第37話 支援金

 相手は攻略対象者だ。どこかでヒロインである私の言葉なら受け入れられると自惚れていた。このまま連行されるように祖国に戻るしかないのだろうか? 言い合ったあとでは、災害龍が現れたときに帰国すると言っても信じてもらえそうにない。


 出方を間違った私のミスだ。アランと離れ、討伐までの半年以上をヒロインとして彼らのそばで過ごす。想像するだけで辛いし耐えられる自信がない。


「ジャンヌが襲われていたなんて、俺は聞いていない」


 アランの言葉にハッと我にかえる。隣を見ると、アランが怒りを耐えるように震えていた。


「アラン、内緒にしていてごめんね」


 慌てて謝罪してアランの視線の先を見ると、悪役令嬢と騎士団長の息子が気絶してしまっていた。気絶を免れた王子も、青い顔でダラダラと汗をかいている。唯一落ちついて見えるグザヴィエは、水魔法で自分を咄嗟に守ったようだ。


「ジャンヌに怒ってるわけじゃないよ。でも、そろそろ黙っていられない。ごめんな」


 アランの声は場違いなほどに優しい。私が気にしなくて良いと言うように首を振ると、優しく頭を撫でられた。


「まずは、ジャンヌが受け取ったお金をお返しします。それで貸し借りはなしだ」


 アランはそう言って、異空間バッグから麻袋を取り出す。中にはぎっしりと金貨が入っていた。目算になってしまうが、私が悪役令嬢にもらった金額の二倍はあるだろう。


「そこの女の代わりに確認して下さい」


「分かった」


 アランに言われて王子が青い顔のまま金貨に目を向ける。私が小声でお金の出処を聞くと、アランは順番に話すからと言って、もう一度私の頭を撫でた。


「桁が一つ違うのではないか? 公爵家からの支援金だろう? これでは一年も暮らせまい」


 王子がキョトンとした顔で金貨を見つめる。アランの威圧のせいで王子スマイルが剥がれ落ち、感情が分かりやすい。


「庇うわけではありませんが、平民を想定するなら生涯年収より多い額です」


「いや、しかし……公爵家が聖女を支援するお金だと考えると……これでは、無知に漬け込んで厄介払いをしているようではないか……」


 第二王子は黙って考え込んでしまった。悪役令嬢を見つめる瞳には戸惑いが浮かんでいる。無知に漬けこまれたわけではないが、それを言うほど優しくはない。


「ちなみに俺が用意したのは、貴族の方が二年間運用した場合の利子も含めた額です。ある貴族の方からお聞きしたので、間違いないでしょう」


「嘘……ではないのか?」


「ジャンヌ、受け取った金額の二倍ほどあるはずだが確認してくれるか?」


「う、うん。間違いないと思う」


 私が王子に向かって頷いてみせると、驚愕の顔をされた。貴族との金銭感覚の違いに戸惑ってしまう。当時の私は、あのときより多く貰ったとしても持て余して困っただけだと思う。


「悪いが彼女に確かめるまでは信じられない」


「では、確認してもらいましょう。ジャンヌ、お願いできるか?」


「ええ」


 王子は項垂れてしまっている。酷だとは思うが、悪役令嬢の言葉を聞いてもらった方が早い。


「ジャンヌさん、少しお待ちいただけますか?」


 光魔法をかけようとした私に、グザヴィエが声をかけてくる。私とアランが頷くと、そこで初めて水魔法の守りを解いた。


「私は王太子殿下の密命を受けてここにいます。彼女を起こす前に、あなたに何があったか話して頂けますか? 悪いようにはいたしません」


 グザヴィエは、悪役令嬢を起こしてからでは、落ちついて話を聞けないからと遠回しに伝えてきた。私達は苦笑するしかない。


「グザヴィエ、どういうことだ?」


「王太子殿下は貴方様を守るために私をそばにつけたのです。公爵令嬢の動きには不審な点が多かった。薬草学の教師や若い神官とも仲が良いことをご存知ですか?」


 悪役令嬢はすべての攻略対象者と接触していたらしい。はじめは王太子も未来の王子妃として関係を構築していると思って感心していた。しかし、悪役令嬢は相手の顔に恋情が混ざっても交流を辞めない。それどころか、その気持ちを利用しているように見えたようだ。


「そこで気絶している男との関係を思い出せば、殿下にも理解できるのではありませんか?」


「しかし……」


「王太子殿下は苦言を呈したようですが、態度を改める気はなかったようですよ」


 王太子が悪役令嬢に問いただしたら『私は予言ができる。全ては災害龍を討伐するためだ』と言ったらしい。私からすれば納得だが、王太子はいよいよ可笑しな女だと認識し、グザヴィエに第二王子を守る密命を与えた。


「王太子殿下の予感はあたってしまった」


 悪役令嬢は第二王子を説得し、一年ほど前から王都を離れ、四人で国内を旅していたらしい。王太子に言わせれば、第二王子を騙して悪役令嬢が出奔したようなものだ。


 その旅の中で『聖女の花』も私との交渉材料にするために得ようとしていたが、身分をかざしても聖女の末裔の男性は渡さなかったようだ。


 グザヴィエはそれらのことを逐一王太子に報告していた。その任務は、悪役令嬢の犯罪の証拠を得るか、第二王子の洗脳とも言うべき恋情が消え去るまで続く。


「お伝えしていませんでしたが、災害龍はとある方がすでに討伐しております。それなのに、新たな予言は何ヶ月たってももたらされず、彼女は今でも災害龍討伐を目指している。殿下、そろそろ目を覚まして頂けませんか?」


「災害龍が討伐されている……?」


 私は思わず呟く。目の前に座る第二王子はピクリとも動かない。グザヴィエの淡々とした態度からは第二王子への説得が初めてではないことが伺い知れた。


「では、ジャンヌさん。あなたの話をお聞きしてもよろしいですか?」


「は、はい」


 グザヴィエは考え込む王子を一度放置することに決めたようだ。災害龍が討伐されたのは本当かと尋ねたら、解体後の素材が出回っているのを確認したので間違いないと保証してくれた。


「公爵家の者が初めて接触して来たところから聴かせてください」


 グザヴィエがメモを取り出すので、私は執事が訪ねてきたところから包み隠さず説明する。アランの気遣わしげな瞳に支えられながら、すべての説明を終えると、途中から聞いていたらしい第二王子がフーッと大きく息を吐き出した。


「私が彼女から金額について聞き出すよ」


 第二王子は疲れた顔で笑った。それでも、私が癒やしの力で起こした悪役令嬢に向ける瞳はとても優しい。


「君がジャンヌさんに渡した支援金はいくらだったか覚えているかい?」


 私は第二王子がきちんと聞き出してくれるのか不安になったが、先程同調していたのが嘘のように王子は冷静だった。悪役令嬢が金額をはっきりと言ったときには落ち込み、襲撃を知らなかったと言ったときには安堵の表情を浮かべる。


 ゆっくりと諭すように悪役令嬢を叱る姿を見ていると、第二王子は本当に悪役令嬢を大切にしているのだと伝わってきた。悪役令嬢がゲームの知識を利用し得た信頼だとしても、私が介入する理由はどこにもない。

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