第5話 事件は起こり得るのか 中
「まず、私はFBIがこのポイントに絞った理由を尋ねてみよう。
君は、このエリアで狙撃できるポイントを探すんだ」
クルガンは渋々と資料に目を通す。
文字を目で追い、脳の内側で、“時計”と呼ばれるスナイパーと彼の仕事場を組み立て、スナイパー・クルガンとして世界の法則に森羅万象を組み込んでゆく。
「幾何学的に見れば、狙撃とは三角錐の外周上座標からの攻撃。
この場合では、その政治家の胴体の中心線から仮に……半径1800mの円と、高層建築物の高さ、シカゴならハンコック・タワーだから上空500m、ボストンならハイ・イーグルタワービルの300mの高さと想定していい。
つまり、そこに現れる最大の狙撃可能範囲は底辺1800mと高さ300mから500mを持つ直角三角を回転させた三角錐だ。
これをベースに補強していくと、スナイパーが狙わないといけないのは、政治家の上半身。弾丸が命中した際に致命的なダメージを与えられる。主要臓器の位置、この場合は、脊椎、心臓、脳髄………」
私が分かるのは長距離射撃。それに対してクルガンが述べているのは長距離狙撃のプロセスだ。
射撃で狙うのは的、狙撃でねらうのは目標。やはりこの違いは大きい。
「このスナイパー“時計”は、全部ターゲットの頭を撃ち抜いている。
プロとしての技術に加えて、わざわざ的の小さい頭部を狙う事をプライド。トレードマークとしている」
人間を殺すのに頭を吹き飛ばす必要はない。重要臓器や太い血管を傷つければいいのだ。弾を敵に当る事を考えれば、臓器が多く的な大きい上半身を狙う事が最適解なのは間違いない。
しかし、クルガンはこの暗殺者はそんな事はしないと言い切った。
「そのスナイパーは頭を狙うと思うよ。それが自己顕示欲に繋がってる。
でも、プロでもあるから弾道が万が一に、予想外の影響を受けた時でも対象を殺せるように撃つ。
そのスナイパーの腕を見る限り、高さ方向には誤差が出ても、横方向には絶対誤差を出さない。
眉間を狙って、鼻根くらいに命中する事はあっても、右目や左目に命中する事は絶対にない。それは彼の所業がそう物語っている」
狙撃の難しさは、わずか数cmの鉄の塊を遥か遠方の目標に命中させる事だ。
弾丸放たれた前からありとあらゆる物理的な影響を懸念しなければならない。
「実際は風や湿度で狙い通りに行かないでしょう」
「もうその練習は済んでいると思うよ。とっくに狙う場所は決めていて、何年も遡ってその土地の気候を調べて尽くしてるはず。
風がどう吹いて、湿度がどの程度かも、そのスナイパーの頭には指標と修正値がびっしり詰まっていると思っていい」
一撃必殺の狙撃に修正は行えないとクルガンは続けた。
「このスナイパーが頭を狙うなら、政治家の身長と狙撃地点の位置関係は、1800mの辺を持つ台形を横置きにした上辺と底辺内に存在する座標上となる。
さらに、政治家の講演会場は2カ所とも背中側をステージの宴幕が遮ってる。つまり、狙撃できるのは上院議員の正面側の半円になるわけだ。
そう考えてみると、単純計算で……この上院議員の身長……地上190cmの位置にある顔、そこに的を設ける。
このスナイパーの流儀で言うなら、下限を上唇、上限を眉頭として、横範囲を左右の目頭と想定した四角形。その範囲。
そして、その範囲に弾を撃ち込める角度は限られてくる」
「それだけの条件を絞れば………見つけられるかな」
「かなり正確にできると思う」
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