第39話 80万分の1 の幸運

 夏人なつとは、ひいらぎの様子がおかしいことに気付いていた。楽しかった『三校定期戦』が終わった直後からだ。

部活終わりのコンビニにも、殆んど寄らなくなった。

スイミングクラブで基本に戻って練習してるから時間がない、という理由だ。


 「柊の様子?確かに付き合いは悪くなってきたけど……」

「だね、時々あるよ。水泳に没頭しちゃって、周りが見えなくなる時」

斗真とうまいつきは、心配ないよ、と笑う。

「もしかして柊のヤツ、夏人に駆け引きしてるんじゃない?今まで押しまくってきたから、今度は引いてみてるとか」

たくみがそう茶化すと、それはないな!と斗真と樹が揃って否定した。


 ……駆け引きなんて柊くんはしないよな。


夏人も柊がそんなことをするとは思えない。

やはり、何か気に障るようなことをしたのか。もしくは言ったのか。

夏人には思い当たる節がないが、知らず知らず柊を傷つけてしまったのかもしれない。

 そんな悶々とした日々を夏人は過ごしていた。



 「不安なら、直接聞いてみたら?」

斗真の言うことは正解だ。

しかし、柊のオーラが自分を拒絶しているようで、夏人は言葉にできない。

怖いのだ。


 ……嫌われてたらどうしよう。

 ……別れたいって言われたらどうしよう。


どうしても、マイナス思考に引っ張られてしまい、夏人は言葉に詰まってしまう。


 

 

 「じゃ、お先」

明日から冬休みになるというのに、今日も殆んど話せないまま、柊は部室から出て行った。

ドアが閉まった瞬間、夏人は大きく溜め息を吐いた。


「まぁ、確かに変かな」

「柊も意外と顔に出やすいからなぁ」

「ちゃんと話したほうがいいかもな。時間が経つとどんどん気まずくなるし」

夏人と柊のやりとりを見ていた3人も、さすがに心配になってきたようだ。


  

 ……そうだよな、このままグズグズしてちゃダメだ!


帰宅した夏人は、柊も落ち着いた時間であろうと予想し、21時を過ぎた頃に勇気を出してLINEを送った。

『柊くん、今何してるの?』

迷った挙句、なんともつまらない文章を送り、スマホをベッドに置く。

すると、すぐ『ピコン』と通知音が鳴った。

慌ててスマホを開くと『自由形フリーのYouTube見てた』という返事がきた。


 

『クリスマス何か予定ある?』

『特にない。スイミングも休みだし』

『そうなんだ。もしよかったら一緒に、イルミネーション見に行かない?』


スマホを持つ夏人の手は震えていた。

もちろんその緊張は、この文字からは伝わらないだろう。

すぐ既読は付いたが、柊からの返事が来るまで、少し間があった。

  

 ……迷っているのかな?


 付き合い始めてから、間もなく5ヶ月になる。

その間、初めてのデートで水族館に行った時も。

テスト勉強のため、図書館に行った時も。

休日にご飯を食べに行った時も。

一緒に水着を買いに行った時も。

全て、柊から誘ってくれた。


 ……俺、柊くんに甘えっぱなしだったんだなぁ。


『OK』というスタンプと共に『いつ?』と返事がきた時、夏人はホッと胸を撫で下ろした。

『25日の夜6時に待ち合わせでいい?』

『了解』

かなり素っ気ないやりとりだった。

だが、最後に柊から送られてきた文字に、夏人の顔は思わずほころんだ。

『楽しみにしてるよ』




 12月25日。

待ち合わせ場所に20分も早く到着していた夏人は、クリスマス一色でキラキラと輝いている街とは反対に、そわそわと落ち着かなかった。


 柊と2人で出かけるのは久しぶりだ。しかもここ1ヶ月は、まともに話しもしていないのだ。

夏人が緊張するのも無理はない。

 

 ……今日こそちゃんと聞くんだ!


柊が何故、急によそよそしくなったのか、どう考えても夏人には分からない。

もし自分の言動が原因ならきちんと謝ろう、と決めてここに立っていた。


 ……でも、もし別れたいって言われたら、どうしよう……。


緊張と不安で夏人の体は冷たくなっていた。




 「マジ、さみぃ!!」

不意に柊の声が聞こえた。

顔を上げた夏人に、悪い、待ったか?と柊は尋ねた。

「寒いんだから、店の中で待ってれば良かったのに」

「ううん、大丈夫だよ、俺も今来たとこだし」

柊は約束の時間より5分遅れて、この場所に来た。

ということは、夏人は25分、寒空の下待っていたことになる。


 「嘘つけ!こんなに冷たいじゃん」

そう言った柊は、すっかり冷え切った夏人の手に、カイロを握らせた。

「あ、ありがと……」

「いや、俺が待たせたからな、ごめん」

柊のいつもの優しい表情に、夏人の緊張が解け始める。

カイロのおかげか、寒さも少し和らいだ気がしていた。


 ……いや、きっと柊くん自身が、俺のカイロなんだ。


「なんか言ったか?」

夏人の3歩前を歩いていた柊が、振り返った。

「ううん、なんでもない!早く行こう!」

笑顔で夏人は柊の隣に並んだ。




 「キレイだなぁ……」「うん、キレイだ」

イルミネーションを見上げた夏人と柊は、その美しさに『キレイ』の単語しか出ないことに、顔を見合わせて笑った。


 

 市内中心部を東西に走る片側3車線の県道がある。

中央に広い緑道があり、約100本の街路樹が植えられている。

その街路樹に、およそ80万個のオレンジ色のLEDが取り付けられている。

 まさに光のトンネルだ。

毎年12月中旬から大晦日までこの街を彩る冬の人気イベントで、全国的にも有名になっているのだ。


 今夜その緑道は、大勢の見物客でごった返していた。

写真を撮ったり、立ち止まって美しさに浸っていたり。

皆思い思いに、この冬の風物詩を楽しんでいる。



 「今年は青の電球なんだって」

夏人が楽しそうに言った。

「あー、一個だけ違う色のヤツを見つけると、願いが叶うって話ね」

「そう、昨年はピンクだったんでしょ?」

「みたいだな。てかさ」

柊が難しい顔をした。

「この中から、一個って……。無理じゃね?何十万個もあるんだろ?」

そう言った柊は、スマホを取り出した。

「何してるの?」

「いや、見つけた誰かが、SNSで呟いてるんじゃないかと」


 夏人は慌ててそれを止めた。

「ダメだよ!自力で見つけないと意味ないじゃん!奇跡だから願い事が叶うんだよ」

「え?お前そんな話、信じてんの?」

女子か!と、柊がクスクスと笑った。


 「…………」

少しふくれっ面をした夏人は、黙って、青色のLEDを探した。

  

 腹減ってきたし、さみぃし、そろそろどっか店に入ろうぜ、と言う柊の声を無視して、夏人は懸命に探した。

「おい!夏人マジで……」

「……!!あ、あった!」

柊が再び話し掛けた時、夏人が指を差しながら声を上げた。

「え?どこ?」

「ほら、あれ、あそこ!」

柊は目を細めて、夏人が指差す方向を見つめた。

「あー、ほんとだ」


 確かにそこには、青色のLEDが一個だけ輝いていた。

『80万分の1』の奇跡を、夏人は見つけたのだ。



「よし!満足しただろ?腹減った、どっか店行こう!」

急かされた夏人は、慌てて柊の後を付いて行った。

「あ、ところで」

歩く速度を落として、柊は夏人に聞いた。

「お前の願い事ってなに?」


 夏人は思わず立ち止まった。

いつも通りの柊のペースに力が抜けて、肝心なことを聞いていなかったのを思い出したのだ。

「俺の願いは……」

夏人は軽く深呼吸をした。

「柊くんに嫌われてませんように。これからもずっと付き合っていけますように……です」


「は?お前なに言ってんの?」

柊がポカンとした顔で言った。

その柊の反応に、え?と夏人も戸惑った。



 光のトンネルの真ん中で、夏人と柊はお互い思考が止まったように、2人は顔を見合わせたまま微動だにしなかった。





 


 


 








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