ほんとうのこと。
たくひあい
第1話 プロローグ
「うかれたり、好かれている自分が、嫌いなんだ」
全部失ってからじゃないと、きっとまた失うんじゃないかと怖くなることがある。誰にも好かれないで、そっとしておいてもらえるような、誰からも嫌われるのをいつも待っていた。
そのためなら、なんだって言ったし、そのためなら、嘘だってついた。
綺麗だとか、優しいだとか言われることに、ひどく疲れていた。汚れたかった。早く傷つきたかった。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。どうして、綺麗な自分が嫌いなのだろう。貶して欲しいとか、傷つけばいいんだとか、早く、死んじゃえばいいんだとか。
「あなたのせいよ!」
「あなたなんか、どこも綺麗じゃないのに」
「整形かなにか?」
「ずるをしたでしょ?」
ああ。
「居るだけで――」
汚れたら、愛してくれた?
バカで、汚くて、少し抜けてて、欠点だらけなら、愛してくれる?
いつからか、そんなことばかり考えるようになってしまった。
「前から、先輩のこと、見てました。とてもきれいで」
そう呼び出されたとき、ああはいはい、なんて思った。だって。
きれいじゃないんだから。なんでだよ。
俺がもし、嘘ついてたらどうすんだよ。
偽善者かもしれないのに。
「何」を、見てるんだろう。
なんて思うじゃないか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
▽▽
「っと、まあ、そんなわけです」
「いや、待て、事情がわからない」
「第12回、失恋パーティ」
「自ら破壊して、自ら主催するやつがあるか……」
「だってー」
えへ、とウインクすると、ふざけんなよと睨まれる。自宅で親友と二人で、ささやかな飲み会中。毎回その気にさせては、なんか自ら関係を破壊させる俺のことを、親友は毎回のようにあきれているわけだったが、飲み会には出てくれていた。
「お前、なんなん、マゾ?」
「いやぁー。だってねぇー。理想通りとかきれいだとかなんとか、飽きちゃうじゃーん」
「飽きるな。ありのままを受け入れろ」
「だって、そのままの自分って、外からじゃないとわかんないですし、なんか自分の思ってる自分とは違うし」
「はいはい、それで」
グラスに、なみなみとそそがれたオレンジジュースをぐいーっと飲み干す。
「今回は、何」
「なにってなに」
「何が嫌で、そんな方向に走ったわけ」
「えっと」
なんだっけと考えてみる。
「特には」
「ないの?」
「じゃ、なにして出会ったの」
あ。わかった。
「瓦礫の下にいた仔犬を救おうとしてて、崩れないようにするにはって、ずーっともたもたしてるから、腹立って。
明らかに隙間あるのに瓦礫ばかり見てて、なんか、無駄な時間使うなよって思って、わんちゃんを誘き寄せてはい即終了、
「ははは、無駄な時間使ったな」
ってやってたら、気に入られた」
「ああ、とくに善意はなかったと」
「んー。忘れたな」
会話が不自由な俺を見ながら、友人は、主語はと聞いた。
「誰、助けたの」
「え、なんか、すごいひと?」
「よく知らないんかい」
「まあね。誰でもいいし、そこに居たら普通手伝うよね」
「はい、よくわかった、特に気もなく助けては、ぞろぞろとなつかせて、全部をふらせるお前の悪質さはわかった」
「いや、わりと好きだけど。むしろ、過去に会った誰のことも愛してたよ」
「じゃあ、なんで」
そりゃ、決まってる。
俺はきれいじゃないもの。
「少しくらい、喜べよなー」
親友は、くすくす笑う。俺を悪質だなんて言いながら。
「……寂しいじゃん。だって」
ぼーっと、彼の癖のある短めの髪を眺める。
あー眺めても別にいいもんじゃないな。
「はたから見りゃ、他人の理想を裏切ることを、生き甲斐にしてるようにしか見えんよ」
「……うん」
知ってるよ。悪い癖だなということくらいは。小さなアパートは、二人居たら、より狭い気がした。
「知ってるだろ? 昔」
「あー、カワイイネカワイイネ、ってお前を押し倒そうとした男か……」
その日は、だるくて保健室で寝てたら、じゃれて遊ぶふりをして、違うクラスのやつに触られそうになった。
つい、押さえきれなくてとか言って。
不問になったけど。
俺がきれいとか言うやつじゃ無かったら、起こらなかったと思うと、すごく理不尽な気がしてしまったのだ。
しかも同性だし。
「あれのせいで、体格が良さそうな他人が、しばらく怖くなってたな」
可愛いとかきれいとかかっこいいとか、別に誉め言葉じゃない。と、いう言葉さえも、謙遜だとかなんとかいって。称えて。
「なに言っても褒められたら、なんかウザいなって思ってさ」
「ははは……」
相変わらず。
彼はどんな気持ちでこんな愚痴を聞いてるのだろう。
「いや俺だって、ごく普通に人助けとか、手伝いとか、挨拶とか、したいんだよ?
でも『いい人』って言われたくない。なんか気持ち悪いじゃん」
ローテーブルに突っ伏すと、そいつはギャハハハと変な笑いかたをした。「相変わらずの『好かれたくない病』、いつ直るのかねぇ」
わからない。
でも、好かれたくない。だって。
小さい頃のトラウマが甦る。
「その顔から何から父さんに似てて、イライラする!」
悪気の無い、母のひとこと。
「あんたは、黙ってればいいの!」
悪気の無い、恋人のひとこと。
なんで? しゃべりたいよ。顔? 関係ないだろ。
そう思いつつ気がついたら、見た目も、声も、やること為すこと、全部嫌いになってしまったわけで。
「はー……なんか、飽きずに不毛なことする自分に涙出てきた」
「ケーキ食うか?」
ローテーブルに置かれた小さなシフォンケーキ。友人の無駄な気遣いで、わざわざチョコペンで12って書いてあるのが馬鹿馬鹿しく、嬉しい。
「うふふふ、いただきます」
両手を合わせてから、ナイフを入れて二つに切り分ける。
「もーやだ、なんか、人生やだわ……」
もきゅもきゅと、ケーキを口に入れて咀嚼しながら、たぶん12回以上言ってる愚痴。
「じゃあへこむなよな、自分で招いてんのに」
「だっ、っっってさ!!」
絞るだけの生クリームを持参してきた友人が、ぐるぐると、自分のケーキの上にそれを乗せはじめるのを眺めつつ、本当、不毛なことするよなと思った。
そしていい具合に嫌われたら、改めて普通の日常に戻る。
いつも通りに遊び、放課後に日直を手伝ったりして、たまに補習受けて、先生の手伝いとかして、掃除当番とかする。
誰も見てないから、安心して出来るわけで。
もはや病的だ。
んで、どこかで「人知れず頑張っている」とかいう評価をされていたらゲームオーバー。
いい人に見られたくないからと言って、それがなんなのか。
嫌われたらそれがなんなのかもわからないのに、もはや癖になっている。
「まあ美人は性格悪いっていうからな」
冷静に言われて、う゛っとなる。
「……。ケンソンって言われたくないから最初の方は聞き流してやるけど、ハロー効果って知ってるか」
「ああ、やることなす事すごく見えるやつな」
上品に器からケーキを食べる友人を眺めながら、俺は自虐的なパーティを開く暇人だとばれたらどうしようかと思った。
「よかろうが悪かろうが、なんか、欲しい評価と違うし……」
「でも、さっさと忘れりゃいいのにね。ご丁寧に、こんな。お菓子食べてジュース飲んで、僕を呼ぶなら」
あぁ。実にその通りだ。でもこれが俺なんだよ、仕方なくない?
「僕が聞いてるのは、どうしてそんなに、誰にも後悔があるのに、まだ繰り返すの? ってこと」
びしっとフォークの先で指されて、背筋を伸ばす。
「な……流れ」
「流れ」
はあ、とため息が返ってくる。
黙っていると、友人が、なんでそんなにいやなのと聞いた。
「自分が、死ぬほど、嫌」
心の中は知られたくないと、前にも言った。あの子は大丈夫かな、とか。蹴られたとこわりかし痛い……とかの実況していたのがバレるとか、ダサすぎないか。
だって。
そんなきれいなやつじゃないもん。
「何をしたら満足なの?」
「なんか! こう、ばーんと! 楽しめたら!」
「……うわすごい雑」
何か楽しいことは無いんだろうか。ふと相手に振られた日のことを思い出した。
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