第18話 野営
私はいくつかの街に寄りながら街道沿いを歩き、日暮れ前には野営が出来そうな場所に落ち着いた。宿に泊まりたいが襲撃の可能性を考えれば難しい。なるべくなら関係のない誰かを巻き込みたくはない。
野営は慣れているので問題ないと思っていたが、テントを張るのにいつもの三倍の時間がかかった。辺りはいつの間にか真っ暗で、のんびりしている時間はない。私は急いでテントの周りに魔石をパラパラと撒いていった。
「私をあらゆるものから守りたまえ!」
いつもなら魔獣だけを遮る加護だが、今回は人を寄せ付けないよう強力な加護をかける。想像以上に魔力を奪われて驚いたが、これで加護の膜の中には何人たりとも入ってこれないだろう。
「……」
いつもなら、アランが焚き火の番をしながら夕食について尋ねてくるところだが、静かすぎてつらい。
「そうだわ。焚き火をしましょう」
私はわざと元気よく言って、異空間バッグの中から薪や火打ち石を取り出した。
裕福な家庭では魔石を使うコンロのようなものも使っているが、贅沢品なので孤児院には置いていない。小さい頃から薪を使って調理をしていたので、私だって何度も火をおこしたことがある。
「あれ、どうして?」
慣れた作業のはずなのに、なぜかうまくいかない。
「アラン……」
もう会えない人の顔がどうしても頭から離れなくて、薪の上にポタポタと涙が溢れ落ちる。
テントを張るときも火をつけるときも、困っていればアランがいつでも助けてくれていた。どれだけアランに甘えきっていたのかを、今更ながらに自覚する。
アランの告白にすぐ返事をしていたら、何か変わっていただろうか。気まずくなっていなければ、今日だってアランの気配を避けるように買い物になんて出ていなかったはずだ。今頃は二人でこれからの未来について話していたかもしれない。
「……違うわ。返事をしなかったからこそ、アランを守れたのよ」
私は自分に言い聞かせるように力強く言葉にする。光魔法で周囲を明るくして気持ちを立て直した。
それでも、どうにか作り上げた焚き火は、どんなに火力を上げてもアランが作ったものより頼りなく感じてしまった。
バチン
夜中にすごい音がして、私は飛び起きた。徹夜で敵を待ち構えるつもりだったのに、いつの間にか眠っていたようだ。狙われているのに眠れてしまう自分の神経の太さに独りで笑う。今までは野営をしても徹夜をすることなどなかったのだから仕方ない。心の中でそう言い訳をして、恥ずかしさを追い出した。
私はテントの中でもう一度自分に守りの加護をかけてから恐る恐る外に出る。テントを囲んでいる加護の膜の外をぐるりと一周確認したが、敵の姿はどこにもなかった。すでに逃げた後らしい。
今度は目当ての物を探して、地面を注意深く観察する。
「あった! 予想どおりね」
私は落ちていたナイフを二本拾い上げる。襲撃の証拠となるナイフには悪役令嬢の家の紋章がきっちりと彫られていた。
「やっぱり、私ってヒロインなのね」
襲撃者が身分の分かるものを身につけているなど普通ならありえない。しかし、ゲームの中でもこのナイフが決め手となり悪役令嬢の断罪へと進んでいく。ヒロインにのみ起こる偶然というものだ。隣国に行く私に悪役令嬢を断罪するチャンスが来るかは分からないが、切り札はあったほうが良い。
私はこのナイフのために買っておいた毒を安全に仕舞える麻袋を異空間バッグから取り出した。本当は魔獣に毒矢で戦う者のための道具だが、今回の目的にぴったりだ。毒が残っていれば脅しではなく殺害が目的だと立証しやすいだろう。
ナイフを二本入れて口をしっかり縛ると、冒険者ギルドで買ったリュックの底にしまい込む。食品の入っている異空間バッグにはしまいたくない。リュックは高価な異空間バッグの所持を悟られないようにするため、一日背負っていたものだ。
その後の二晩は同じような襲撃を受けたが、その次の晩からは襲撃がなくなった。どうやら襲撃をしても無駄だと分かってくれたようだ。
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