第32話 もう1人の初恋
多分、名前を呼ばれた本人よりも、ワクワクしていた。
表彰台の2番目に高い場所に立った柊の首に、銀メダルが掛けられた。
その瞬間夏人は、自分の事のように喜び、拍手をした。
しかし、観覧席から見える柊は、どこか浮かない顔をしている。
2日前から、全国高等学校総合体育大会の県予選会が始まっていた。
競泳自由形100m、200m、それぞれの決勝に進んだ柊は、得意としている200mで、見事に準優勝した。100mでは、表彰台を逃したものの、予選タイムをクリアをし、こちらも地区予選に駒を進めることが出来た。
インターハイへの第一歩だ。
なのに、その顔は…。柊はあまり嬉しくないのだろうか。
夏人は首を傾げた。
「あーあ、柊、またあんな顔してる」
どかっと隣に座った
「心配すんな、あいつ、いつもあんなんだから」
「え?そうなの?柊くん嬉しくないの?あ、もしかして優勝じゃないとダメ、とか?」
夏人の質問に、斗真は首を横に振った。
「タイムだよ。柊は順位とか誰かに勝つとか、興味ねぇの。自己新記録を出せるかどうか、それだけ。今回は出なかったみたいだからな」
あー、そうか。柊くんらしいな。きっとライバルは昨日の自分なんだ。
夏人は妙に納得した。
その時、表彰台から降りた柊と目が合った。
少し照れ臭そうに笑った柊は、夏人に向かってメダルを見せながら、大きく手を振った。夏人も大きな拍手をして、その笑顔に応えた。
「なぁ、
2人のやりとりを静かに見ていた斗真が声をかける。
「うん?」夏人は斗真に顔を向けた。
「これは、俺の勝手な独り言だと思ってもらっていいから、聞いてもらえるか?」
夏人は不思議に思いながらも「うん、もちろん」と少し背筋を伸ばして、斗真に体を向けた。
中学入学と同時に、関東から、父親の実家があるこの町に引っ越してきたこと。8歳離れた双子の妹がいること。離婚して母親はいないことなど、斗真は淡々と夏人に話す。
「その母親ってのが、最悪でさ。男癖が悪くて、浮気ばっかしてて。親父も呆れて何も言わないのをいいことに、妹たちがまだ3歳の時、男と出て行ったんだよ」
斗真は苦笑いしながら話を続ける。
「親父は当然仕事してるから、まだ小5の俺が妹たちの世話とか、家事とかやってて。友達と遊ぶこともできなくて」
「ま、あとはお決まりの『不良コース』まっしぐらだったね」
夏人は何故、斗真が自分自身の話をしてくれるのか疑問だったが、口を挟まず黙って聞いていた。
「どうしようもなくなった親父が、転職して地元に戻ることにしてさ。こっちには、ばぁちゃんもじぃちゃんもいるからな」
「じゃあ今は、皆で一緒に住んでるの?」
「おお。6人家族だ。毎日うるさいよ!」
夏人は、ははは、と笑う斗真が、大人びている理由が少し分かった気がした。
「でも俺は、知らない土地が嫌で、ますます荒れたよ。中学でも喧嘩はするし、学校はサボるし、友達も作らないし」
「そんな俺を、最初から気にして、何かと声をかけてくれたのが、1年の時同じクラスになった柊なんだ」
夏人には想像できた。
斗真も、適度な距離を取りながらも側にいてくれる、魅力的な柊に、気が付いたら引っ張られたのだろう、と…。
だが次の言葉に、夏人は驚きのあまり一瞬固まった。
周りの空気を道連れに、固まってしまった。
「柊は、俺の初恋だったんだ」
「……………!!」
「男同士、なのに?だろ?」
夏人は大きく首を横に振った。
「え、そうじゃなくて。だって吉澤くん、彼女さんいるでしょ?確か中学の同級生って…」
「うん。
夏人の困惑した顔を見た斗真はクスっと笑った。
「俺さ、別に男の方が好きとかじゃないんだ。現に、今も朱莉と付き合ってるし」
「でも、なんていうのか。柊は俺の特別だったんだよね」
どこか優しい顔をしている斗真から、夏人は目が離せなかった。
「クラスで浮いてる俺に、全然普通に接してくるアイツを、初めはウザくて拒否ってたんだけど。いつの間にか柊のペースに巻き込まれて、気付いたら水泳部にまで入っててさ」
夏人は自分と全く同じ経緯で柊と友達になった斗真に、親近感を覚えた。
「もちろん友達として、信頼してたし好きだったんだけど…」
「いつからか、柊の言葉や態度に一喜一憂したり、嫉妬?みたいなものを感じたり。とにかく、他の男友達とはなんか違かったんだよね」
夏人の心臓の音が、ドクドクとうるさくなる。
顔が熱くなり、体温も僅かに上がってきている気がした。
斗真のそんな感情が理解できてしまう夏人は、少し汗ばんできていた。
「で、でも、それがどうして『初恋』だったって思うの?」
夏人は困惑していた。
「朱莉ってさ」
斗真は急に彼女である、
「どっちかというと、大人しいタイプで、目立つ子じゃなかった。ほとんど1人で居たし、笑うところもあんま見たことなかったな」
「でも俺いつの間にか気になってて、いつも目で追うようになってたんだ」
硬派な斗真の意外な一面を、夏人は見ている気がした。
「で、そのうち、柊に抱いていた気持ちと同じような想いを、朱莉にも抱くようになって。気付いたら朱莉を好きになってた」
「柊にそのことを話したら、アイツ馬鹿みたいに喜んで。お前が好きになった女なら間違いない、だからちゃんと気持ちを伝えてみろって言われてさ」
柊くんらしいな、吉澤くんが振られる可能性なんて、考えなかったんだろうな…。
夏人は、そんな中学生の柊を想像して、少し可笑しくなった。
「そう言われた時、俺は柊に振られたような気がしたよ。やっぱり俺は、柊と友達以上の関係にはなれないって」
「でも、それで俺は吹っ切れた。柊がいつも俺を気にしてくれて、助けてくれた様に、今度は俺が、朱莉を笑顔にしてやりたいって」
「そっか。それで、思い切って告白したんだね」
「まぁな。向こうはすげぇ驚いてたけど、泣きながらOKもらったよ」
「朱莉さん、嬉しかったんだね」
「…そうらしい」
照れ臭そうに、斗真は頭を掻いた。
「そんで、しばらくして思ったんだ。朱莉への好きと、柊への好きは、同じ気持ちなんじゃないかって」
相手の言葉に一喜一憂したり、ささやかなことが幸せだったり、嫉妬したり、毎日一緒に居たいと思ったり、全部同じ気持ちだった、と斗真が言った。
「こういう想いが恋なら、俺の『初恋』は柊だったんだって、気付いた」
斗真は、少し遠い目をして話す。
「…。吉澤くん、なんでそれを俺に話してくれたの?」
夏人は頭がいい。実は既に、斗真の意図を感じ取っているのだが、敢えて聞いたのだ。
「うん、間違ってたらごめんな。椎名は柊のこと好きでしょ?恋愛的な意味で」
あー、やっぱり…。
夏人はもう自分でわかっていたのだ。
わかってはいたが、同性を好きになることを、認めるのが怖かった。
きっと、それに気が付いた斗真は、自分の過去を
夏人は俯いた。そして、コクンと小さく頷いた。
「柊は、人の気持ちを馬鹿にするヤツじゃないし、人の幸せを真剣に願うヤツでしょ。そんなの、椎名がよく知ってるよね?」
「うん……」
「お前たちの間に何があったかわからないけど、明らかに柊と椎名は、前よりずっと信頼し合ってるように見えるよ。雨降って地固まるって感じ?」
「………」
斗真の観察力に、夏人は驚かされた。
「同性を好きになるって、戸惑うのは当たり前だけどさ。男だろうが女だろうが、結局は人間じゃん。人が人を好きになるのに、理由なんていらないだろ?」
そう笑った斗真はクールに見えるが、柊や死んだ陸玖に、引けを取らない熱量を持った男なんだ、と夏人は気付いた。
「あ、それに」
斗真は夏人の耳元で囁くように言った。
「柊は多分、椎名が思っている以上、お前を意識してるよ、いろんな意味で」
斗真のその含んだ言い回しに、夏人は何かを感じ取ったようだ。
気付くと、夏人の顔は真っ赤になっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます