第24話 始業式の朝

 ゲームの本編は、ヒロインが編入してきて学園の門をくぐるところからはじまる。ゲーム内では語られていないが、私は祖国にいる頃に調べたので始業式の日付も把握していた。


 当日の朝、私は眠い目を擦りながら野営地に張ったテントの外に出た。


 あれ?


 思っていたより太陽の位置が高い。本来のヒロインならば、遅刻しそうになって校内を走り、栞を落としている頃だろう。どうやら、ゲームと同じように寝坊したようだ。きっと、ゲームの強制力のせい……分かっています。私が二度寝したせいです。ごめんなさい。


 私は頭に浮かんだ言い訳に突っ込みをいれながら、焚き火で朝ごはんを作っているアランに駆け寄った。スープの煮える良い香りがする。


「アラン、おはよう。寝坊してごめんなさい」 


「おはよう。よく眠れたか?」


「うん」


 ゲームの開始する日に一人でいるのが嫌で、無理やり狩りに誘ったのに寝坊するなんて最悪だ。それでもアランは、いつもの朝と変わらぬ笑顔で迎えてくれた。


 アランとは再会してから毎日のように顔を合わせているが、祖国にいた頃と変わらぬ距離を保っている。二人の関係については、あれから一度も触れることすら出来ていない。


「ほら、ちょうどスープが煮えたよ」


「ありがとう」


 私はアランの作ったスープを受け取る。具がたっぷり入って美味しそうなスープを見て改めて反省した。私のために時間をかけて作ってくれたのだろう。一緒にいて貰っていることといい、私はアランの優しさに漬け込み過ぎだ。それでも、離れる決断ができない自分のずるさに落ち込む。


「別に急ぎの依頼があるわけじゃないんだから、寝坊くらいで落ち込むなよ。のんびり過ごそう」


 アランに勘違いさせてしまったようだが、訂正する勇気はもちろんない。


「ありがとう。でも、アランに戦ってもらってるし、朝ごはんくらいは作りたかったの。今のアランは強化の加護も必要なさそうなんだもん。私が役に立てる事なんてそれくらいでしょ」


 街を出て野営地であるこの場に来るまでにも、祖国の慣れ親しんだ森より強い魔獣に遭遇した。しかし、アランはあっさりと倒してしまい、聖女の力を必要とする場面はほとんどなかったのだ。


 アランは一緒に過ごしていた二年前より、さらにレベルが上がったようだ。一人になってからも努力していたのだろう。


「それだけってことはないだろう?」


 アランは難しい顔をして考え込む。私は困らせていることに気づいて慌てたが、私が口を開くより前にアランの顔がキラキラした笑顔に変わった。見つめる先にあるのは私の異空間バッグだ。


「ジャンヌが捌いた肉が食べたい。昨日狩った肉を焼こうぜ」


 私が肩にかけているバッグには、昨晩アランが寝たあとに仕込みをした肉が入っている。魔獣避けの加護は張ってあるが見張りは必要だ。前半の見張りは私がやることになったので、その間に狩った魔獣を加工したのだ。アランがテントに入る際に、名残惜しそうな顔をして加工中の肉を見ていたことを思い出す。


 冒険者を続けていたらしいアランとは違い、私は久しぶりに森に入ったので、昨日は計画どおりに森を進めなかった。予定より遅くに目的の野営地に入った関係で、晩ごはんには魔獣肉の加工が間に合わなかったのだ。


「朝から食欲旺盛なのは、祖国にいた頃と変わってないのね。持って帰る分が減っちゃうけど良い?」


 移動の計画が遅れたせいで、狩った魔獣の量も少ない。狩りへの同行依頼の報酬はあってないようなものだが、アランの希望は加工した魔獣肉だった。


「食べ終わったら、もう一狩りするから良いよ。捌いてくれるだろう?」


「それは、もちろん」


「決まりだな」


 アランが嬉しそうに手を差し出してくるので、私はバッグの中から蓋付きの大きな壺を一つ取り出した。異空間バッグに入っているものは、重さを感じないし時間も止まっている。分かっているつもりだったが、壺の重さがバッグから取り出した瞬間に戻ってきて慌てた。バランスを崩した私の手に、支えようとしてくれたアランの手が重なる。


「ごめん!」


 アランは慌てて一度手を離して、私の手に触れないように壺に手を添え直した。アランの顔が真っ赤だ。私はかまととぶって首を傾げた。アランは狼狽えたように私から視線を反らす。


 私は平静を装ったが心臓が煩く鳴っている。それでも、アランの気持ちを知りたくて無意識に彼の動きを追っていた。


「その肉は、少し甘みのある醤油ダレに漬けてあるわ。塩よりタレの方がアランは好きだったわよね?」


「あ、ああ」


 アランは壺の中から金串に刺さった肉を取り出して焚き火に並べ始める。何でもない顔をしているが、手に動揺が見て取れた。


 私は何とも言えない空気に耐えかねて、アランに注目していないと知らせるようにスープを飲んだ。私も動揺してスープをすくう手が震えるがどうしようもない。


「スープ、とっても美味しいわ」


「そうか、良かった」


 私より先に立ち直ったアランが嬉しそうに笑う。見惚れてしまいそうになって、私はもう一度スープに視線を戻した。


 アランは告白さえさせてくれなかったが、私への気持ちが全て消えたわけではなさそうだ。恋愛経験に乏しい私だが、攻略対象者のために何年もかけて考えてきた誘惑の手段がたくさんある。それをアランに向けて行って、今度は私がアランに好きになってもらおうと心の中で決意した。

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