第29話 森で過ごす最後の夜です

洞窟を出ると、グラディオンと隊員たちが待ってくれていた。


「ルーカス殿下、ヴィーノ、バラン、それにアリシアも。よかった、無事だったんだな。とにかく早く逃げた方が…」


「グラディオン、心配かけて悪かったな。もう魔王はいない、アリシアが倒したんだ」


「え…アリシアが魔王をか?」


信じられないと言った顔で私を見ている。私だって信じられないわよ。だってあの魔王を倒したのよ。


「どうやらアリシアは、珍しい魔力を持っていた様だ。今まで見た事のないほどの魔力で、魔王を倒した。とにかく俺は通信機で、今回の出来事を報告する必要がある。もう遅いし、今日は森に泊まって、明日王都に戻ろう」


「そういえば腹が減ったな。アリシア、俺はシチューが食べたい」


「バランお兄様…私、クタクタなのですが…魔王を倒した私に、料理まで作れとおっしゃるのですか?」


さすがに鬼だわ…


「大丈夫だ。お前はあれほどまでの魔力を使ったのに、意識があるのだから。とにかく、すぐに戻るぞ」


そう言うと、テントに向かって馬を走らせたお兄様。


「アリシア、俺たちも帰ろう。大丈夫だ、これ以上君に負担を掛ける事はしない。そうだ、今日は俺が料理を作ってみるよ」


「え…ルーカス様が?」


さすがにそれはちょっとね…


「ルーカス様、大丈夫ですわ。ある程度準備は出来ておりますので。少し体力が回復しましたし、私が料理を作ります」


「そうか。わかったよ。それじゃあ、俺も手伝おう」


テントに戻ると、早速仕上げを行った。一通り料理が皆の元にいきわたったところで、ダイたちのグループに呼び止められた。


「アリー、お前、大丈夫だったのか?めちゃくちゃ心配したんだぞ。隊長は俺たちに先に森を出ろと言ったけれど、どうしても気になって。それでグラディオン隊長に訴えて、皆で滝の側までいったんだ。でもまさかお前が魔王を倒すなんてな…さすがカーラル公爵家の令嬢だな」


「あなた達、いつの間に私の正体を?」


「お前が魔王につれていかれた時だよ。隊長たちがお前の事、アリシアと呼んでいたしな。それにヴィーノ隊長とバラン隊長が、妹と言っていたし。でも、俺は何となくわかっていたぞ。だって、バラン隊長とお前、そっくりだもんな」


そう言ってダイが笑っていた。どうやら私の正体を知っても、態度を変える事はない様だ。よかった。


「皆、黙っていてごめんね」


「別に俺たちは気にしないよ。何か理由があったのだろう?それにしても、婚約者を助けるために討伐部隊に乗り込んでくるなんて、お前本当に凄いな」


そう言って私の肩をバシバシ叩いている。気を遣わないのはいいのだが、もう少し令嬢扱いして欲しいものだ…


「おい、ダイ。俺の婚約者に気安く触るな。アリシア、姿が見えないと思ったら、こんなところにいたんだな。そういえばアリシアはいつも、こいつらといたもんな」


なぜかジト目で私を睨むルーカス様。


「ルーカス隊長、嫉妬は醜いですよ。さあ、今日はここで食べる最後の食事だ。大いに楽しみましょう。あぁ、明日からはアリシアの料理が食べられないのか…なんだか寂しいな…」


「あら、私のお料理が食べたくなったら、我が家に遊びにいらっしゃいよ。いつでも食べさせてあげるわよ」


「おい、アリシア。いい加減な事を言うな。君はこれから王宮で暮らすんだよ。王妃教育もあるし。とにかく、こいつらの飯の事は気にしなくてもいい」


すかさず話に入ってくるのは、ルーカス様だ。そうか、討伐が終わったのだから、私とルーカス様の結婚も正式に進めないといけないのよね。でもその前に、王妃様をなんとかしないと。


「隊長、そんな堅苦しい話は後でいいじゃないですか。今日は全てが終わった夜なんです。せっかくなので、楽しみましょう。さあ、アリシアも食べろ。お前は魔王を倒したんだ。腹が減っているだろう」


「酒もあるぞ。飲め」


「酒はダメだ!全く、目を離すとすぐに調子に乗るのだから。アリシア、そろそろ料理が無くなるころだ。追加を作らないと、またヴィーノとバランがうるさいぞ」


「そうですわね。それじゃあ皆、また後でね」


皆と離れ、厨房へ向かおうと思ったのだが、なぜか私の手を引き、テントから離れるルーカス様。しばらく進むと、開けた場所に着いた。


「アリシア、どうしても君と最後の夜に話しがしたいと思ってね。ほら、こっちに座って」


ルーカス様に促され、隣に座った。


「覚えているかい?君が水浴びをしていたあの日、とても綺麗な星が出ていたね。今日もとても綺麗な星が出ているよ」


ふと空を見上げると、あの時と変わらない満点の星空が…


「君はあの時から、俺をずっと見守り続けていたんだね…ねえ、あの時一緒に流れ星を見ただろう。俺が何を願ったか知っているかい?“もしできる事なら、君と一緒にいたい”そう願ったんだ。あの時の俺は、君の正体を知らなかったからね…」


「私も“ルーカス様とずっと一緒にいたい”とお願いしたのですよ。あの…ずっと正体を隠していてごめんなさい…騙すつもりはなかったのですよ。でも…」


「分かっているよ。君を見た時に気が付かなかった俺も悪いんだ。それにもし君の正体を最初から知っていたら、多分物凄く戸惑ったと思うし、もしかしたら追い返していたかもしれない。だから、きっとこれでよかったんだよ。アリシア、改めて俺の為に討伐に参加してくれて、ありがとう。君に出会えて、俺はとても幸せだ。王妃の事とか、問題は残っているけれど、きっとアリシアとなら乗り越えられる、そんな気がする。これからも俺に付いて来てくれるかい?」


「ええ、もちろんですわ。もし万が一王妃様に追い出されたら、2人で旅に出るのもいいですわね。だって私たち、野宿も出来るのですよ。そうだわ、冒険者になるのも素敵ですわ」


考えただけで楽しそうだ。


「アリシア、君って子は…本当に君となら、どんな環境でも生きていける気がするよ」


そう言うと、私の唇を一気に塞いだルーカス様。温かくて柔らかい。その時だった。


「アリシア、そんなところでイチャつていないで、飯を作れ!殿下とはこれからいつでもイチャ付けるだろう」


大きな声で叫ぶのは、ヴィーノお兄様だ。あの人、本当に空気と言うものを読めないのだから…さすがのルーカス様も、苦笑いをしている。


「はいはい、今行きますよ。待っていて下さい。ルーカス様、お兄様がうるさいので、戻りましょう」


「そうだな…戻ろうか」


2人でしっかり手を繋いで、お兄様たちの元へ戻ったのであった。

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