ベアリング・コネクト

このしろ

第1話 プロローグ1

「馬鹿を言うな。アングリッドは時計の針を十分進めた。聖域は廃れ、天界は地獄の道を辿る。それをお前らが解決できる術などどこにもない。残念だが」

 漆黒のポニーテールを風に靡かせながら、アンバーは口から煙を吐く。

 頭からは血を垂らし、何かを見つめるかのように空を見上げていた。

「まだ、なにかあるはずです......。この世界を救う方法が」

「ふん、お前も往生際が悪いな。顔立ちも性格も大層なのに、性根だけはあのクソ親父に似ている」

「アングリッドは今どこにいるんですか」

 ミーゼは真剣な顔で、椅子にもたれたアンバーに問う。

 たった一つ残された最先端の都市、〈第二十七区シンクウ〉が、もう少しで滅ぼされようとしていた。

 街の至る所から炎のが上がり、吹き荒ぶ風は黒煙を舞い上がらせている。

 瓦礫には民衆の叫びと、魂のない抜け殻。

 この世界に平和がないと象徴するような風景が、ミーゼの周りに広がっていた。

「アングリッドの目的は誰にも知る由がない。ただ彼らはこの街を数十年も狙っていた。たしかに帝国議会は、我々を屍と憐れんでいたが、結局、最後までわからずじまいだ」

「そんなことっ......!」

 何かを叫ぼうとして、やめた。

「ああ、最後に、美味い酒でも飲みたかった」

 ゆっくりと灰色の空にアンバーは手を伸ばし、ミーゼは目にたまるものを堪えながらその手を握る。つい昨日まで、暗殺と殺戮で汚れ切った美しい手は、戦いに敗れた者としての遺恨か、切り傷で赤く染まっていた。

「ミーゼ、最後にここにこれてよかったよ。あの馬鹿親父にあったら言っといてくれ」

 あの世であったら、酔って愚痴でも吐きおうってな......。

 力を無くした腕をゆっくりと下ろし、閉じなかったアンバーの目を塞いでやる。

 ミーゼは何も無かったように立ち上がる。

 絶叫、悲鳴、死、絶叫、悲鳴、死、絶叫、悲鳴、死......。

 この〈第二十七区シンクウ〉に聞こえるのは、ただそれだけ。

 空には飛行船が等間隔で浮かんでおり、ハッチが開いている。

 目を閉じて、耳をだけを澄ませた。

 これが日常だったら、私たちはどんなに残酷な運命も呪うことなく、生きることだけを願えただろう。

「私は、何のために生きているのだろう......」

 忽然とした、息のない疑問が首をもたげる。

「お母様......私は、私は......」

 死体だけの姉の姿を前に、生きる燈が水をやったように消えていくような感覚......。

 私ももう少しで、死ねる......。

 あと少しで、小型二足砲口〈インドラ〉があの飛行船から降りてくるだろう。

 逃げ場はない。

 そしたら確実に......死ぬ。

「おいっ! 何をしているっ......!」

 火の海から軍服姿の男の影。

 炭で汚れ切った男が、ミーゼの元へ駆け寄る。

「ここは危ないっ! 今すぐ逃げろっ!」

 ゴウッと、爆発音が遠くでする。

「小型二足砲口〈インドラ〉だ......」

「チッ!」

「おじさん、私はいいから......他の人を助けて」

「あ!? なにふざけたこと言ってやがる!」

 この先、どこへ行っても、この世界に居場所などない。

 だったらここで、終わらせよう......。

 戦って、身を焼く。

 だから......。

 ミーゼは首元のペンダントを優しく握った。




「お母様、お許しを」

 

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