その10 聞き込み 2
『何の話です?』
倉田良治の目が、明らかに動揺したのを俺は見逃さなかった。
『隠し立ては止しましょう。RYOU先生のブログですよ。それに関連して起こった連続殺人の』
彼は何も答えず、そっぽを向き、小さな声で言った。
『・・・・僕を犯人だと?』
俺はしばらく間を置き、音を立ててシナモンスティックを齧ってから、
『そう言いたいところですが。私が名探偵であったとしても、証拠が無けりゃ決めつけることは出来ません。誰であれ人権てものがありますからね。厄介なことに』
わざと皮肉っぽく言った。
『ちょっと失礼、二階を拝見してもいいですか?』
彼は、どうぞという代わりに黙って頭を動かし、顎をしゃくって階段を示した。
一段目に足を掛けようとすると、
『二階にもパソコンはありますよ。中身を見たい時には声を掛けて下さい』
『そうします。何しろ機械は苦手なもんでね』
俺はそう答えると、そのまま昇っていった。
彼の方ははもうパソコンの中のチャートに目を移している。
上がり切ったところに板戸があり、そこを開けると、横長の和室が一部屋あり、片側の壁に本棚。
その隣、南側の窓を背にしたラックの上は、いささか旧式ではあるが、ノートパソコンとプリンタ、それにルーターという、今流行の光景が鎮座していた。
だが、俺はパソコンには触らなかった。
中を覗かないというのは約束だからな。
それより俺の目は隣の本棚に行った。
確かにそこにはあのRYOU氏のコミック二冊があった。
だが、それには関心がない。
当然あるだろうと思っていたからな。
俺が目を向けたのは、コミックの隣にあった絵本だ。
絵本、とはいっても、誰でも知っている昔ばなしをアニメ風に描いたものだった。
表紙に大きくフェルトペンでバッテンがしてある。
頁を繰ってみると、主人公の顔だけにやはりバッテンがしてあった。
俺は上着の内ポケットから小型カメラを出して一枚、二枚とシャッターを切り、そのまま棚に戻し、階段を降りて行った。
『何か分りましたか?』
倉田氏は相変わらずディスプレーの上のチャートから目を離さずに、降りてきた俺に声を掛けた。
『少しね。ただ、お約束通りパソコンには手も触れませんでしたよ。』
『そうですか』
そこまでは無感動な声だったが、次に出たのは妙に感動に満ちた響きだった。
『見て下さい。また上がりましたよ!』
『そうですか』
今度は俺が無感動に返した。
『私はデジタル世界にも株にも興味がなくってね』
”お邪魔しました”
言いかけて、俺は質問をつけ加えた。
『ああ、ついでにもう一つだけ、件の殺人事件が起きた時、貴方はどこにいらっしゃいましたか?』
『アリバイ、ってやつですか?』
パソコンの画面から顔を放さず、倉田氏は言った。
『私はここ一ヵ月近く、家から出ていません。その間証券会社の社員と何度も電話で話してますよ』
そう言って、俺でも聞いたことのある高名な証券会社の名前を二つ三つ口にした。
『何なら今ここから確かめてみますか?』
『いや、結構』
俺はそういうと、そのまま倉田家を後にした。
門を出て、しばらく歩いて大通りに出るとタクシーを拾った。
『新潟駅まで』
そう告げ、小型デジタルカメラを取り出した。
俺にしちゃいい写りだ。
さて、今度はまた関東に逆戻りだ。
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