第14話 傾略


 パイロットモニターに映る光景の中に、異様な物を捉える。

 それもあって、俺は敵の一人を見逃す判断をした。

 盗賊の討伐よりも、アークプラチナの異変の方が重要度が高いのは当然だ。


 赤く濁ったアークプラチナ号。

 こんなイベントは始めて見る。

 つまり、ゲーム内には無かったイベント。


「カナリア、応答しろ」


 数分前から何度もカナリアへの通信を試みているが、報告が帰ってこない。


 何が起こった?

 まさか盗賊団の別動隊?

 しかし、あの程度の軍事能力でアークプラチナ号の防衛機能が破れる訳が……


『ザッ……ザッ……』


 通信からそんな音が漏れる。


「応答しろ、カナリア」


 通信の変化に俺は声を荒げて返答を呼びかける。


『旦那様……貴方の心を……私は……取り戻す』


 カナリアの声で、そんな通信が流れる。

 どう考えても真面じゃない。


「何を言っている!? カナリア、船内で何が起こった!?」


 焦りが募る。

 もしも船が奪われたのなら。

 もしも村人が死んでいたら。


 クソが。


「誰か知らんが、俺の物に手を出してただで済むと思うなよ」


 アルデバランを全速力で飛ばし、アークプラチナに帰還する。

 アルデバランの速力は並みの旅客機を越える。

 一瞬で現着し、そこにはやはり俺の命令とは全く違う動きをする船の姿があった。


 1人の女がいる。

 生身の女。

 桃色の髪に浅黒い頬、赤い瞳。

 その顔つきには覚えがあった。


「ディアナか……」


 様子がおかしいのは確かだ。

 肌と目の色もおかしい。

 それに笑い方が獰猛だ。


 かと言って妹とか姉とかって訳じゃ無いだろう。

 どういう状態か。


 それに、ディアナの後ろには虚ろな目をするカナリアが控え、更に後方に数百体のオートマタが整列している。


「久しぶりですね。領主殿」


 ディアナの口が開く。


「誰だお前」


 だが、少なくとも俺の知っているディアナとは雰囲気が違い過ぎる。


「あぁ、そう言えばもう領主ではありませんね。何せ、領地が無くなったのですから」


 どうやら、会話が望みではないらしい。

 俺を嘲笑いたいという感情が伝わって来る。


 誰からも馬鹿にされ無能と囁かれ続けて来た俺だ。

 今更、そんな言葉が意味を成すとでも思っているのだろうか。


「俺の質問に答えろ。貴様は何者だ?」


「はぁ、まだ分からないのですか? この無機物と戦って負けた悪魔ですよ。色欲のアモデウス、どうぞお見知りおきを。まぁ、もうすぐ貴方は死ぬのですが」


「アモデウス? 随分喋り方が変わったな」


「小物相手にはあの方が何かと都合がいいだけですよ。それともこっちの方が好みか?」


「どっちでもいい。それで、お前は何をした?」


 アモデウスの戦闘能力は殆ど把握している。

 実験用のモルモットとして、カナリアが捕縛していた筈だが、拘束は解け、何故かアンドロイドの主導権を得ている。


「ハッキング、という事象になるのでしょうかね。悪魔は人の心に干渉する。無機物がなまじ心など得るから、このような事態になるのですよ。人もそうですが、やはり自分の程度を弁える事を覚えないとダメですね」


「程度か……」


「貴方もですよ。こんな大層な玩具を手に入れて、それが己の力だとでも思っていたのではないですか?」


 カナリアに何度も通信でシグナルを送っているが反応は無い。

 どうやら、本当に操られているらしい。


「人の心は脆弱すぎる。この女も父親からの暴力に耐えかねて、私と契約した。この無機物も不安等という脆弱性を生み出してしまうから、私にその感情を増幅させられる。バグだらけの欠陥品、それが人の心。だからこそ、そこに侵入するのは悪魔にとっては呼吸の様に簡単なのです」


 不安、恐怖、憎悪。

 そんな感情に人は魅入られやすく、取り込まれやすい。

 そう悪魔は語った。


 悪魔は魔力によって身体を形成する。

 魔力とは心が生み出すエネルギーだ。

 その塊とでも言うべき悪魔は、きっと心の扱いに長けるのだろう。


 精神干渉魔法。

 かなり希少な分類の魔法だ。

 けれど、確かに機械にもそれは効きそうだと思う。


 だが。


「だからアルデバランは制御できない訳か。それに俺も」


「いえいえ、貴方の絶望する声を聴きたかっただけの事」


 魔封石が練り込まれたアルデバランは魔法による干渉を受けない。

 しかも、物理攻撃力が皆無な精神系など受け付ける余地がない。


「ほう、アルデバランはアークプラチナが技術の粋を集め作った、現段階の最高傑作だ。オートマタを並べた程度で勝てると思ってる訳じゃないだろうな?」


「できる物ならやってみればいい」


 詠唱開始。

 魔力充填完了。


「天翔ける赤色の遠吠えを聞け、輪転可変アクセルドライブ


 瞬間的な全稼働速度の強化。

 更にブレードを最大で展開し、カナリアを含む整列した130体のオートマタを一撃で吹き飛ばす。


「終わったぞ」


「……悪魔か貴様、こいつらには心があるんだぞ」


「悪魔はお前だろ。心配するな、データはクラウドから後でダウンロードして再利用してやるさ」


 悪魔が魔法を解いたのか、死に体のカナリアが言葉を発する。


「……感謝します旦那様」


 賢く聡い彼等は、己の役目と能力を明確に理解する。

 だからこその、その言葉だ。


「暫く休んでおけ」


 この悪魔に船を乗っ取られない様、自らが破壊される。

 そんな人ではあり得ない行動を彼女たちは実行できる。


「それで次はどうする?」


「くっ、全砲門解放しろ! 撃ちまくれ!」


 アークプラチナの兵装。

 対宇宙船用光学ミサイルが数百発規模で発射される。


 まぁ、カナリアたちアンドロイドの機体が死んでもアークプラチナ本機の制御AIがまだこいつの術中だ。

 これ位は可能だろうよ。


 ハッキングか。

 魔法的にそれをやられるとは思っても見なかったな。


「勉強になったよ。そして是が非でもお前を研究しなければならなくなった」


「勝ったつもりですか?」


「つもりじゃないな。もう終わっているだけだ」


 数百発のミサイル?

 そんな物、この機体をロックオンできる訳ないだろ。

 そもそも、速度が圧倒的にこちらに分がある状態で、ミサイル等戦力とカウントされるか。


 圧倒的な速度で飛行する。

 背中のジェットパックを解放し、宙を舞う。

 それを追いかけるミサイルを直線状にするだけで、ミサイルが誘爆し消えていく。

 最後のミサイルを殴り壊せば、俺は無傷だ。


「カナリアたちAIは高い演算能力を持ち、最適解を幾つも明示できる。だがその高い演算能力故に取捨選択の優先事項に矛盾が生じ、エラーが続出した。それを自己解決する機能が心だ。それを奪ったお前に、あいつ等の真価を発揮させる事など最初からできる筈もない」


 今のミサイルにしてもそうだ。

 高度人工知能が全力でミサイル数百発をコントロールすれば、ただのホーミング性能しか発揮できない訳が無い。


 カナリアが全力で官制すれば、俺を囲い込み撃破する事など容易い事だ。

 詰将棋で人が機械に勝てる筈もない。


 だが、そうは成らなかった。

 心を奪った事で優先判断にエラーが多出したのだ。


「味方にデバフを仕込んだのがお前の敗因だ」


 アルデバランの戦力把握すらできていない。

 カナリアの演算能力がお前に備わる訳ではないにしろ、カナリアに聞けば良かった話だ。


 人の脳数万個以上の情報を一括管理するカナリアが思考低下した事で、蓄えた情報の検索すら難しくなっていたのだろう。


 それで俺に勝とう等と、思い上がりも甚だしい。


「止めろ……私はこの船で魔王になるのだ!」


「悪いが、そんなちんけな目的のためにこの船はやれないな」


 アルデバランの腕でディアナの身体を包む。


「この私が、人間如きに負けるなど……! 覚えていろよ人間、この借りは必ず返すぞ!」


 装甲に編みこまれた魔封石が、悪魔の癒着を溶かしていく。


 同時に俺は通信を始める。

 船内に居るカナリアへ。


「魔法は解けたか?」


『第一婦人として有るまじき失態ですね』


「お前まで何言ってんだよ。はぁ、そう思うなら仕事で返せ」


『勿論です』


「アモデウスを捕獲しろ」


『了解』


 魔力体となって空から逃げようとするアモデウスに向けて、砲門の一つが狙う。


「馬鹿め! 私に物理的な攻撃は効かない!」


「バカはお前だ。人工知能が同じ過ちを繰り返す訳がないだろ」


『魔封式ネット射出』


 魔封石を糸状にしたネットが射出され、アモデウスを絡めとる。


「ぬわぁあああああああ!」


 なんだその叫び声。

 あいつ一気に小物臭強くなったな。


 眺めながらコックピットを開く。

 機体から降り、アルデバランの腕の中に居るディアナを抱えた。


「起きろ」


 そう言うと薄らと目を開き、彼女は申し訳無さそうに俺を見つめた。


「大変申し訳ありませんでした。自害をお望みなら、今すぐにでも……」


「自分の領民を殺してどうする」


「私などを、領民と認めて頂けるのですか?」


「俺は受け入れを拒む気はない。お前が望むならそうだ」


 そう言うと、彼女は涙を流し俺の手を払う。


「私は汚らわしい女なんです。13の時、父親に初めてを散らされました。17の時、悪魔と契約して自分の父親を殺しました。同じような不幸な女性が居なくなる様にと宗教を作りましたが、邪教徒として街を追われ、盗賊に慰み者にされました。これが私の人生です。ほら、汚れ切っていますでしょう?」


「それで、俺に媚びを売っていた訳か」


「少しでも、良い待遇を得られる様にと……」


「尊敬するよ」


 それは素直に出た、俺の本音だった。

 不幸に嘆く姿を何度も見た。

 自分自身もそうだった。


 だが、この女は運という物に己を左右されていない。

 常に戦い強く在り続けていた。


 年甲斐もなく思う。

 恰好の良い女だと。


「え?」


「汚らわしいなどと思う物か。もしそんな言葉をお前に言う奴がいるなら、俺がそいつを汚物にしてやる。お前は常に戦ってきた、その戦略と経験と、心を、俺の為に使え」


 気恥ずかしい台詞を吐いた気がする。

 それを受けて、ディアナも驚いた様な表情を浮かべた。


「アモデウスもばかですね。人質を使えば良かったのに」


「確かにな。どうしてそうしなかったんだろうか」


「私が、貴方の事を悪徳領主だと思っていたからですよ。私は貴方の慰み者になっても構わなかった」


「他の信者の為にか。俺の副官になるなら、その癖は捨てろ。俺もお前も勝ち続ける。そう誓え」


「畏まりました。……旦那様」


「その呼び方は止めろ」


「嫌です」


 ディアナは舌をペロリと出して、そう言った。

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