第2話
次の日の朝、朝食を済ませてから三人で街に向けて出かけることになった。
ちなみにメニューはパンにサラダにスープといった洋風だった。私が美味しいと言うとおばあさんは嬉しそうに微笑んでくれた。
「さあ行きましょうか」
街までは遠いということで荷馬車に乗っていくことになった。
「ほら、乗れ」
「えっと……」
正直言って怖い。この人はどうしてこんなに私を嫌うのだろう。でもここで拒否するのは失礼だろう。覚悟を決めて荷台に乗り込む。
「うわぁ……」
馬が動き出した瞬間思わず声が出てしまった。想像以上に揺れて乗り心地が悪い。これなら歩いた方がましかもしれない。でも今更降りるわけにもいかない。我慢して揺られるしかないようだ。
「大丈夫?」
「はい……」
しばらく揺られているとおばあさんが心配してくれたがそれに返す元気もあまりなかった。私はもともと乗り物酔いをしやすいのだ。
「つらかったら寝ていいのよ」
こんな状態で寝れるかと思った瞬間、急に体から力が抜ける。
「えっ……」
「やっと効いてきたか」
「ええ、計画は完璧だったようね」
どういうことだと問い詰めようとするもそのまま意識を失ってしまった。
***
目が覚めると私は檻の中にいた。どうやら手錠をかけられているらしい。足には鎖がついている。これは一体何事なのだろうか。辺りを見回すと所狭しと檻があってその一個一個に人が入っている。
「ここは……?」
そう呟いた時頭が痛くなった。
「うっ……」
思わず頭を押さえると、記憶が蘇ってくる。どうやら私はあの老夫婦に騙されたらしい。朝食に遅効性の睡眠薬かなんかが混ぜられていたみたいだ。
「……最悪だ」
異世界二日目。私は今悪臭がすごいこの奴隷市場に売られたらしい。はぁとため息をついていると頭上から声がかけられる。
「おい、顔上げろ」
「……?」
言われた通り顔を上げるとそこにはいかにも悪そうな顔をした男がいた。
「ふむ……猫獣人か。年齢も若そうだな。魔力も多い……。まあ、悪くないだろう。……よし、買おう」
男は私を見て少し考えた後、後ろの支配人のような人に一言そう言う。
「ありがとうございます!」
そう言って深々と礼をする支配人さん。そして、こちらを振り向くとこう言った。
「それではお客様、この子の値段は金貨三枚でございます」
「ああ、分かった」
「おいっ、早くしろ!お客様をお待たせするんじゃねえぞ!!」
男がお金を渡した後、支配人さんは周りの店員達に怒鳴る。すると店員達は一斉に動き出し檻を開けて私の腕を掴み引きずって男と支配人の後に続く。そしてどこかの部屋に放り込まれた。部屋の中には様々な道具が置いてある。
「ではお客様。こちらが契約書でございます」
「ああ」
男はそれを受け取って何かを書き込む。恐らく契約内容だろう。それを済ませると、今度は私の方を一瞥する。
「おい、立て」
「はい……」
私は言われるがままに立ち上がる。すると突然頬に強い衝撃を感じた。目の前に火花が散った。口の中に広がる血の味。そこでやっと殴られたんだと理解できた。
「うぐっ……」
「なんだ?お前、反抗的な目をしてんなぁ……。俺に逆らおうなんて思ってないよな?」
「はい……」
恐怖で震えながら答える。逆らえば殺されるかもしれないと思ったからだ。一応弁解しておくと私は反抗的な目なんてしていない。母親と喧嘩した時もよく言われたが、もともとそういう目なのだ。
「始めるぞ」
男はそう言って契約書を破ると胸元から焼けるような熱さが全身に広がる。そして、今まで感じたことのないような激痛が私を襲う。あまりの痛みに悲鳴すら出ず、意識を失いそうになる。あのブラックホールの時と同じくらい痛い。
奴隷の契約は胸に刻印が刻まれ心臓が縛られるので激しい痛みが伴う。契約書は呪いが刻まれており破ることで発動する。
「はあ……はあ……」
しばらくすると、ようやく痛みも治まり息を整えることができた。
「ほう……気を失わないか。これは珍しいな。大抵の奴なら1分持たず気絶するのにお前耐えたのか?」
「……」
「まあいい。とりあえずは合格だ。明日から本格的に訓練を始める。今日はゆっくり休め。おい、連れてけ」
そういうと男は部屋から出て行った。その直後どこからともなく黒服の男たちが現われ、私を拘束して気絶させどこかへ連れ去った。
***
私が目を覚ますとそこは見知らぬ場所でどうやら地下にいるらしい。
「やっと起きたか。お前はこれからオスナン帝国のためその身を捧げるのだ。そして俺の命令には絶対服従しろ。逆らうことは許さん」
男の言葉に私は驚愕した。そして同時に怒りも覚えた。なぜ自分がこんな目にあわなくてはならないのか。理不尽すぎる仕打ちに心の中で何度も叫んだ。しかしどれだけ叫んでも状況は変わらず、結局その日から私は男の命令に従い地獄の訓練が始まった。
後からわかったことだが男の名前はアシルと言ってオスナン帝国の諜報機関、通称“影”を束ねる長だった。何でそんな人が直接私を訓練しているのか。どうやら私は獣人なのに魔力が膨大な珍しい存在だかららしい。そしてアシルは私のことを徹底的に痛めつけた。時には拷問まがいのことをされ体の傷だけでなく心の傷まで負った。
けれども人族より何倍も頑丈な体はどんなひどい扱いにも耐えられた。でもそれが逆に仇となり、アシルの訓練はさらに過酷になっていった。一人前に暗殺者として動けるようになってもアシルは鬱憤を晴らすように訓練と称して私を痛めつけ続けた。
(誰か私をここから助け出して……)
そう願っても叶わないことはわかっていた。私は特別にアシルの権限で本を読むことが許されていた。その時奴隷についての本を読んだのだが、隷属の刻印の呪いは一生解けないと書いてあったからだ。今思えばアシルはこれを見せるために許可を出したのかもしれない。私に更なる絶望を与えるために……。
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