薄氷

願ったって

 そんな人だと思わなかった、最低、絶交、あり得ない……携帯電話の画面いっぱいに誹謗中傷恨み節が並ぶ。

 これまで積み上げてきたものがバラバラと崩れる音が聞こえた気がした。読み終えてからもう一度最初から読み返して、メッセージをスクリーンショットに撮ってから携帯電話をポケットに入れた。

「さよなら」

 いなくなってしまった友達に別れを告げる。きっと、もう会うことはないだろう。


 澄んだ空は高くて空気は刺すように冷たい。公園にいる人はまばらで、冷え切ったベンチに腰を下ろした。メールを送ると央くんはすぐに迎えに来てくれて、いつも着ている白衣が遠くからでも見えた。お医者さんか研究者みたいなあの不自然な白に今日も安堵する。

「どうしたの今日は」

「まただめになっちゃった」

 そうなんだ、って言った央くんはそれ以上追及しない。彼の声はとても優しくて、つい許されるような気がしてしまう。

「このまま央くんの家行ってもいい?」

 ベンチに座ったまま見上げると央くんは苦笑した。いつも大人びたように整った顔で微笑む人だから、この笑い方がアシンメトリーでかわいいなってこっそり思っている。

「……いいけど、夕飯までには帰るんだよ」

「央くんお姉ちゃんみたい」

 お姉ちゃんは今日は部活だからまだ帰らない。

 今日はママが早く帰ってきてスコーンを焼く日だから、うちの中が甘い匂いでいっぱいになっているはずだ。あの匂いを嗅ぐのはもう少しあとがいい。央くんの家は男の子兄弟だからかかわいいものが何もなくて、お姉ちゃんみたいな居心地の良さがある。そして今日みたいに悲しい日は特に、お兄ちゃんに会いに行きたくなる。


 幼馴染っていつまで仲良しでいられるんだろう。お終いを閉じ込めた携帯電話の画面は黒く沈黙している。央くんにもいつか大事な人ができて私に構ってくれなくなるだろう。それはわかっているんだけれど、いつかわからない終わりを想像するだけで悲しくなって、いっそのことその前に終わらせてしまいたい気もするけれど、でもまだもうちょっとだけ知らないふりをする。

 風が吹くと寒さが一段と身に染みた。日が傾き始め、昼の月はどんどんその形を鮮明にしていく。

 歩幅を合わせてくれる優しい幼馴染の横を歩きながら、私はのえるにこっそりお祈りした。

 どうか彼が一番かなしいときに、この人の傍にいられますように。

 できることなら、この子の歪んだ顔を一番近くで見ていたい。

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