こいこい

恋愛感情なんて、そんなの持ってない。

持ってたからとっくに好きな人が出来てるはず。

だから、私には恋愛感情がないのだと思っている。


私が恋をしたのは、鯉だった。

真っ赤な、鯉。

実家の池の中にいた、鯉。

綺麗な色をしていた。

無表情なのだけど、なんとなく私は分かる気がした。

ごはんをあげる仕草をすると、水面下でパクパクする姿が愛おしかった。


鯉に恋をしていたことを、親はどうも知っていたらしい。

しょっちゅう庭に行き、鯉を眺める私だった。

そんなの、ばれるに決まっているのだ。


「あかり?また鯉を眺めてるの?」


あかり、それが私の名前だ。


「うん、可愛くて」

「ずーっと眺めてるものね」


友達が、ちょっとほっぺたを膨らましながら言った。

多分、嫉妬とかなのかなぁって、思う。


「…鯉の、なにがいいの」


吐き捨てるように言われた言葉。

私はそれが耳に入らなかったかのように、微笑んだ。

すると友達は私をちょっと睨んだ。

聞こえてるの分かってる、聞こえないふり、分かってるっていう目。

もう、その目は慣れっこだ。

両親も友達も、弟も。

みんなその目をするんだ。


「…トキアキ様にバレたらまずいんじゃないの?」

「トキアキ様も、多分知ってるよ」


トキアキ様とは、私の形式的な許嫁だ。

2つ歳上。

しかし、私はトキアキ様に恋心を抱いていないので、窮屈に感じてしまう。

それなら、大好きな鯉を見ていたい。


「トキアキ様が黙ってないわ」

「大丈夫よ」

「トキアキ様は嫉妬深いらしいわ」

「そんなの、ただの噂よ。私なんかに、嫉妬心なんて抱かないわ」


今思うと、その忠告を守ればよかったと思った。

私が学校に行ってる間、トキアキ様が、池の鯉を網で掬い上げたのだ。

家路に着いた私は絶望した。


鯉に罪はない。

私の正常な恋心がないばかりに、罪もない命が奪われた。

私の、大切な。

さっきまで息があった鯉を見つめ、私は失意の中にいた。


「ばぁや」

「なんでしょう」

「私、この子を食べたいわ」

「…」

「私の大好きな鯉を、身体の一部にしたい」

「かしこまりました」


ばぁやに、鯉を捌いてもらった。

一生、忘れることの出来ない味だった。

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虹色アレルギー体質【短編集】 白兎白 @byakuren

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