第41話 悠々自適に


「ダブルドライブ……」


 水と光の二重魔法。

 目の前で発動されたそれは、上級魔法など軽く超えていた。


 俺からしてみれば、魔法を二つ同時に使う時点で天才だ。

 しかも、その二つの魔法を複合させている。

 それは、俺が今まで見た魔法の中で群を抜いていた。


 けれど、それでも俺は思ってしまう。

 この程度では怪物には程遠い。


「す、すごいじゃないか……」


 ふわりと目が開き、俺を向く。


「師匠、これならあの人に勝てると思いますか?」


 あの人。

 それはどっちの事だろうか。

 リラとか言った、あの領主の付き人か。

 もしくは奉納祭で暴れた領主本人か。


 どちらにせよ、俺の回答は「知るか」だ。

 どっちが強いなんて知らない。

 そこそこ力量がある奴しか分からないだろ。


 そして俺に力量なんざ無い。


 でもまぁ……


「無理だろうな」


 どっちを相手にしたとしても、結局あの巨人が出て来て蹂躙される未来が見える。


「俺もそう思います」


 拳を握り込んでそう言った。


「それに、この魔法はまだまだ制御が甘いです。もっと強くならなくちゃ」


 凄いよお前は。

 公爵家だとか、多分そんな事関係ない。

 こいつの意思の力。


 クソウザい、俺には無い子供の力。


 だから疑問に思う。


「強くなって何がしたいんだ?」


「え?」


「公爵家の次男の目的ってのは何なんだ? お前は将来、どうなってれば満足できるんだ?」


 結局、強さなんて手段でしかない。

 俺みたいな男でも、数千人の盗賊団を率いていたのだ。

 それは、贅沢の為。

 俺自身の快楽の為。


 でもこいつはただ強くなろうとしている。


「世界を旅するだけなら、もうお前の力は十分だと思うぞ」


 他種族相手でも、それなりに戦える。

 そんな気がする。

 それに、気迫も最近のこいつは大人になった感じがする。


 赤い巨人も、あの領主にさえ手を出さなければ問題ない。

 リラとかいう護衛も同じだ。


「勝てない戦闘なんて避けてなんぼの旅人だろう」


 俺だって盗賊時代はそうだった。

 勝てない奴とは極力戦わない。

 勝てなさそうな奴とも極力戦わない。

 そうやって今がある。


 家から逃げて、魔法から逃げて、剣術から逃げて、盗賊団からも逃げて。


 そして今がある。


 それが身の程を弁えるって事だ。

 こいつは俺より優秀だが、神様仏様の類じゃねぇ。

 願うだけで叶いはしねぇ。


「あの領主は魔族と和平を結んだ。けど顔色を見るに、ありゃ全然満足してない顔だ。あの大事ですら、目的に至る為の手段の一つでしかないって訳だ」


 盗賊なんてやってるときによく見た顔付きだ。

 欲望を隠しきれない表情。

 自信があって、欲望を抑えきられない残虐な顔。


「お前の目的が、世界を旅して遺跡でもなんでも見つける事なら、もう力は十分だと思うがね」


 そう言うと、アストの魔法が解ける。

 そして、俺を向き直る。


「あのシェリフ・スタン・アルレイシャという辺境伯が、俺は嫌いです」


「俺も嫌いだよ」


「だから、その人が俺の嫌な事をした時に止められる力が欲しい」


「それは無理だな。少なくとも、お前がやってる修練の先にそれはねぇよ」


 下らない現実で。

 最悪な事実だ。

 だが、それを無視して歩みは進まない。

 俺の様に玉砕するのがオチだ。


「まぁ、焦る事はないさ。考えればいい、自分の身の振り方って奴をな」


「師匠、何処へ!?」


「俺は今日限りお前の指南役を辞める」


 そもそも、最初から教える事なんて何も無かった。

 俺は金が欲しかっただけ。

 多少、貯金はできた。

 奉納祭も終わり、公爵家一家も領地に戻る。

 それに付いていくつもりはない。


 王都で俺は指名手配犯。

 さっさとこんなとこはトンズラして、辺鄙な村で静かに暮らすさ。

 もう盗賊に復帰したいなんて思いも無いしな。


 あんな化物が世界に存在するのなら、殺しても誰からも文句の出ない盗賊なんて危険度は冒険者以上だ。


「じゃあな」


 言い残して、公爵家の俺は別荘を出ていく。



 街は賑わっている。

 奉納際が終わっても、貴族が滞在している間は祭り事が催されているようだ。


「そこのお方、良ければ酒場にでもどうですか?」


 若い女が俺にそう話しかけて来る。

 ローブの様な物を着ているが、その中に薄着の豊満な胸が見え隠れしている。


「まだ、昼だけどもう客引きしてんのか」


「えぇ、祭りの間は特別ですわ」


「それじゃあ、少し飲ませて貰おうかね」


 女についていく事にした。

 王都を出るのは一杯やってからでも遅くない。


 少し暗めの裏路地に入っていく。

 まぁ、そういう店ならこういう場所の方が都合がいいんだろう。

 そう気にせず歩いていると、女が俺に喋りかけて来る。


「ご職業は何を?」


「貴族様の護衛だな」


 もう辞めたけど。


「立派です。でも良いのですか、貴族様の元で働かれる方が私の様な商売女に付いて来ても」


「たまには息抜きも必要だろ?」


 そう言った瞬間だった。

 女がローブを残して姿を消す。


 しゃがんだ。

 そう気が付いた時には、既に足が地面から離れていた。


 自重に従って俺の身体は後ろへ倒れる。


 女が俺の腕を取り、地面に背中を叩きつける。

 そのまま流れるように、馬乗りに乗られた。

 下着の様な布面積の服が露わになる。


 なのに、全く興奮しねぇ。


「私の夫を……子供を……殺したのも、息抜きか?」


 涙を目尻に溜め、形相に睨む女を前に、俺は全てを理解する。


「許してくれ……俺はもう盗賊は辞めたんだ」


「そう言って、懇願した人間を何人殺したんだと聞いてるんだ!」


 女の手に持っていたナイフが顔の真横に刺さった。

 頬に血線が走る。


「楽に殺されると思うなよ。大悪党、両手両足の健を斬り飛ばし肉食虫のプールに捨ててやる。犯され死んでいった皆の思いを、少しは考えてから死ね!」


 動けない。

 なんだ、この女の筋力。

 なんで、魔法使いが娼婦なんてやってやがんだよ……


「金もやる。そんな仕事を辞められる額だ。だから見逃してくれ、この通りだ!」


 俺はそう懇願するやり方しか知らない。

 そうやって生きて来た。

 けど、この女にそれは逆効果らしい。


「都合のいい事を言うな!」


 女のナイフが俺の腕に向かって振り下ろされる。


「師匠から離れろ!」


 突然現れた聞き馴染みのある声の主が、女のナイフの持った腕を掴む。

 そのまま、圧倒的な膂力で女を投げ飛ばした。


「アスト……どうしてここにいる?」


「引き留めようと思って。師匠の魔力の波形から魔力探知で追いかけてきました」


 魔法ってのは何でもアリだな。


「お前、誰よ! 邪魔しないで!」


「俺はアスト・レイナード・グロービス。この人の弟子だ」


「グロービス? まさか公爵家の……クソが、何処まで中枢に入り込んでるのよ!」


「何故、師匠を襲った!?」


「は? 貴方まさか知らないの? そいつは元々大盗賊団のお頭よ。まぁ、盗賊団自体はあのお方に皆殺しにされたけどね」


 まさか、シェリフの奴と繋がってるのか。

 だとしたら、こいつがもしあの怪物に俺の事を報告したら……


 また狙われる……


「嘘を吐くな! 師匠が盗賊? 吐くならもっとマシな嘘を言え!」


「どうやってそこまで垂らし込んだのか。いや、流石元首領と言ったところだね」


「いい加減にしろと言っているだろ! 寧ろ師匠は俺を盗賊から守ってくれたんだ!」


「それこそ、盗賊団の首領なら態と襲わせて救えばいいだけでしょ」


 言い合いはどんどんヒートアップしていく。

 俺だけがその様子を冷静に見て、全く違う事を考えていた。


 俺も今年で43か。

 貴族の家を追放されたのももう20年以上前の話だ。

 そんな話を未だにやっかんで、自分は不幸だから仕方ないと言い訳して。


 なんでそんなおっさんを、このガキは庇うのか。


 俺のこの先の人生はきっと碌でも無い物になる。

 そんな確信があった。

 何をしたいとも思わないからだ。


 対してこの二人はどうか。

 俺を殺す。

 強くなって世界中を旅する。


 どちらも俺には大層な夢に見える。


 ――もういいか。


 既に終わった人生なんだから。


「アスト、確かにこの女の言う通りだ。俺は元々盗賊団の首領だった」


「「え?」」


 両者が驚きの声を出す。

 俺の真実に。

 俺が嘘を言わなかった事に。


 何故か、この子供に嘘を吐いていたままは嫌だと思ってしまった。

 このガキの愚直な性格を知ったからだろうか。

 自分が少し嫌になった。


「女、俺を殺したいなら殺せ」


「本当なんですか……?」


「あぁ。間違いなく俺は元盗賊だ」


 死刑になるだろう。

 けど、どこぞの処刑人に殺されるなら、このエロい恰好の女の方が幾分かマシだ。


「そういう事ですか……だから出ていかれたんですね」


 え?


「どういう事だい。勝手に納得してんじゃないよ!」


「ついさっき、師匠は指南役を辞めると言って屋敷を後にしました。けど、そんな偶然があるんですか? 辞めたその日に、貴方の目に留まるなんて」


「……何言ってんだよ。こいつは最低な男だ」


「それは昔の話でしょう。指南役を辞めて、貴方のお店がある通りを歩き、貴方は実際師匠に復讐しようと襲った」


「そうだ。だからって、それを全部計算してたとでもいうつもりか!? 証拠は何も無い、お前の妄想だろ!」


「師匠が、貴方に簡単に倒されたのが何よりの証拠です。師匠は武闘大会の優勝者ですよ?」


「確かに盗賊団の元首領が、冒険者崩れとは言え私なんかに簡単にやられる訳ない……」


 女は冷静さを取り戻したような表情で、俺を見た。


「じゃあ、あの煽るみたいな命乞いも全部態とかい? 私の意思が鈍らない様にって」


 女の片目から涙があふれる。

 なんでそうなるんだよ。


「じゃあ私は誰に復讐したらいいんだい……?」


 その呟きにアストは何も返さなかった。

 代わりに俺を向く。


「師匠、俺旅に出ようと思うんです。だからついて来てください。そして、もし困っている人が居たら助けてあげてください。それを贖罪にしませんか? どうでしょう?」


 最後の問いは俺ではなく、女に向けられた物だ。


「確かに、このクソ男を殺しても何が帰って来る訳でもないか。良いだろう、もしそうするなら私も付いていくよ。この男をまだ信用した訳じゃない。監視はさせて貰う」


「構いません」


 なんでだ。

 なんでそうなる。

 俺はちょっと楽できればそれでいいのに。


 化物の相手をするのも、何の夢も無くダラダラ生きるのも、嫌になっただけだ。

 なんで俺が、そんな誰か知らない奴を助けるなんて面倒な事をしなきゃいけないんだ。


 というか、そんな力は俺には無いんだよ!


「もしあんたが何も改心してないなら、私が殺す。けどもし、本当に心を入れ替えたって言うのなら、それで皆が戻って来る訳じゃないけど、生きるのだけは認めてやる」


 あぁ、言い出せる空気じゃない。

 やらないといけない雰囲気だ。


 なんで俺の人生は、こうも思い通りに行かないんだ……

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