第39話 勇者の活躍
アランは災害龍の肉を異空間バッグにしまうと、マグカップをお盆に乗せて二階へと上がっていく。私は黙ってその後ろを付いていった。
アランが災害龍を倒した?
なぜ? どうして? どうやって?
二人っきりになると、緊張で隠れていた疑問が一気に頭を駆け巡る。アランはいつもと変わらず近くにいるのに、その背中がとても遠く感じた。聞きたいけど受け止めきれない気がして尋ねられないままぼんやりと見つめる。
アランは淡々とマグカップを洗い、二人分の昼食を準備してくれた。食事をしながら、チラチラと私の方を心配そうに見ている。アランがアランらしい態度なので、一緒に過ごしているうちに徐々に気持ちが落ち着いてきた。
隣に座るのは、勇者アランなのかもしれない。でも、私が一番よく知る大好きなアランであることも間違いない。
「どうやって、災害龍を倒したの?」
私は食事を終えてアランに淹れてもらったお茶を飲みながら、ようやく切り出すことができた。
「ああ、そうだった。気になるよな。ちゃんと説明する」
アランはゴソゴソと異空間バッグから見慣れたノートを取り出した。
「このノートを参考にしたんだ。勝手に持ち出してごめん」
アランが机の上に置いたのは、私がゲームの内容や学園に通いだしてからの作戦を記入していたノートだ。悪役執事に会った日から孤児院に帰れていないので、ずっと孤児院の書庫に置きっぱなしになっていた。
「二人で使っていたノートだから構わないわよ。役に立ったなら良かった」
アランがノートのあるページを開いて、私に向けてくる。そこに書かれていたのは……
「『第二王子のムキムキエンド』を狙ったの!?」
「あ、ああ」
『第二王子のムキムキエンド』
もちろん、こんなふざけた名前のエンディングは、公式が考えたものではない。
第二王子は、前世で『チート王子』と呼ばれていたほど初期ステータスが高い。メインヒーローであり、初心者でも攻略できるように設定されていたからだ。その証拠にあまり鍛えていないようだった現実世界でも、先程アランの威圧に気絶せずに耐えていた。
ゲーム内では、ひたすら第二王子を選んで戦闘ミニゲームだけを行い続けると、その能力故にバグとも言うべき出来事が起こる。
災害龍と対峙した直後に発生する自動アニメーションでは、ヒロインに選ばれた攻略対象者の見せ場が用意されている。『ムキムキエンド』の第二王子は、そこで撃ち込む必殺技一発で災害龍を倒してしまうのだ。本来ならヒロインが加護を与えるアニメーションが続き、その後はプレイヤーが手動でヒロインや攻略対象者の行動を決めて戦う。その部分は省略され、せっかく選んだ残り二人の攻略対象者は、台詞さえ言わせて貰えないままエンディングへと突入する。
特に新たなテキストが読めるわけでもないが、『ムキムキエンド』と呼ばれ、ごく一部のマニアが集まるSNSでは盛り上がっていた。
それを第二王子ではなく、ゲームに登場すらしないアランが行ってしまったわけだ。
「俺も移住の試験を受けようと思ったが、算術の応用の部分がどうにもならなかったんだ。出国を諦めて、『聖女の花』の採取に向かったんだが……――」
アランは『聖女の花』の使用方法を聞いて、私のためにこの国に渡る方法を模索してくれたようだ。アランにとっては算術を勉強するより災害龍討伐のほうが簡単に思えたらしい。勇者の称号を得れば国境は通過し放題だ。
「王都の学園に忍び込んで第二王子の実力を確かめたが、『ゲーム開始』の一年以上前だったとはいえ、戦闘訓練の様子は鍛えているとは思えないほど酷いものだった。俺がジャンヌの加護下で修行した年数を考えれば、『ゲーム内の第二王子』が『ヒロイン』の加護下で修行した時間より遥かに長い。『ムキムキエンド』は無理でも、ジャンヌの加護と渡された治癒薬があれば無理な話ではないと思ったんだ」
「それで、実際に倒してしまったのね。すごいわ」
「災害龍も発見される時期より早かったから、小さかったんだよ」
アランが照れながら謙遜する。
渡してあった治癒薬がほとんどなくなっていた事を思い出せば、大変な戦いだったことは想像できる。アランに聞いても笑うだけで、詳しく教えてはくれなかった。
「アラン、ありがとう」
どんな言葉を伝えても足りない気がする。しんみりとしてしまった私を、アランは『災害龍の食べ方を一緒に考えてほしい』と言って笑わせてくれた。
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