その11 聞き込み 3

 東京に戻ってすぐ、俺は事務所にも帰らず、次の場所へ向かった。

 場所は芝白金、当たり前と言えば当たり前の高級住宅地の一角にある

高級マンションの9階である。

『・・・・知りませんな。』

 男は素っ気ない声で言うと、膝の上にいた虎猫の喉を撫でた。

 猫は気持ちよさそうに喉を鳴らす。

 彼の名前は中島秀樹。

 年齢30歳、

 親の遺産と、パソコンの経理ソフトに関する数種類の特許で、有り余るほどの財産がある。

 つまりもうこの先の人生で”額に汗して働く事”から、完全に解放された、俺からすれば『あやかりたい』ような身分の男。

 独身で、趣味はネット小説を書くことと、そして銃いじり。

 俺が調べた限りの事を話して見せると、彼は興味も感心もなさそうに、また猫の頭を撫で、

 『私は生まれてこの方、漫画なんてものを読んだことはありません。それに最近は新聞もテレビも興味がないのでね。』

 乾いた声で言った。


 俺は部屋の中を見渡す。

 本棚には横文字の本・・・・それも殆どが銃に関するものと、パソコンに関するもので占められていた。

『漫画は読まない・・・・すると、あれは?』

 壁一面を埋めている本棚の一番端に、その二冊はあった。

 横文字ばかりの中に、日本語・・・・それも艶めかしい女の脚と、これまた艶めかしいデザインのタイトルがあれば嫌でも目につく。

”ハーブティーを、もう一杯”

”今夜だけ恋人同士ね”

 二冊ともあのRYOU氏の作品集だ。

 

『友人に貰ったんですよ。単なる息抜きです。堅い本ばかり読んでいると、少しはナンパなものも読んでみたくなるものです』

 中島氏はそう言って、猫を膝から下ろした。

 猫は身体を伸ばし、欠伸を一つすると、尻尾を立ててゆっくりと歩き出した。


『で、感想は?』

『下らんものです。あんなのを面白いと思う人間の気がしれませんね』

 中島氏は、相変わらず冷ややかな調子で、それでいて言葉の中に幾分かの毒を含んだような調子でそう言った。

 

 その時、部屋の中に何かが落ちる音が響き渡った。

 猫君がテレビから本棚の上に飛びつき、あの二冊を落としたのである。

『・・・・つまらんと言われる割には随分付箋が挟んでありますな。かなり読み込んだようにも見えますが』

 俺が床に落ちた二冊を拾い上げ、中島氏に手渡す。

 

 彼は小さな声で猫を叱ってから、俺から本を受取った。

『下らない本でも一応は目を通す主義です。中身を見ないで悪口は言いたくないですからね』

 彼はスリッパの音を鳴らして本棚に近づくと、踏み台に足を載せ、伸びあがり、元の位置に載せた。


『用件はお済みですか?』

 冷ややかな響きが俺に言った。

『ええ、すみました。』

 俺は答える。

『お役に立てなくて、どうも』

 冷ややかな声は、一向にすまなそうには聞こえない。

『最後にもう一つ、あの連続殺人事件が起きた時、どちらにおられましたか?』

『ここです』 中島氏は言った。そして、俺の心を見透かすように続ける。

『それを証明する人はっておっしゃりたいんでしょう。いませんよ。でも、』

 彼は足元にじゃれついてきた猫を抱き上げる。

『こいつがいるのに、家を空けるわけにはゆかんですよ。猫ってやつはこう見えて結構デリケートな生き物なんです』

 それがどうしたと言わんばかりの口調だった。

『いえ、ただ参考のために聞いてみただけですよ』



 




 

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