復讐同盟
冷門 風之助
その1 発端
10分、20分、いやそれどころじゃない。軽く1時間は経っているだろう。
俺はパイプ椅子に座らされ、腕と足を組んでいる。
ここは警視庁の某所轄捜査係の一角。
俺の周りには
『なあ、いい加減に喋っちまえよ』
『
『
俺は来た時に咥えたシナモンスティックを口の端で揺らし、何も答えなかった。
探偵だからな。ウソはつかない。
この猛暑の中、効いているんだかいないんだ分からないようなエアコンのぬるい風が、首の辺りを行ったり来たりしている。
何でお前が警察にいるんだって?
別になんてことはない。
依頼人に会いに彼のマンションまで出かけたら、そこに死体が転がっていた。
だから110番に掛けた。
それだけだよ。
するとやってきた
『ちょっと署まで同行してくれんか』と来た。
早い話が、
”任意同行”ってやつだ。
勿論断ろうと思えば断ることも出来たんだが、
かくして俺は所轄の片隅に座らされた。と、こういう訳だ。
流石名うての刑事達も匙を投げ、解放された時には夏だというのに陽が沈みかけていた。
その日俺は拳銃は持っていなかった。
当たり前だが硝煙反応も確認されなかった。
これじゃ幾ら悪徳刑事共でも留めおくわけにもいかない。
だが、一応俺も善良な納税者、免許持ちの私立探偵だ。
新宿四丁目の通称三角ビルの五階にある、俺の城、
『乾宗十郎探偵事務所』に帰ってくると、肘掛椅子に腰を下ろし、デスクの上に足を投げ出し、一昨夜の依頼人とのやり取りを思い出していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
依頼人(いや、正確には依頼人予定者、というべきか)から俺の事務所に電話があったのは、一昨日の午後四時四十五分の事だった。
知り合いの弁護士からの紹介があったとはいえ、流石にこの時間だ。
いつもなら”業務終了”のプレートをドアに下げ、ネグラへと引き上げようかと思っていた矢先だった。
電話の向こうの声は、擦れて、明らかにおどおどしている。
彼は名前を須田秀夫と名乗った。
年齢は40歳。
ある私立高校で非常勤だが化学の講師をしているという。
(なんだ、
教師嫌いな俺は心の中で呟いたが、まあ客には違いない。
『・・・・ではまずお話を伺いましょう。引き受けるか否かは、それから決めさせて頂きます。宜しいですか?』
『誰かが私を陥れようとしているんです』
彼は小さな声でそう続けた。
今から半月ほど前のことだ。
勤務が終わって帰宅する時、最寄り駅のプラットフォームから、階段を下って改札へ降りようとした時、誰かにいきなり背中を押された。
幸い、二・三歩のところで手すりにつかまり、辛うじて体勢を立て直し、事なきをえたので、何も起こらなかった。
”他の通勤客が当たったのだろう”
最初はそう思ったが、流石に同じことが何度か続くと、尋常ではないと思うようになったが、しかし証拠はない。
その出来事は数度で終わったが、それからまた間もなくして、今度は学校の同窓会の帰り、したたかに酔って家の近くまで帰ってくると、車道を通り過ぎて行った車から狙撃されたのだという。
右頬に鋭い痛みを感じ、気が付くと、すぐ傍の歩道にパチンコ玉が落ちていた。
『それからというもの、今度はいつどこで狙われるかと思うと気が気ではありません。幸い私は講師ですから、割と勤務にも自由が利きますので、二週間ほど休職扱いにして貰いました。』
それからというもの、殆ど家から外には出ていないという。
『警察に被害届を出しちゃ如何です?狙われたのが事実なら、何とかしてくれるでしょう。』
一度警察には行ってみた。
しかし向こうはにべもなく、一応は受理するが、もっとはっきりした証拠がなければ、動きようがないと返答しただけだったという。
『何か心当たりはないんですか?人から恨みを買うとか・・・・』
俺の質問に、彼は少し高ぶったような調子で
『そんなものないから、貴方の所へご相談に伺ったんです』と言った。
なるほど、確かにその通りだ。
『分かりました。しかし兎に角電話だけでは話にならない。ご自宅から外に出られないなら、私の方から伺いましょう』
俺の言葉に、須田氏はほっとしたように、
『有難うございます。では三日後の土曜日、家は中野にある〇〇マンションです』
といい、
”引き受けて下さるなら、
この暑いのに、うろうろと出かけて行くのは、流石の俺でも少しばかり
背に腹は代えられん。
そう考えることにした。
しかしまさか、三日後に死体になった須田氏と対面するとは、その時の俺は想像さえしなかった。
場所は東中野、マンションとは言っても、そうそう豪華なものではない。
六階建ての、ごくありふれた建物。
間取りは3DKにバス・トイレ付き。
家賃は一月6万5千円といったところだろう。
俺は指定された通り、エレベーターで最上階の六階まで上がり、
とっつきの部屋のチャイムを鳴らした。
応答がない。
二度・三度鳴らすが、やはり反応はなかった。
仕方あるまい。
俺はジャケットを探り、内ポケットからこういう時の必須アイテム、ピッキング・ツールを出す。
ものの三分も経たず、鍵は開いた。
幸いにも、チェーンはかかっていない。
手袋をつけた手でノブを回し、中に入る。
呼びかけてみたが、返答はなかった。
靴を脱いで廊下をまっすぐ進むと、リビングになっていた。
依頼人はそこにいた。
ただし、死体だったが。
銃で撃たれたらしい。
両肩と腹、そして額の真ん中に弾痕があり、身体を半分ソファにもたせ掛け、
目と口を大きく開けていた。
え?
”何で死体だって分かったか?”だって?
額のど真ん中を撃ちぬかれているんだぜ。
誰が見たって分かるだろう。
俺は迷うことなく、その場で110番したという訳だ。
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