて根拠なき自信が彼を振るわせようとやってくる。根拠はなかったが。

 マシンが吐き出した記録用紙を乱雑に取り出して片手に取って見つつ、今日の夕飯をどうするかと考える。


「……まあカップ麺くらいなら許されるか?損が明らかにひでぇ気がするけど」


 そのまま店を出ると辺りはすっかり暗闇に包まれていた。人の気配は周囲にはない。静寂に包みこまれ、街灯が照らす自宅までの夜道の歩道を歩いて行く。夕飯とついでに明日をどうするかを考えながら。明後日以降は考えていない。というよりも考えたくもなかった。


「ああクソ、ほんと嫌だわ……なんであれもこれをペケを出すかなほんと……」


 今日のスロットでの出来事をブツブツと嫌味ったらしく吐き散らす。それはとても周囲によく聞こえるほどにの声だった。

 そんな道を歩いていた時だった。突如彼のもとに光が差し込んだ。


「うわぁっ!?」


 思わず声が出た。光のもとを見るとそこは他の家についていたライトが彼を照らしていた。よく見るとセンサーらしき機材がつけられておりそれが彼に反応したのだろう。


「ビビらすなっての!」


 怒気を含んだ声でライトに彼は八つ当たりをする。


「……まさかな」


 ライトのついていた家からは誰も出る気配はない。別に謝る気はなかったが何故か固まっていた。じっとしていたが、やがて足を自宅のマンションに向けて歩き出す。


(……なんで俺、こんなんなっちゃたんだろ)


 道路の隅の自分に向かって伸び切っている雑草がゴールテープのように足元に伸びているのを見た時、また彼の足が止まる。


「昔はまともな仕事について二十八までに結婚って考えていたけど……それは厳しかったか」


 そんな彼にも夢はあった。将来は理想的な仕事についていなくても家庭を持って幸せに暮らしたいという理想。男にしてはややずれた理想であるかもしれないが。


(……なあ。俺はどうしたらよかったんだ?いや――)


 ふと夜空の月を見上げる。今宵の月は満月できらめく光が彼の瞳に映った時、少しだけ救われた気がした。


「俺ごときが……俺のような人間のクズが救いを求めてるなんて馬鹿げてるよな?」


 しゃがみこんで伸びきっている道路の雑草に向けて彼は呟いていた。彼は端的に言えば何をすればいいのかわからなかった。この場所で。この世界で。

 月明りに背中を押されるように、ぶつくさ言っていた彼はそうした調子で自宅のアパートにたどり着く。ドアを開けて靴を乱雑に脱ぎ捨ててベッドに転がり込む。


「食事と……『日課』は今はいいか」


 食事と『日課』は後にすることにした。怒りに疲れたのか眠たくなっていた。


(メシはなんか今はいいし……『日課』は明日でいいか)


 寝転がりつつ部屋の隅に置かれた机の上に視線を向ける。設置された機材と積まれた何か。そこに視線を向けていた瞼はやがて来る眠気に負けて閉じて落ちる。

 彼の瞼が次に開いたときは正午の光が部屋に差し込み始めた時だった。ゆっくりと体を起こした彼は自分が昨日の遊びの休憩から何も食べていないという事実を腹の感覚で思い出した。部屋の低い脚のテーブルの真下に山のような形で蓄えてられていた食料の内にある一つのカップ麺を開け、近くのポットでお湯を注いだ。さらに蓄えていた食料からは缶詰に手を伸ばし、カップ麺の待ち時間ついでに開いてパクパクと食べだす。


「つい醤油味を取り出すと何故かこれも欲しいと思っちまうのは何でだろうな」


 テーブルの上に置いたカップ麺が出来上がるまで待っている時、彼は頭を空っぽにしていた。昼ともいえる時間、眺めていた窓の外からは音は特にしない。ふとテーブルの脚の外側近くに落ちていたプラスチックのケースに気づく。はっとして彼はそれを掴む大きさは成人男性の握りこぶしよりもやや小さいほどだった。ケースには西暦の年号と日付がマジックで書かれていた。


「いけねえいけねえ。『とっても大事なモノ』だってのに……」


 記載された日付を見て彼はそれを近くの机の隣に置かれたクーラーボックス程の大きさの鉄製の箱にしまい込む。中には綺麗に並べられた形でズラリと同じ形のケースが並んでいた。


「えーっとこれは……ああでもこれの整理やってたらカップ麺伸びちまう……」


 カップ麺が気になっていた彼は面倒になったのかとりあえず元の形に合わせてそれをしまい込んだ。割り箸を食料が置かれていたところから一本取り出してかき混ぜ出す。時間としては丁度よかったのか麺も解れていた。


「今日はいい感じに食えそうだな。ごはん炊いときゃよかったなぁ」


 漂い出した香りは彼の食欲をそそり出す。


 今の所、彼にとっての少ない楽しみは三つ。一つ目にギャンブル。二つ目に食事。そして三つめは『ある種趣味と呼べるもの』。ギャンブルに関しては単に少ない趣味、食事は人間として。


(今日はどうするかなぁ……昨日は盛大に負けたしギャンブルは控えるか)


 ガツガツと食べ終えると彼は立ち上がり、カップ麺とポテトチップスの袋をゴミ袋に入れる。


「ああでもお米ないし……スーパーからここまで運ぶのめんどいなあ」


 キッチンの近くに置かれた炊飯器はよく見ると埃を被っている。炊くには少し不衛生だ。


「掃除すりゃあいいけど……止めといたほうがいいかな」


 手間に合わなかったのかあっさりと諦めた。


 次に片づけを終えた彼はリビングに戻ると部屋の隅に置かれていた机の椅子に腰かける。近くの機材に視線が映った時、一呼吸おいて彼はそれまで曇っていた顔に火のついた眼にしかめた顔になって機材のスイッチを入れ始める。彼の様相を変えたその機材の形は直方体で色は全体的に白。二つの中身が見えるガラスがついたドアのようなパーツとその下に複数のボタンが横一列に綺麗に並んでいる。


「まだ使っていないテープは……これか」


 その機材の主な機能はカセットテープの録音及び再生機能。さらにはテープの内容を別のテープに流し込める機能が搭載されている。平成も終わり、令和の時代が始まったこんな時代で彼としても見つけられたのは奇跡だと思っていた。


 その機材に規則正しくならんでつけられたボタンの群れの内、目的のボタンの一つを押した。そして機材につけられていたマイクに向けて録音を始めた。


「まず人類が滅んだのはある人物の仕業です。その者の名前は昏仕儀タカカミ。つまりこの私です」


 淡々と告げられた一つの事実を伝える。


(……もうちっと何とかならんかったかなあこの辺。まあわかりやすいからいいか)


 吐き出される言葉にぎこちなさを感じていた。そして一息入れると彼は話を続ける。


「私が人類を滅ぼしました。その経緯についてこのテープから話をしていこうと思います」


 二千二十X年。人類はその年、滅んだ。彼一人を残して。

 外に広がる光景はただ町であることを示すだけの建物しかなく人はおらず、代わりに空より降り注ぐ奇妙な白いもやのような光が町を覆っていた。


「では事の発端となったある年の四月からです。彼女は本当に……突然にやって来ました」


 彼の名は昏仕儀タカカミ。

 世界から人類を滅ぼした者。今、そこに至るまでの過程が語られようとしていた。

 タカカミの瞳が外の世界に向けられる。彼の住む綺麗な街並みの向こうには崩れて落ちた廃墟の群れが砂塵によって見え隠れしていた。

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