第39話 80万分の1 の幸運
部活終わりのコンビニにも、殆んど寄らなくなった。
スイミングクラブで基本に戻って練習してるから時間がない、という理由だ。
「柊の様子?確かに付き合いは悪くなってきたけど……」
「だね、時々あるよ。水泳に没頭しちゃって、周りが見えなくなる時」
「もしかして柊のヤツ、夏人に駆け引きしてるんじゃない?今まで押しまくってきたから、今度は引いてみてるとか」
……駆け引きなんて柊くんはしないよな。
夏人も柊がそんなことをするとは思えない。
やはり、何か気に障るようなことをしたのか。もしくは言ったのか。
夏人には思い当たる節がないが、知らず知らず柊を傷つけてしまったのかもしれない。
そんな悶々とした日々を夏人は過ごしていた。
「不安なら、直接聞いてみたら?」
斗真の言うことは正解だ。
しかし、柊のオーラが自分を拒絶しているようで、夏人は言葉にできない。
怖いのだ。
……嫌われてたらどうしよう。
……別れたいって言われたらどうしよう。
どうしても、マイナス思考に引っ張られてしまい、夏人は言葉に詰まってしまう。
「じゃ、お先」
明日から冬休みになるというのに、今日も殆んど話せないまま、柊は部室から出て行った。
ドアが閉まった瞬間、夏人は大きく溜め息を吐いた。
「まぁ、確かに変かな」
「柊も意外と顔に出やすいからなぁ」
「ちゃんと話したほうがいいかもな。時間が経つとどんどん気まずくなるし」
夏人と柊のやりとりを見ていた3人も、さすがに心配になってきたようだ。
……そうだよな、このままグズグズしてちゃダメだ!
帰宅した夏人は、柊も落ち着いた時間であろうと予想し、21時を過ぎた頃に勇気を出してLINEを送った。
『柊くん、今何してるの?』
迷った挙句、なんともつまらない文章を送り、スマホをベッドに置く。
すると、すぐ『ピコン』と通知音が鳴った。
慌ててスマホを開くと『
『クリスマス何か予定ある?』
『特にない。スイミングも休みだし』
『そうなんだ。もしよかったら一緒に、イルミネーション見に行かない?』
スマホを持つ夏人の手は震えていた。
もちろんその緊張は、この文字からは伝わらないだろう。
すぐ既読は付いたが、柊からの返事が来るまで、少し間があった。
……迷っているのかな?
付き合い始めてから、間もなく5ヶ月になる。
その間、初めてのデートで水族館に行った時も。
テスト勉強のため、図書館に行った時も。
休日にご飯を食べに行った時も。
一緒に水着を買いに行った時も。
全て、柊から誘ってくれた。
……俺、柊くんに甘えっぱなしだったんだなぁ。
『OK』というスタンプと共に『いつ?』と返事がきた時、夏人はホッと胸を撫で下ろした。
『25日の夜6時に待ち合わせでいい?』
『了解』
かなり素っ気ないやりとりだった。
だが、最後に柊から送られてきた文字に、夏人の顔は思わずほころんだ。
『楽しみにしてるよ』
12月25日。
待ち合わせ場所に20分も早く到着していた夏人は、クリスマス一色でキラキラと輝いている街とは反対に、そわそわと落ち着かなかった。
柊と2人で出かけるのは久しぶりだ。しかもここ1ヶ月は、まともに話しもしていないのだ。
夏人が緊張するのも無理はない。
……今日こそちゃんと聞くんだ!
柊が何故、急によそよそしくなったのか、どう考えても夏人には分からない。
もし自分の言動が原因ならきちんと謝ろう、と決めてここに立っていた。
……でも、もし別れたいって言われたら、どうしよう……。
緊張と不安で夏人の体は冷たくなっていた。
「マジ、さみぃ!!」
不意に柊の声が聞こえた。
顔を上げた夏人に、悪い、待ったか?と柊は尋ねた。
「寒いんだから、店の中で待ってれば良かったのに」
「ううん、大丈夫だよ、俺も今来たとこだし」
柊は約束の時間より5分遅れて、この場所に来た。
ということは、夏人は25分、寒空の下待っていたことになる。
「嘘つけ!こんなに冷たいじゃん」
そう言った柊は、すっかり冷え切った夏人の手に、カイロを握らせた。
「あ、ありがと……」
「いや、俺が待たせたからな、ごめん」
柊のいつもの優しい表情に、夏人の緊張が解け始める。
カイロのおかげか、寒さも少し和らいだ気がしていた。
……いや、きっと柊くん自身が、俺のカイロなんだ。
「なんか言ったか?」
夏人の3歩前を歩いていた柊が、振り返った。
「ううん、なんでもない!早く行こう!」
笑顔で夏人は柊の隣に並んだ。
「キレイだなぁ……」「うん、キレイだ」
イルミネーションを見上げた夏人と柊は、その美しさに『キレイ』の単語しか出ないことに、顔を見合わせて笑った。
市内中心部を東西に走る片側3車線の県道がある。
中央に広い緑道があり、約100本の街路樹が植えられている。
その街路樹に、およそ80万個のオレンジ色のLEDが取り付けられている。
まさに光のトンネルだ。
毎年12月中旬から大晦日までこの街を彩る冬の人気イベントで、全国的にも有名になっているのだ。
今夜その緑道は、大勢の見物客でごった返していた。
写真を撮ったり、立ち止まって美しさに浸っていたり。
皆思い思いに、この冬の風物詩を楽しんでいる。
「今年は青の電球なんだって」
夏人が楽しそうに言った。
「あー、一個だけ違う色のヤツを見つけると、願いが叶うって話ね」
「そう、昨年はピンクだったんでしょ?」
「みたいだな。てかさ」
柊が難しい顔をした。
「この中から、一個って……。無理じゃね?何十万個もあるんだろ?」
そう言った柊は、スマホを取り出した。
「何してるの?」
「いや、見つけた誰かが、SNSで呟いてるんじゃないかと」
夏人は慌ててそれを止めた。
「ダメだよ!自力で見つけないと意味ないじゃん!奇跡だから願い事が叶うんだよ」
「え?お前そんな話、信じてんの?」
女子か!と、柊がクスクスと笑った。
「…………」
少しふくれっ面をした夏人は、黙って、青色のLEDを探した。
腹減ってきたし、さみぃし、そろそろどっか店に入ろうぜ、と言う柊の声を無視して、夏人は懸命に探した。
「おい!夏人マジで……」
「……!!あ、あった!」
柊が再び話し掛けた時、夏人が指を差しながら声を上げた。
「え?どこ?」
「ほら、あれ、あそこ!」
柊は目を細めて、夏人が指差す方向を見つめた。
「あー、ほんとだ」
確かにそこには、青色のLEDが一個だけ輝いていた。
『80万分の1』の奇跡を、夏人は見つけたのだ。
「よし!満足しただろ?腹減った、どっか店行こう!」
急かされた夏人は、慌てて柊の後を付いて行った。
「あ、ところで」
歩く速度を落として、柊は夏人に聞いた。
「お前の願い事ってなに?」
夏人は思わず立ち止まった。
いつも通りの柊のペースに力が抜けて、肝心なことを聞いていなかったのを思い出したのだ。
「俺の願いは……」
夏人は軽く深呼吸をした。
「柊くんに嫌われてませんように。これからもずっと付き合っていけますように……です」
「は?お前なに言ってんの?」
柊がポカンとした顔で言った。
その柊の反応に、え?と夏人も戸惑った。
光のトンネルの真ん中で、夏人と柊はお互い思考が止まったように、2人は顔を見合わせたまま微動だにしなかった。
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