異世界転生したら、公爵令嬢だった!?婚約者候補三人もいるって本当ですか?僕、男の子ですけど
こねこまる
プロローグ
僕は自分を【不幸】だとは思っていなかった。
自分なりに幸せだと思っていたし、親が妹に対しての溺愛ぶりは女の子だから、そういうものだと思っていた。否、思うようにしていた。
いつだったろう。自分が父親の実子ではないと知ったのは。
----そうだ。風邪をひいて一人で病院に行ったときだ。何気なく目に止まったカルテに【養子】と書かれていたんだ。あれ、なんだ? 養子ってどういうことだ? 僕は中学生の脳みそで必死に考えた。ぐるぐるぐるぐるその文字は頭の中で回り続けた。
だけど、答えなんて出るはずもなく、それを母親に聞くこともできなかった。もちろん、父親にも。
妹との扱いの差が激しいのは父親のほうだった。
父親はなにかにつけて僕を殴った。
理不尽な理由で。
手鏡で殴られたことも、金属製のライターで殴られたこともあって頭から出血したが、病院に行った記憶はない。
どうしてそんな殴られかたをされたのか、僕は覚えていない。
吸っていたタバコを手の甲に押し付けられたこともあった。
三ヶ所だ。
いったい僕は何をしたんだろう? あの人はそのときの気分で僕を殴る。
母親はいつだって止めに入ったりはしない。
「だって、止めに入ったら余計激高して手に負えなくなるから」
それは、正当な理由なのだろうか?
そんなこともあって、僕は両親共に実の親ではないと考えていたのだけれど、十八歳になった日、母親はさらっと告白してきた。
「気がついていたとは思うけど、あなたはお父さんの子供じゃないのよ」
----気がついていたと思うなら、そのときに言ってよ。
「本当のお父さんに会いたかったら、探してみるけど」
----今まで何の連絡もしてこなかったような人に、会いたいと思う? っていうか、見つかるの?
「妹にもいずれ話さなきゃとは思っているんだけど」
それを今、僕に言う?
あぁ、結局のところ、僕は前夫の子供で、義理の父親からしたら可愛いわけもなくて。だから、妹と六歳も離れているのかとか、色々考えを巡らせているうちに、ふと。母親に対して、僕という子供がいながら、わざわざ義理の父親の子供を産んだのか? という疑問がわいた。
だって、そりゃあ、自分の子供のほうが可愛いに決まっている。って、わかるだろう? 実子ができたら僕がどうなるか、考えてくれなかったのか。
男だからとか女だからとかそんなの関係なしに、僕はそもそも愛されようがなかったんだ。それでも、偽りの愛情は向けてもらえたかもしれないのに。
「だから、妹のことは殴らなくて、僕のことは殴ったの?」
ぽつりと聞いたら「お父さんも必死だったのよ、あなたがぐれないようにするために」とか言った。
それは、殴っていい理由なのだろうか。そんなわけないだろうと言いかけてやめた。
あなたはどうして僕を産んだの? それも言いかけてやめた。
僕は不幸じゃない。
でも、早くここから逃げ出すべきだったんだ。
「お兄ちゃん、あのさ……お金、貸してくれないかな」
僕が社会人二年目の夏、妹がそんなことを言ってきた。お小遣いをねだるなんて今までなかったから不思議に思った。
しかも家で言われたのではなく、わざわざファミレスに呼ばれてだ。
「母さんか父さんに言えば、お小遣いくらいいくらだってくれるだろ?」
「ちょっと……お母さんたちには……言えなくて」
「なんで? っていうか、いくら必要なの?」
「十二万」
「……十二万? 何に使うの?」
「言えば貸してくれる?」
「うーん……」
いくら給料をもらっている身だとしても十二万は大金だ。
「お兄ちゃんしか頼れる人がいないの、お願い」
義理の父親似のくっきりとした二重まぶたの大きな瞳が、僕を見つめてくる。
妹に対しては嫌な感情は抱いていなかった。ただ父親が違うってだけで母親は同じなのだから、本当の兄妹とかわりはしない――――と思っていた。
「何? ブランドもののカバンでも欲しいの?」
さすがに買ってあげるとは言えないけれど、初めて頼られたのだから、返してもらえるかどうかはともかく、貸してもいいかなと考え始めたとき、予想外の言葉が彼女の口からでてきた。
「……妊娠、しちゃったの」
僕はもっていたコーヒーカップを落としそうになった。
「え?」
「……中絶費用が……必要で、だから……」
君は高校生――――という言葉は寸前で飲み込んだ。
言ったところで、起こってしまった事実は変えられない。
「親には、言ったほうがいいと思う。せめて母さんには」
「……でも……」
「母さんだって十八歳で僕を産んでいるんだし……」
ふいに脳裏に戸籍謄本がちらついた。実父欄に書かれていた知らない人の名前。仄暗い気持ちが心に落ちる。
「無理よ! だってお母さんはそのとき結婚したじゃない」
「でも、内緒でっていうのは----」
「お兄ちゃん、冷たいのね。半分しか血が繋がってないから?」
「――――っ」
妹は切り札とばかりにその言葉を口にした。妹に話したのなら、僕に報告しておいてくれよと苦々しく思った。心の準備なしにぶつけられた言葉は、僕の精神をガリリと削る。
「私がこんなに困ってるのに!」
泣き始めた彼女を見て、今回の件はどうあってもきちんと説得するべきだったのに、それでも、と突っぱねることができなかった。
「――――お金は僕がなんとかする」
「ありがとう! お兄ちゃん」
彼女は、ぱぁっと笑顔を見せる。
「あと、もうひとつお願いがあるの」
「え?」
まだあるのか?
「手術の日は一日入院しなきゃいけないの。だから、その日はお兄ちゃんと旅行に行くってことにして欲しいの」
「旅行って……」
今まで二人で遊びに行ったこともないのに、旅行だって? と僕は目を丸くした。
「そんなの、親が許すわけないだろ」
「お母さんはいいっていうわよ。二人は仲良くして欲しいって言っていたもの」
「……母さんはともかく……」
「お父さんの出張が来週の水曜日にあるの」
「いや、僕は仕事が」
「有休があるでしょう?」
彼女はにっこりと笑った。世界はまるで自分中心に回っていると、信じて疑わない笑顔だと僕は感じる。
そこまで彼女の言いなりになる必要はない。とそのとき僕は確かに思ったはずなのに、ガリリと削られた精神が疲労を訴えていて、これ以上彼女と話し合う気力が削がれていた。
(用意周到、だな)
浅いため息をついた。
秘密なんて、浅知恵で作り上げたものほど露見しやすいもので――――。
“ふたりで旅行にでかけた”という(それもそもそも嘘ではあるが)話が父親にバレた。
「年頃の男女二人が旅行とは何事だ! せっかく育ててやったのにふしだらなッ!」
ふしだらという言葉は僕に向けられた言葉だ。
父親が激高し始めたときから、その矛先はすべて僕に向けられている。
バラしたのは母親だ。
この前仲良く旅行にでかけたのよという、軽い話のつもりで言ったのだろうが、父親の豹変ぶりに母親は顔を青ざめている。妹も震え上がっていた。
ウイスキーが入ったグラスが僕めがけて飛んできたが、僕が避けるまでもなく当たらず、そのことで余計に気を悪くした父親は、ガラス製の灰皿を掴んで歩み寄ってくる。
(あぁ、この人は昔から少しも変わっていない)
僕の言い分など一言だって聞きやしない。いつだって一方的に決めつけて、感情のままに動く。
ゴツっ。
鈍い音がして、僕は椅子から転げ落ちた。頭が痛い。意識が遠くなる。
「厳しくしつけてやったのに! おまえという男は!!! 大事な、私の娘に――――!!」
二度、三度と頭を殴られる。
濡れた感触が頬を伝う。鉄っぽい匂いがした。
「お父さん! やめて! お兄ちゃんが死んじゃう!!」
僕は、ふっと笑った。
あぁ、やっと――――家族の中で、このしつけと称した虐待を、止めに入ってくれたね。
それで、僕は満足だった。
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