第42話 半年後

 祖国の王太子の訪問から半年、私とアランは、よく晴れた日を選んで花見に来ていた。この世界の人々にも桜の花を愛でる文化がある。毎年、今の季節には各地にある桜の名所で人が溢れかえっている。


 しかし、ここにある大きな一本桜を眺めているのは私とアランの二人だけ。駆け出しの冒険者なら震え上がる強さの魔獣が住み着く丘の上だから当然だ。唯一の先客だった魔獣も、アランが近づくと怯えながら去っていった。 


「丁度、満開で良かったな。この前見つけたときには、まだ咲き始めだったんだ」


「うん、とっても綺麗ね。一番良い時期だと思う。アラン、良い場所を見つけてくれてありがとう」


「ああ、ジャンヌに見せたいと思ってたんだ」


 アランが恥ずかしそうに笑う。


 恋人同士になって以来、アランは魔獣のいる森に躊躇いなく連れて来てくれるようになった。私が冒険者を続けることに反対しているのかと思っていたが、躊躇っていた理由は別にあったようだ。


 自分がこんなに鈍感だとは思っていなかった。はっきりと言われたわけではないが、アランは紳士的であるために森への同行を断っていたようなのだ。そんなアランに対して自分のとった行動を思い出すと恥ずかしい。黒歴史になりそうな過去は忘れるにかぎる。


 私は気持ちを切り替えて、数日前に花見の名所で買い込んできた三色団子を食べた。


「桜を見ながら食べるお団子って美味しいわよね」


 西洋風の町並みの中では違和感のある団子も、満開に咲き誇る桜の下では風情がある。


「俺は唐揚げのほうが合うと思うぞ」


 隣に座るアランは、二人で作った弁当箱を広げて唐揚げを幸せそうに頬張っていた。やはり、肉が好きらしい。災害龍を倒し、使い切れないほどのお金を手にしたアランが、今も冒険者を続けている理由だ。



「何事もなく終わって良かったな」


「そうね」


 昨日、ゲームのエンディングである卒業パーティが祖国で行われた。私はやっとゲームから開放されたのだ。今日の花見は、そのお祝いも兼ねている。


 ただ……


「どうした? まだ何かあるのか?」


「大丈夫、何もないわ。プレイヤーに選択肢が与えられるのは、卒業パーティまでだもの。あとはエンディングの映像が流れるだけなの」


 ゲームは終了した。ただ、不安なことがないわけではない。それでも、今だけは忘れて楽しみたい。


「私も唐揚げ、食べよっかな」


 アランは心配そうにこちらを見ていたが、私が唐揚げを摘み出すと気を取り直したかのように弁当箱に視線を戻す。付き合いの長いアランを誤魔化せたとは思わない。私の気持ちを汲んでくれたのだろう。




「美味しかったね」


「また、来年も来ような」


「うん」


 のんびりと食事を終えて空になった弁当箱をしまう。片付けを終えてフッと隣を見ると、アランから緊張感が漂っていた。周囲は聖女の加護で守っているし、見える範囲に魔獣はいない。よく分からないまま見つめていると、アランが目の前に跪いて小さな箱を取り出した。


「アラン?」


 アランが静かに小箱を開ける。中から出てきたのは、キラキラと輝くダイヤモンドの指輪だった。


 舞い散る桜の花びらが指輪に映りこんで彩りを添えている。


「ジャンヌ、俺と結婚して下さい」


 アランの茶色い瞳に真っ直ぐ見つめられて、私は迷わず頷いた。アランがホッとしたように微笑む。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 日本の文化と似ているところの多い世界だが、宝石は貴重でプロポーズとともに指輪を贈るのは貴族だけにある習慣だ。アランは子供の頃に話した私の憧れを再現してくれたのだろう。アランらしい私の理想のプロポーズだ。


「つけてやるよ。左手で良いんだよな?」


「うん」


 アランがぶっきらぼうに言って、言葉とは違い優しく私の手をとり指輪をはめてくれる。薬指に輝くダイヤモンドを眺めていると、涙がポロポロと零れ落ちた。


「私、アランと結婚できるのね」


 アランは笑顔で頭を撫でてくれていたが、私の涙に喜び以外の感情が混ざっていることに気づいて顔を覗き込んでくる。


「どうした? 話せないことか?」


 心配そうに見つめてくる瞳に応える言葉が出てこなくて、私はアランに腕を伸ばした。抱きつく前に逞しい腕に包まれる。


「あのね……」


 この世界にはゲームの強制力が働いていると思う。悪役令嬢は物語に逆らったのに修道院送りになった。もちろん、変わったこともたくさんある。それでも、ゲームの中心であるヒロインの結婚相手が自由になるのか不安は消せなかった。


 私はアランに慰められながら、ボソボソと説明する。


「ごめん、ジャンヌ」


「え?」


 アランから予想外の言葉が返ってきて動揺する。それが伝わったのか、宥めるように髪を撫でられた。


「ジャンヌが気にしていたなら、ちゃんと教えてやれば良かったよ。俺は俺の意思でジャンヌを選んだ。『ゲームの強制力』で決まっていたなんて思いたくないだろう?」


 抱きしめる腕が緩められて顔を上げると、アランが何とも言い難い表情でこちらを見ていた。

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