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Nora
01話.[意味はないのだ]
「おい、金を貸してくれよ」
帰ってゲームでもやるかなどと考えつつ歩いていたときに急にそんな声が聞こえてきて足を止めた。
おいおい、こういうことってマジであるのかよと数秒は固まっていたものの、なんか見て見ぬふりも気持ちが悪いから声をかけていくことにした。
「あー、ちょいちょい、そっちの男子に用があるんだが」
「は? 後にしろよ」
「いやそのほら、あの怖い体育教師に呼ばれていてさ、お前も巻き込まれたくないだろうからさ」
ちなみに体育教師はむきむきなだけで全く怖い人ではないことを知っている。
まあ、言ってしまえば一生懸命なだけなんだ、だからこう言ってしまって悪いが今回は許してほしい。
体育教師に呼び出されるってあるのかよと自分でツッコミつつもずっと奴を見たままでいた。
「ちっ」
最後までやり抜いているのはいいが、そういうのをもうちっと他のところに向けてほしいところだ。
「大丈夫か?」
「別に助けてくれなくてもよかったんだけど」
「あー、いやほら、見てしまったからにはさ」
「ふーん」
一人でさっさと歩いて行ってしまったものの、別にむかつくとかそういう風には全く感じなかった。
弱々しいとまた対象に選ばれてしまうからあれぐらいでいいのかもしれない。
というか、そんなことよりも強く気になることがあるからどうでもいいと言えてしまうぐらいなんだ。
「寒い……」
それはこれだ、冬だから仕方がないとは分かっていてももうちっとぐらい考えてやってくれないと困ってしまう。
休まずに頑張って登校しているのに風邪を引くことになったらどうしてくれようかといつも考えている。
……そんなことを考えていられるぐらい平和で、そして暇人だということからは目を逸らし、そこそこある家までの道をゆっくりと歩いていた。
急げば急ぐ程、冷えるから仕方がない、更に言えば俺の走力や体力で急いだところで疲れるだけだから意味はないのだ。
「
「あれ、今日部活はどうしたんだ?」
サボりたいお年頃なんだろうか、ただ、こっちがそわそわしてしまうからやめてほしいところだった。
やるなら見えないところでやってほしい。
「今日はお休みになったんだよ」
「ならよかった、ここら辺りで一番真面目だったお前がサボっていたりなんかしていたら嫌だからさ」
「お前じゃないよ、僕にはちゃんと櫻井
「じゃあ晃も俺にはちゃんと先輩をつけないとな」
「いいよ、僕は中学二年生だけど崇英とは前々からいるんだから」
いやよくないだろ、なんかこれって舐められているよなと内で呟く。
ちなみに出会ったのは小学六年のときだった、助けたとかそういうことではなく気づけば近くにいたんだ。
近くにいるとなれば話すのは普通のことだし、特に喧嘩とかもなかったため、気づけば高校生と中学生という風に別れていてもこうして一緒に過ごすことは多かった。
「俺の家に来るか?」
「ううん、本当なら部活がある日だから自宅でゆっくりしておくよ」
「そうか、それじゃあな」
暇な時間が多いから相手をしてもらおうと思ったが、残念、真面目すぎるのも微妙だな。
休みになったんならもっとはしゃげばいいのに、なんて、こういう駄目な人間のようにはなってほしくないか。
卑下するつもりはないが自分は素晴らしいとも言えないので、なんかこうしっかりした人間と過ごしてほしいと思う。
そこは類は友を呼ぶというやつでなんとかなるだろう、誰かのために動ける人間だから多分女子とかも放っておかないはずだ。
「ただいま」
誰もいないと分かっていてもこうして言うことだけは忘れずにいた。
部屋にまで移動するのが面倒くさくてリビングの床に丸まっていたら、気づいたときには残念ながら三時間ぐらいが経過していて苦笑することになった。
「やっと起きた」
「悪いな、いまから飯を作るから待っていてくれ」
「お友達と食べてきたから大丈夫よ」
「え? はは、嘘をつくなよ」
俺の妹は最近、こうして大して意味もない嘘をつくようになっている。
両親もあんまりいなけりゃ、側にいるのは嘘をつかない俺なのにどこから影響を受けたんだろうか。
悪いことをしてばかりの存在と関わっているんであれば止めるしかない、悪影響となる存在とはいるべきではないだろう。
「ううん、起きないから晃ちゃんのお家に行って食べさせてもらったの」
「は、はぁ? え、マジ?」
「ええ、だから私はもう寝るわ」
えぇ、あ、それなら礼を言っておかなければならないよな。
一応確認も兼ねて連絡をしてみたところ、一緒に食べたのは確かなようで礼を言っておいた。
はぁ、同級生だから頼ったというのは分かるが、それなら俺を起こせばいいのにとしか言えない。
思春期で喋りたくなかったということなら先程のあれはおかしいし、よく分からないことをしてくれる娘だ。
まあいいか、そろそろ両親も帰ってくるから飯でも作って、食って待っていようと決めたのだった。
「ふぁぁ~……」
「大きなあくびだね」
「夜更かしをしたわけじゃないんだが、冬はいつもこうなんだ」
脳が登校することを拒絶している感じか。
本能的なことだから仕方がない、そう、だからこれも仕方がないことなんだ。
「ちょっと待ってよ、どうして逃げようとするの?」
「いや、だって俺らは友達というわけでも知り合いというわけでもないからな」
「それでもこの通り、同級生なんだから逃げる必要はないでしょ」
幸い、女子をじろじろ見るようなやばい趣味はないから今回もちゃんとどこの誰だか分からなかった。
それでも肩の少し下ぐらいまで伸ばしている髪を見ると、妹が高校生になったんではないかという気分になる。
一緒にいられるのかどうかは分からないとしても妹がこの学校にいてくれたら分かりやすく楽だったことだろうな。
だってそれなら晃もいるってことだろ? あの常識人がいてくれることの方が大きいと言えた。
「自己紹介よろしく」
「俺は加福崇英という名前だ」
「分かった、それじゃあね」
えぇ、なんだあの女子は、せめてそっちも自己紹介をしてくれよ、と。
なんか怖いから教室に引きこもっていよう、見回してみてもあの女子が実は同じクラスだった! なんてことはないから安心して過ごすことができる。
罰ゲームなどで近づかれるよりもああして意味の分からなさをこちらに見せつけながら来る存在の方が嫌だった。
「昼飯昼飯ー」
まあでも、昼飯を食うときぐらいは教室以外の場所に行きたくなるというもんだ、そういうのもあって誰も来ないであろう屋上前まで移動して食べていた。
屋上には出られないからここで妥協するしかないという残念な点はあるものの、狙い通り一人でゆっくりと食べられているから気に入っている。
「なるほどね、あなたはここで食べるんだ」
「い、いつからいたんだ?」
上から来られるよりはまだマシ……なんだろうな。
背後から声をかけられるようなことにならなくて本当によかった、もしそんなことになっていたら俺はこの女子の前で分かりやすく情けないところを見せることになったからだ。
「あなたを尾行した形になるから先程からだね」
「じゃ、じゃあほら、お前も食べろよ」
「うん、食べないとお腹が空いちゃうから食べるよ」
晃でも妹でもいい、俺を助けてくれ!
「自己紹介はともかくあなたに近づいている理由を言っていなかったよね」
「悪意がなければ近づく理由なんてどうでもいいが」
無理やりそういうことにしてこの違和感がすごい状態をなんとかしたかった。
昔から異性とはあんまりいられていないから慣れないんだ、理由がどうであれすぐに失敗をしそうで微妙な気分になっていく。
「あなたが弟を助けてくれたからだよ」
「いや、多分あの男子はそこまで弱くないと思うぞ」
「へえ、どうして?」
「助けてくれなくてよかったって口にしてすぐに帰っちゃったからな」
自分のためにしただけだからあの結果でも不満を抱いたりはしない。
「ごめん、お礼も言えないなんてだめだめな弟だよね」
「いや、別にそのことはどうでもいい、見て見ぬふりができなかっただけだ」
だから気にするなと、弟に余計なことを言わなくていいとぶつけておく。
自作ということもあって適当弁当はすぐに食べ終えた、持参している麦茶も飲めばいつも通りの昼休みだと言える。
俺の敷地というわけでもないからたまたまそこに誰かがいただけだと終わらせておけばいい。
「戻るわ、あ、ここは時計がないから早め早めに行動をしておいた方がいいぞ」
「うん」
忘れていないかしっかり確認をしてから自分の教室がある階を目指して歩く。
教室に着いたら突っ立っていても意味がないし、自分の椅子に座って適当に会話なんかに意識を向けておくことにした。
別に真剣に聞いているわけではないからやばい奴とはならない、また、聞かれたくないことならもっと小声で喋るべきだ。
なんてことを考えつつ過ごして、授業が始まっても色々考えたりして時間経過を待っていた。
「お、暇そうな人間がいるな」
「いまから帰ろうとしているところでしたからね、暇ではないですよ」
「ちょっと手伝ってくれよ」
「……分かりましたよ」
そこそこ家まで距離があるのに手伝うことになったらもっと酷いことになる。
だが、こうして直接頼まれてしまったからには無意味だ、今回は俺がどうこうではなくこの先生がそういう存在だから無意味となるんだ。
「ここを今度使うから掃除をしておいてくれって頼まれてな」
「え、ここって普段生徒が担当している場所じゃないですか」
なんなら一年のときは俺も掃除をしたことがある場所だった。
高校になら絶対にあるそんな普通の場所だ、あと、どう見ても奇麗だから追加でやる必要はない気がする。
「だから俺もそう言ったんだ、でも、お偉い人が来るから! って言われてさ」
「色々と大変なんですね」
俺らにとっての先生がそうであるように、先生達もまた同じような状態になるということなんだ。
自分より年上がいるから仕方がない、そもそも、そういう存在がいてくれないとやってはいけないからなあ、と。
「大変だよ。ただ、生徒の元気そうな顔を見ているとそんなことどうでもよくなるんだよな、これって自己暗示みたいなものなのかねえ」
「悪いことじゃないんですから……いいんじゃないですか?」
「そうだな、生徒の顔を見て『なんだあいつら!』とか感じる人間じゃなくてよかったよ」
どかして掃いたり運んだりを繰り返していたら先生の判断で終了となった、どうせなら最後までやりますよと言ってみても「流石にここからは俺がやるよ」と聞いてくれなかった。
それなら最初から云々とは言ってはいけないんだろうな、大人の対応というやつを求められているのかもしれない。
「うわぁ、寒いな」
この冬に限って強く冷たい風が吹くのなんとかならないだろうか。
暗いところが苦手とかそういうことはないため、そこだけはなんとかしてもらいたいところだった。
「ふむ、家事をしているんだね」
「ああ」
「それで一つだけ大きな洗濯物があるけど……」
「ああ、これは妹だな」
一週間に一回丸ごと洗う――というのは冗談で、こうして洗濯物を干しているときは付いてくるのだ。
俺も大概だが人間を洗濯物扱いした彼女はある意味すごかった。
「今日は部活もないから晃ちゃんのお家に行ってくるわ」
「おう、気をつけろよ」
最近はどうしてここまで部活が休みになっているんだろうか、俺らのときは雨だろうが学校に集まって無理やり校内で活動していたが。
教師がやる気がないというわけでもないだろうし、よく分からないことが連続するもんだと内で呟く。
「それとも兄貴も行く?」
「いやいいよ、邪魔をするわけにもいかないからな」
「別にそういうのじゃないのに」
だってよう、この女子の相手をしておかないとずっと来てしまいそうだからよう。
冗談はともかくとして、俺だって本当なら妹や晃といたかった。
時間が合わなくて一緒にいられる時間は分かりやすく減っているからなのと、本当なら女子といることで経験値の高い晃に任せておきたいところだったんだが……。
「終わりだな、中に入ろう」
「そうね」
「そうだね、お疲れ様」
「おう……って、なんでお前は朝から来ているんだ?」
このさも当たり前のようにいられるメンタルは正直、羨ましかった、俺にもこれぐらいのメンタルがあればもう少しぐらいはいい結果になっていたと思うから。
「昨日別れる前に『明日の朝、お家に行くからね』と言ったよね?」
「言ったが、本当に来るとは思わないだろ……」
「まあまあ、別に悪意を持って近づいているわけではないんだから許してよ」
朝飯をちゃちゃっと作って食わせていたら何故か彼女も食べていた。
おかしいな、どうして俺はここにいるからって三人分作っているんだよ……。
「じゃ、行ってくるわ」
「あ、おう」
くそう、しかも考えている間に最大の味方が家から出て行ってしまったぞ……。
「加福君、これからどうするの?」
「今日は買い物だな、終わったら適当にだらだらして過ごす予定だ」
寝るのもいいし、掃除をするのもいいし、ゲームをするのもいい、やれることは沢山あるから退屈な時間の開始とはならない。
というか、家にいられている時間が一番幸せなのにこれ以上のわがままを言ったらこれすらも取り上げられてしまいそうだからやめておいた方がいい。
なんでも当たり前ではないんだ、それは今日こうして彼女が来ていることでよく分かった形となる。
「それなら妹さんが帰ってくるまで付き合うよ」
「え……」
「大丈夫、なにか悪いこととかを企んでいるわけではないから」
なんなんだこの女子は、別に自分が助けられたというわけでもないのに変なことをしてくるな。
ブラコンなのか? でも、それなら大好きな弟とずっと一緒にいようとするものだろうから……。
「ふぁぁ~、今日はいつもより早起きすることになって眠たいよ」
「大きいあくびだな」
「真似をしないでよ」
しゃあないから布団を持ってきて渡しておいた。
まだだらだらするわけにもいかないから彼女が寝て静かにしている間にしなければならないことを終わらせてしまう。
「よし、じゃあ買い物に行ってくるからな」
声もかけたのに起きなかった彼女が悪いと片付けて寒い外へ。
寒さはどんどん酷くなっていくばかり、おまけによく分からない女子が来るようになって一人でゆっくり過ごすこともできていない。
でも、残念な気持ちばかりではないというのも事実で、安定して話せる相手がいてくれるというのは……。
「ありがとうございました」
まあ、そこは認めるしかない、結局完全に一人で過ごすなんて無理なんだ。
「ただいま」
「おかえりー」
やっぱりこいつは凄えよ、慣れない相手の家でここまでさも自分の家みたいに過ごすことができるんだから。
「肉まんを買ってきたんだ、食うか?」
「そうでなくても朝ご飯を貰ったりしたのに、いいの?」
「ああ、食え食え」
なにか悪いことをしているわけではないから安心して食ってくれればいい。
二人分を温めて、彼女に渡してからまだ熱々のそれにかぶりついた。
「あっち!? はは、熱いと分かっていてももったいない気がしてすぐに食べようとしちまうんだよ」
「ふー、ふー、ふー!」
「あれ、猫舌ってやつか?」
「うん、熱々なのは駄目なんだ」
ちゃんと食べてくれればそれでいい、冷めてから食ってもこいつは美味いから全く問題はない。
しっかし、こいつも上手いな、異性といるのが慣れていない俺でも普通に一緒にいられてしまっている。
まとっている雰囲気か? 何気に好みのタイプだからとかか? んー、はっきりしないというのはなんとも微妙な感じだが……。
「あつっ」
まあいいか、こうして一緒にいられる機会があれば今度分かることだろう。
というか、いま考えても意味のないことだから無理やり終わらせるしかなかった。
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