第35話 たかが英雄
確信なんてあった訳も無い。
俺にあるのは所詮、ゲームの知識。
本物ですらなく、本当な訳もなく、記憶の中の幻想と少し世界が似ていただけ。
誰も自分が一番強いなんて思い込んでいた訳じゃない。
見下ろす影が、俺に冷酷な視線を向ける。
「魔力は僕の方が多い。剣術の腕は少し君が上かな。けど君の魔法は全部、僕にとって模倣の対象でしかない。もう分かってると思うけど、君じゃ僕には勝てないよ」
どんな原理か、なんて俺に分かる訳もない。
「うるせぇよ。ウィンドドライブ」
「はぁ、ウィンドドライブ。いい魔法をありがとう」
溜息と共に、俺が発動した魔法と全く同じ術式が騎士に、ガイアに宿る。
「一度見た魔法を完璧に記憶し忘れない。僕の力はそれだけだ」
だから俺には勝てない。
ディアナから報告を受けた魔王であっても、きっとこいつには勝てない。
あぁ、確かに人類の守護者なんて大層な異名に相応しい存在だ。
「ダブルドライブ」
加速し飛行するウィンドドライブ。
加速し反射速度を向上させるライトニングドライブ。
その重ね掛けで、俺の速度は更に速まる。
「無駄だよ、ダブルドライブ」
剣先が見切られている。
いや、加速率が相手の方が高い。
俺の動きを明確に読み切るだけの余裕がある。
そして、軽やかな速度で剣が躱され反撃が走る。
ギリギリ武器の腹で受ける。
しかし、俺の身体は吹き飛ばされた。
「魔力量は僕の方が多いし、魔法の腕も僕の方が上だ。魔法の性能差、それが君が僕に勝てない理由」
勝ち誇った表情で、ガイアはそう言う。
ディアナもリラも、カナリアでさえ、俺をここまで追い詰める事はできないだろう。
十二騎士と言うからには、後11人似たような戦力がある事になる。
「強いな」
「何をいまさら」
「まぁ、でも魔法だけで戦えばって話だが」
大体戦力のレベルは分かった。
「もういい」
魔法で戦うのは止めだ。
「は?」
そもそも、俺がどうやって王都に来たと思っている。
そもそも、宇宙船がどうやって宇宙を遊泳していると思っている。
「来い」
その穴に、宇宙文明は『ワームホール』と名前を付けた。
「アルデバラン」
黒く、けれど無限に奥行きがある異次元の穴。
それが、俺の横に展開される。
名を紡げば、俺の分身がそこに現れる。
「赤い巨人……」
宰相が呟いた。
「俺はお前と違って武人じゃない。俺は領主で、悪党だ」
何せ、世界がそう決めたのだから。
そして、俺は守られている。
何となく、無意識で分かるのだ。
俺が死ぬとすれば、それはあの男を相手にした時なのだろうと。
「たかが英雄が、悪の親玉を倒せる物語なんて無いんだよ」
いつだって、最低最悪の魔王は主人公に殺される。
期待した。
もしかしたら、そんな因果は存在せず、現実という事実だけが世界を構築しているのではないのかと。
けれど、やはり人類最強と呼ばれるこの男でさえ、俺には勝てそうもない。
「ふざけるなよ。なんだよそれ……そんなのどうしろって言うんだ……」
アルデバランに魔法は効かない。
アルデバランに人間程度の物理攻撃は効かない。
戦士でも無く、魔術師でも無く、英雄でもない。
俺は領主だ。
「よく見て置け宰相。人を守りたいのであれば、誰に平伏せば良いのかを」
機体に乗り込み、アルデバランを起動させる。
「僕は人類の希望、負ける訳には行かないんだよ!
聖属性の白い矢が、アルデバランの機体を貫く。
けれど、それも所詮魔力で構成された物。
属性も術式効果も関係ない。
アルデバランは受けた魔法を全て魔力として吸収する。
「一撃でアルデバランの魔力器が50%チャージされるとは。確かにお前は人類最強だ。俺がお前の戦力を英雄と認めてやる」
俺は奇跡を呼ぶ口上を述べる。
「故に、天翔ける赤色の遠吠えを聞け」
『認証完了・
その加速は、俺の使えるドライブ系の魔法など簡単に越える速度を出す。
「まっ」
ガイアの声が潰れて消える。
その身をアルデバランの手が捕らえた。
パリン、パリンとガラスが割れる様な音が鳴る。
それは、アルデバランの装甲に使われた魔封石が、ガイアの多重魔力障壁を破壊する音だ。
アルデバランに掴まれて魔法を使う事などできない。
俺より多くの魔力。
魔法の操作性能。
身体能力。
何よりも、模倣等という規格外の術式。
修練や訓練で身に着けた物とは到底思えない。
身に染みて習得した様に感じない。
機体を宰相に向ける。
「それじゃあどうやってこいつを作ったのか、聞かせて貰おうか?」
絞めて気絶させたガイアを床に放り、俺は宰相にそう問う。
「……降参だ」
短く、宰相はそう答えた。
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