第10話

オフェリーさんに引きづられるようにして部屋に入りソファに座らせられると待ち構えていたかのように扉が叩かれた。



「失礼いたします」



入ってきたのは2人の女性。1人は金髪に緑色の目をしているつり目の女性、気が強そうだ。もう1人の女性は灰青色の髪を高いところで結んでおり頭には同色の小さな丸い耳がある。とても背の高い女性だ。たぶん180cmはあるのではないだろうか。熊かなと思ったけど猫みたいな尻尾がある。こんな動物いたっけ?



「初めまして、私は医師のエレオノールです」


「私はカロリーヌと申します。アメリー様の護衛を務めさせていただきます」



2人の自己紹介を聞いて側に控えるオフェリーを見るもにっこり微笑むだけだ。医者?護衛?何のために……?頭の中ははてなでいっぱいだ。



「さて、では早速ですが姫様の診察をさせていただきますね。失礼いたします」



そう言って私の服に手をかけようとするエレオノールさんの手を反射的に払い除ける。



「……触らないでください」



体には傷痕がたくさんあるのだ。さらけ出すのは遠慮したい。それにこの人私に敵意がある。まあ、隠しているみたいだけど漏れ出ている。5年もあんなところにいたせいかそういうのには敏感になってしまったのだ。



「それと……姫様っていうのもやめてもらえますか」



みんなに敬語を使われ頭を下げられる。居心地が悪いし何よりいたたまれないのだ。私はそんなことをされる身分ではないしそもそも王太子を殺そうとした暗殺者だ。処罰されるのが普通なのにこんなふうに接されると戸惑う。



「姫様は姫様ですよね?殿下の番様なのですから」


「みんな番、番って……番だから罪が帳消しになるのですか?番というだけで罪人に優しくできるんですか?」



本当にわからない。王太子もここにいる3人も。罪悪感に押し潰されそうだ。いっそのこと罵ってくれた方が楽かもしれない。なんで優しくするんだろう。私がしたことを咎めるべきなのだ。息が上がっていくのがわかるけど止められなかった。



「アメリー様……落ち着いてきださいませ。お体に障ります」


「……番ってなんなんですか……っ!意味わかんない!」



感情の制御ができない。もう嫌だ。こんなの私じゃない。いつも冷静だった自分はいったいどこに行ったの。あの人に会ってから自分が自分じゃないみたいだ。もう消えてしまいたい。何も考えたくない。


オフェリーさんとカロリーヌさんがそばに来て背中をさすってくれるが残念ながら何も変わらない。



「……大丈夫です。ここにはあなた様を傷つける人は誰もおりません」


「そうですよ、アメリー様。まずはゆっくり深呼吸して心を落ち着かせましょう」


「落ち着けるわけっ……!」



いきなり知らない世界に放り込まれ獣人という訳のわからない生き物になりあげくの果てに奴隷にされて暗殺者として地獄の日々を過ごしたのだ。それだけでも精神がすり減ったのに今度はみんなして番だなんだと。私は数えきれない人を殺した殺人鬼であなた達の国の王太子を殺そうとした罪人。


……頭がどうかなりそうだ。心が悲鳴を上げている。これ以上耐えられない。お願いだから責めて欲しい。罰して欲しい。いや、いっそのこともう殺してほしい。


あの時生きようなんて思わなければよかった。頑張らなければよかった……。



オフェリーさんとカロリーヌさんの慌てるような声がどんどん遠ざかっていってしまいには目の前が真っ暗になって聞こえなくなった。





***





昔から私は努力するのが嫌いだった。もともと他の人よりできた。勉強も運動も。でもできるからこそ妬みや嫉みを買い、陰口を叩かれた。時にはクラスメイトから無視されたり物を隠されたりもした。


それすらも面倒くさくて適当にあしらっていたらいつの間にかいじめの対象になっていた。教師も見て見ぬふり。でも別にそれでいいと思っていた。他人なんかに興味はなかったしむしろ煩わしいとも思っていた。


そして親は放任主義だった。いや……そうさせたのは私だ。何を言われても無言で意思表示をするか一言喋るかの2択。


勉強しろと言われても無視した。やらなくてもそこそこの点数は取れたからあまり言われなくなったが。


運動はそこそこ、まぁ部活に入ればそこそこ結果は残せたけどそこまで熱心やらなかった。


興味がなかったのだ。他人にも自分の生活にも何もかもに。


頑張っても誰も私を見てくれなかった。幼い頃、おとなしい私は明るく騒がしい兄に埋もれた。小学校に入っても両親は兄の習い事につきっきりだった。一度だけ癇癪を起こしたことがあったが兄の大会の準備で追われていた両親は私を適当にあしらった。


諦めるのには十分だった。何をしても無駄だとわかってしまったから。それからはなるべく目立たないように過ごすようになった。目立たず大人しく。空気のように。結局、私は1人でいることが1番楽なのだ。友人も恋人も家族もいらない。そしたら誰かを傷つけることも誰かに傷つけられることもない。


結局私は自分が一番かわいいのだ。自分さえよければそれでいいと思っている自分勝手で自己中な人間。こうやって被害者ヅラして私かわいそうって思って寂しさを紛らわせている。本当に嫌になるほど醜く愚かで浅ましい。


私はどうしようもないくらい最低最悪の人間だ。こんな人間が愛されるわけがない。愛されることを望んでいる資格などない。それでも愛されたいという気持ちは抑えられないらしい。それがまた私を苦しめるのだった。

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