スローライフをするためには神の許可が必要!?まずはダンジョンを突破せよ!?

三国洋田

第1話 スローライフ邪魔し隊!?

 朝、俺は閑静な住宅街を歩いていた。


 通勤するためだ。


 はぁ、今日も忙しくなりそうだな。


 ああ、憂鬱だ。


 昨日も残業、今日もざんぎょう、明日もザンギョウ。


 きっと明後日もざ・ん・ぎょ・う……


 もしかして、一生残業!?


 あああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!


 もうこんな忙しい生活は嫌だぁぁぁぁぁぁぁっ!!


 さっさと引退して、スローライフしてぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!



 ああ、俺の理想のスローライフ……


 スーパーやコンビニが、徒歩数分の距離にある場所に住む。


 毎朝、目覚ましのアラーム音ではなく、自然に目を覚ます。

 鳥のさえずりでも良い。


 朝食をゆっくり取って、食後のコーヒーを楽しむ。

 紅茶でも、緑茶でも良い。


 その後は趣味に時間を費やしたいなぁ。


 手の込んだ料理を作ってみたり、家庭菜園を始めてみるのも良いなぁ。

 一日中、読書というのも良いかも。


 日がな一日、のんびりネットをしているのも良いかも。

 目的もなく、のんびり散歩するのも良いかもなぁ。


 美術館で、のんびり鑑賞するのも良いかもしれない。

 自然の多い場所や温泉に行くのも良いなぁ。


 そして、日没後は夕食を取って、ゆっくり風呂に入って、床に就く。


 ああっ!!

 なんて素晴らしいスローライフなんだ!!


 そんな日々が送りたいよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!


 そのためには仕事をこなさないとな……


 仕方ない、今日もがんばろうか……


 はぁ、仕方ない、これは仕方ないのだ……


 すべてはスローライフのためなのだ……



 むっ?

 道にバナナの皮が落ちているぞ!


 これは、もしやわなか!?


 おのれっ、なんて卑怯ひきょうな真似を!!


 だが、この程度の罠なんぞ、俺の華麗なジャンプで回避してみせるぜ!


 いくぞ!

 とぉぉりゃぁぁっ!!


 ふっ、華麗に回避せいこ…… えっ!?


 うびゃぎゃっ!?


 い、痛い……


 あ、頭が痛い……


 あ、い、いしき、が……





生方いくた速人はやと。地球の日本在住。男性。三五歳。趣味は読書」


 聞き覚えのない声が聞こえる。


 渋い男性のような印象を受ける声だ。


「独身、彼女なし。メタボ気味。子供部屋おじさん。最近は精神的な疲労がたまっていた。夢はスローライフを送ることか……」


 これは俺のプロフィールだな。


 なんでこんなものが聞こえてくるんだ?


「通勤中にバナナの皮を発見。跳躍して回避し、着地したところで、滑って転んで後頭部をぶつけて死亡か」


 ナニソレ!?

 ひどい死に方だな!?


「実に流麗な滑りっぷりであった、生方速人。これほどまでに見事な転倒は初めて見た。褒めてやろう」


 それはどうも……


 あまりうれしくはないけどな。


 というか、あんたはいったい誰なんだ?


「我か? 我は神『カースゥ・ク・ソ・ワライトール』である。生物たちからは親しみを込めて『カスクソ邪神』と呼ばれている」


 神!?

 そんなの実在したのかよっ!?


 カスクソ邪神って、それ全然親しまれていないような気がするぞ!?


「そんなことはない。地元では大人気だ」


 そうなのか?


 まあ、どうでもいいけど。


 それよりも、何か用なのか?


 そもそも俺はどうなったんだ?


 体が動かないし、目も見えないのだが……


「お前は死んだと言ったであろう」


 えええええっ!?

 俺、本当に死んじゃったのかよっ!?


 なら、今の俺はなんなんだ!?

 ここはどこだ!?

 これからどうなるんだ!?


「落ち着け」


 いやいやいや、こんな状況で落ち着けるわけないだろ!?


「まあ、そう言わずに落ち着け。今のお前はいわゆる魂というヤツだ」


 魂!?

 そんなの実在したのか!?


「そして、お前の処遇だが、我の世界に転生させてやろう」


 転生!?


「そうだ。見事な滑りっぷりを見せてもらった褒美である」


 褒美に転生って、ラノベみたいじゃないかっ!?


「お前には夢があったのだろう?」


 夢?

 確かにスローライフを送りたかったけど……


「転生先で存分にスローライフを送り、夢をかなえるが良い」


 転生してか……


 ん?

 わざわざそんなことをしなくても、天国でスローライフをすれば良いのでは?


「それは不可能だ」


 そうなのか?

 なんでだ?


「死んでいるのだから、ライフではないだろ!!」


 細かいこと言うなっての!

 それは言葉のあやだろっ!?


 そもそも重要なのは、スローの方なんだよっ!!


 ゆっくりしたいんだよっ!!

 のんびりさせろよっ!!


「そもそも天国なんてものはない。死んだら消えるだけだ」


 ええ……

 消えてしまうのかよ……


 それは、ちょっと抵抗があるかも……


 転生した方が良いような気がしてきたぞ。


「うむ、そうしろっ! はい、決定なっ!! キャンセルはないからなっ!!」


 ううむ、なんか強引だなぁ。


 まあ、いいか。


「では、我が『ハーヤ・イセーカツ星』に招待しよう! ああ、そうだ、適当に特典も付けておくからな!!」


 早い生活星!?


 ちょっ、待てよ、そこでスローライフはできるのか!?


 早い生活なんて、お断りだぞ!?


 そこのところはどうなんだよっ!?


 こたえ、ろよ……


 い、し、きが……





 うっ、こ、ここは!?

 ここはどこだ!?


 えっ!?

 な、なんだ!?

 目がよく見えないぞ、視界がぼやけている!?


 しかも、体が動かしづらい!?

 手足は動かせるようだが、起き上がれないぞ!?


 どういうことなんだ!?


 ここは誰かに助けを求めるべきか!?


「あー、あー、くー」


 なんだ!?

 声がうまく出せない!?


 俺はどうしてしまったんだ!?


 あっ、そういえば、カスクソ邪神とかいうヤツが、転生がどうとか言っていたよな。


 もしかして、俺は本当に転生したのか!?


 なら、今の俺は赤子ということになるのか?


 そういえば、生まれたばかりの赤子は視力が低いと聞いたことがある。


 どうもそんな感じみたいだ。


 ん?

 こんなことが分かるということは、生前の記憶が残っているということだよな?


 なんでだ?


 まあ、いいか。


 考えても分からないし、あった方が生きるうえでは便利だしな。



 さて、せっかく転生したんだ!


 今度こそ残業のない、素晴らしい人生を送ろう!


 そのためにはスローライフを実現しないとな!!


 よし!

 さっそく行動しよう!


 まずは計画を立てようか!


 効率良く動いて、早くスローライフを始めたいしな!!



 ん?

 何か聞こえてきたぞ。


 これは足音か?


 誰かが俺の方に向かって来ているみたいだ。


 誰だろう?


 って、普通に考えたら親だよな。


 今世の親はどんな人なのだろう?


 良識ある方だと良いのだが……


 おっ、どうやら俺の前まで来たようだ。


 うぐっ!?

 口に何かを入れられたぞ!?


 これは哺乳瓶みたいだな。


 飯の時間なのか。


 ちょうど腹がすいてきたところだ。

 ナイスタイミングだな。


 あれ?

 そういえば、俺は泣いていないよな?


 それなのに空腹であることを察して、飯を持ってきたのか。


 気が利く親だな!

 優秀で素晴らしい!



 ところで、俺は何を飲まされているんだ?


 味のない、とろみのある液体なのだが、これはなんだろう?


 って、赤子が飲むのは母乳か粉ミルクだよな。


 母乳ではなさそうだから、粉ミルクか。


 粉ミルクって、こんな味だったのか?


 正直、マズくて飲みたくないけど、育つためには必要だ。


 我慢して飲むとするか。



 えっ!?


 えええええええええええええっ!?


 目が見える!?

 突然、視界がクリアになったぞ!?


 年季の入った木造の天井と壁、白っぽい液体の入った哺乳瓶、良い色に日焼けした太い腕が、ハッキリと見えるぞ!?


 なんだこれは!?


 いったいどういうことなんだ!?


「ふふふっ、どうやら効いてきたようでゴワスな!」


 聞き覚えのない声が聞こえた。


 低めの声だから男性のものか?


 俺は声のした方を向いた。


「ぎゃあああああああああああっ!! へ、変態だぁぁぁぁぁっ!!」


 そこには変態人間がいた。


 ハトのように見える、鳥のマスクをかぶっている。

 上半身は青いネクタイのみ、下半身は黒いブーメランパンツのみ。

 長身で筋骨隆々の男性体型。

 日焼けしたような感じの黒っぽい肌。


 このような姿をしている。


 なんだこの変態は!?


 あまりの変態ぶりに、つい叫んでしまったぞ!?


「変態ではないでゴワス。私は『スローライフ絶対阻止! スピードと効率超重視の超絶ブラック企業っぽい、株式ではない、会社かどうかもよく分からない微妙な集まり』通称『スローライフ邪魔し隊』の伝令係『トゥハァ』でゴワス!」


「名前が長すぎるし、意味が分からない!? どんな集団なんだよっ!?」


「名前の通り、スローライフを送ろうなどと考える不届き者を、成敗するための集団でゴワス」


「成敗!? なんでだ!?」


「神は生物たちの進化を望んでいるからでゴワス。この星の生物たちは、競争の世界で己を磨き、日々進化しているでゴワス」


 ええ……

 ここって、そんな星なのかよ……


「故にスローライフなどというものは邪魔でゴワス!! 生物たちの進化の妨げでゴワス!!」


「そ、そんな横暴な!? 俺ひとりが勝手にやっているだけなのだから、問題ないじゃないか!!」


「そんなものは許されないでゴワス! 貴様の生活を見て、誰かが真似をするかもしれないでゴワス!」


「そもそも本当に進化の妨げになるのかよっ!?」


「なるに決まっているでゴワス!」


「断言しやがった!? 根拠はなんだよっ!?」


「神のお告げでゴワス!!!」


「えええええっ!? そんなの根拠にならんだろ!?」


「なるでゴワス! 神は全知全能でゴワス! これで論破でゴワス!! さあ、大人しく成敗されるでゴワス!!」


「そ、そんな無茶苦茶な……」


 こいつは狂信者なのか!?


 これは話し合いでは、どうにもならなさそうだぞ!?


 俺はこのまま殺されるしかないのか!?


 何か手はないのか!?



「と言いたいところだが、安心するでゴワス。いくら転生者とはいえ、赤子に手を出すほど我々は非道ではないでゴワス。チャンスをやるでゴワス」


「えっ!? チャンス!? それはなんだ!?」


「この世界には、神が発行する『スローライフ許可証』というものがあるでゴワス。我々はそれを入手した者に、手を出してはいけないという規則があるでゴワス」


 スローライフ許可証!?


 なんでそんなものがあるんだ!?


 訳が分からなさすぎるぞ!?


「それを入手するには『どんなアホでもスローライフ許可証の入手方法が分かるかもしれないダンジョン』を突破する必要があるでゴワス」


 分かりやすい名前だな!?


「貴様がそのダンジョンを突破するまで、我々は手を出さないでゴワス」


「それがチャンスなのか?」


「そうでゴワス。そのダンジョンを突破せず、競争をしながら懸命に生きれば問題ないでゴワス」


 それって、一生残業の日々なのでは!?


 そんなの嫌だぁぁぁっ!?


 俺は、俺はスローライフがしたいんだぁぁぁぁぁっ!!!!!

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